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凶る復讐心

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凶る復讐心 ◆LxH6hCs9JU



 ――1998年、7月のこと。

 不良たちがたまり場としていた元酒場の廃屋にて、四体の変死体が発見された。

 その変死体というのは、街でも悪評高い少年グループのものだった。

 揃って、四肢が捻じ切られるという奇異な死に様を晒していた。

 人間の仕業とも思えぬ猟奇殺人事件……犯人の正体は未だ掴めず、真相は闇に葬られた。



 ◇ ◇ ◇


 ――喧騒とは無縁の時間を刻む、深夜の街路。
 深々とした空気の中を、一人の少女が突き進む。
 整った顔立ちは小さく、鋭角的な輪郭が美を表出する。
 燃えるような内情とは裏腹な落ち着いた眼が、進むべき道を見据えた。
 一歩、また一歩、重い体を引き摺るかのように、靴底で大地の感触を確かめるかのように、真剣に。
 教会のシスターが着るそれに近しい、とある女学院の制服を纏った少女の名は、浅上藤乃という――――。


 ここ数日で、夜の街も随分と歩き慣れた気がする。
 きっかけはやはり、あの五人に連れ回されるようになってからだ。
 あれから無断外泊も多くなった。寮長の心象も日に日に悪くなっていくばかりだったろう。
 連れ添う彼らがいなくなった後も、いや殺した後も、一人で街を徘徊する日が何日か続いた。

 理由は彼だ。
 ひとつ、足りなかった物。
 逃げた、追っていた、者。
 復讐心を注ぐ唯一のもの。
 湊啓太。

 今と同じように、浅上藤乃は湊啓太を探し出すという目的で街を何度か徘徊していた。
 不良グループの一人であった彼を見つけるために、同類と見て取れる男性に幾度となく話しかけた。
 卑猥な目で見られること、気安く軟派な声を返されること、裏路地に連れ込まれること、多々あった。
 それでも、藤乃は湊啓太の居場所について尋ねるのだ――――そして。

 返ってきた答えが「知らない」だったならば。
 藤乃はその相手を、無知ゆえに殺してしまう。

 殺人は忌むべき行為だ。そんな常識は、小学生だって持ち合わせている。
 この浅上藤乃という人間とて、殺人を正当化する大儀は持ち合わせていない。
 しかし藤乃には、良識を凌駕する恨みと欲望……なにより『痛み』がある。

 湊啓太を含む五人の不良たちに陵辱されていた彼女はあの日、今さらとも言える痛みを知ったのだ。
 その痛みは、傷が完治した今でも残っている。藤乃が手で押さえる腹部に、あの日の痛みが残留しているのだ。

 一時間、二時間と街を歩き、ふと思い出す。
 先ほど殺害した、時代劇風の男についてだ。

 彼も藤乃の疑問には答えてくれなかった。
 よくよく考えてみれば湊啓太と親交がありそうな人物ではなかったが、状況が変わった今となっては対象は誰でもいい。
 ここは既に、見慣れぬ土地なのだ。深く考えたとて答えは出ないが、これだけはわかる。自分は拉致されたのだ、と。
 あの男も同じだったのだろう。されとて、ここにいる以上は訊かなければならない。大事なのは湊啓太との面識の有無だ。

 藤乃がこの催しについて思うことは、今のところはなにもない。
 それよりもまず、湊啓太への復讐を果たし、この痛みを解消するところから始めなければならなかった。
 だから――知らない者は殺す。
 それは無知を罪と断定し、自身を傷つけるかもしれない者への復讐の前払いを済ませる、という意味があった。

 もしくは、共感のためか。
 他人の痛みを知ることで、自分の痛みを知ることができる自分。
 他者を死に至らしめることで、他者より優れていることを自覚できた自分。
 誰かを殺すことで初めて、生の実感と愉しみを得ることができる――それしかない、自分。

 藤乃、傷は治れば痛まなくなりますからね――と幼き日の藤乃に母は言った。
 しかし自身を陵辱していた不良に刺された腹部は、傷が消えた後も痛みを残している。
 消えない――自覚してしまった痛みは、消えないのだ。復讐対象の最後の一人である、湊啓太を殺すまで。

 湊啓太を殺し、この痛みが完全になくなるその瞬間まで。
 浅上藤乃は、こんな生き方しかできない。
 こんな、殺人を重ねる生き方しか。



 ◇ ◇ ◇



 ああいう連中がいかにも寄り付きそうな場所を、虱潰しに探してみた。
 具体的に言えば、バーや娯楽場、地下階層に構えている店などだ。元々無人に近い街なので、人気の有無は考慮していない。
 結果を言えば、湊啓太はおろか、彼と繋がりがありそうな人間、無関係だろうと思える人間、誰一人として見つからなかった。
 まさしく無人の街だ。ここに集められている人間は少ないらしいが、それでも一人も見つからないというのはおかしい。
 ――いや、単に巡り合わせが悪いだけなのだろう、と藤乃は考えを改める。
 実際、あの時代劇風の男には一度会っているのだから。

 求めるのは湊啓太の居場所である。それ以外に探し人はいない。
 ならば、要は湊啓太の所在さえ掴めればいいわけである。それ以外の人間など情報源としての役割しか持たない。
 情報は巡るもの。だからこそ、他者に訊くのが一番の近道だと思った。しかし、それが望めないというのであれば――。



 ◇ ◇ ◇



 浅上藤乃は、一目でそれとわかる巨大な建物の前に立った。
 周囲に散らばる白黒の車を見渡した後、夜空に照らされる上階を見上げ、最後に玄関口を眺め据える。
 目の前に聳える建造物は、警察署――しかし街と同じく、中に人の気配はない。

 法律的には罪人としての資格申し分ないであろう湊啓太が、罪の意識を自覚し出頭するという可能性も、なくはない。
 ただ、その可能性は極めて低いだろう。そのような見込みがある人物ならば、逃げ出したその日に警察に駆け込むはずだ。
 湊啓太が逃げてから、今日で二日目、いや三日目だったろうか。消息は依然として掴めないが、声だけは昨日も一昨日も聞いていた。

 居場所は掴めないが、連絡は取れるのだ。
 湊啓太は、犯人グループのリーダーの携帯電話を持ち出している。
 番号は既に頭の中だ。決して忘れることはない、湊啓太との唯一の繋がり。
 彼が逃げ出した直後に、藤乃は電話をかけていた。そこで彼に、こう釘を刺したのだ。

 ――あなたを捜す。絶対に見つけ出す。もし携帯電話を捨てたら、殺す。

 怯える彼の声が、今でも容易に思い返せる。
 おそらく、彼はどこかに引き篭もって身を隠しているのだろう。
 そこまで推測できた藤乃は、電話越しに彼の恐怖を煽り、外に引きずり出そうとした。

 ――今日は昭野という人に会った。あなたの居場所を知らないと言うから殺した。
 ――良かったわね。見つからなくて。友達が大切なら、そろそろ会いに来ない?

 どんな口調を用いたかまでは思い出せないが、大体そんな感じだったと思う。
 今を思えば、彼の知人を殺すことは無知への断罪ではなく、見せしめのような意味もあったのだろう。
 自分はなんと惨いことを続けているのか、と客観的に捉える視点は、今の藤乃にはない。

 黒桐鮮花は言った。
 繰り返す言葉は呪いになる、と。
 電話という手段が、彼に呪いをかける唯一の方法だ。
 だからこそ藤乃は、今夜も湊啓太に電話をかけるべきだろうと思い至った。

 警察署の玄関口を抜け、署内に潜入する。
 電話はすぐに見つかった。受付に設置されていた白いそれの受話器を取り、藤乃は笑む。
 この笑みも、本人に自覚はないのだ。腹部の痛みに苛まれながら、湊啓太を追い詰める所業にひた走っているだけ。
 浅上藤乃から見た浅上藤乃の表情は、苦悶に歪んでいる――それは、殺人の瞬間とて変わらない、決定的な矛盾。
 気づく、気づかないといった話は見当違いのなにものでもない。今の彼女にとっては。

 記憶を呼び起こし、数字の刻まれたボタンを数回、リズムよく押す。
 間違えるはずがない。彼と藤乃を繋ぐ、唯一のナンバー。

 もし、本当に、いや万が一、この地に湊啓太の携帯電話が存在するのなら。
 浅上藤乃がコールする、殺意ある呼び出しには……誰かしらが答えるのかもしれない。



【D-3 警察署/一日目/黎明】


【浅上藤乃@空の境界】
[状態]:腹部に強い痛み※1
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考・状況]
基本:湊啓太への復讐を。
1:湊啓太が持っているはずの携帯電話に電話をかけた。そして――?
2:他の参加者から湊啓太の行方を聞き出す。街を重点的に調べる。
3:後のことは復讐を終えたそのときに。
[備考]
※1腹部の痛みは刺されたものによるのではなく病気(盲腸炎)のせいです。
※「歪曲」の力は痛みのある間しか使えず、不定期に無痛症の状態に戻ってしまいます。
※そもそも参加者名簿を見ていないために他の参加者が誰なのか知りません。
※「痛覚残留」の途中、喫茶店で鮮花と別れたあたりからの参戦です。
※「痛覚残留」ラストで使用した千里眼は使用できません。





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