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銃と刀(前編)

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銃と刀(前編) ◆76I1qTEuZw




【プロローグ】 「支給品の国」 ―― In the Safe House ? ――



 私の名前は陸。犬だ。
 白くて長い、ふさふさの毛を持っている。いつも楽しくて笑っているような顔をしているが、別にいつも楽しくて笑っているわけではない。生まれつきだ。
 シズ様が、私のご主人様だ。いつも緑のセーターを着た青年で、複雑な経緯で故郷を失い、バギーで旅をしている。
 同行人はティー。いつも無口で手榴弾が好きな女の子で、複雑な敬意で故郷を失い、そして私たちの仲間になった。

 ……そのはずだったのだが、どうもこの国――正しい意味で国なのかどうかはわからないが、いまは便宜上、国と呼ぶことにする――に来てから、いろいろなことがおかしくなっている。
 気がつけばシズ様からもティーからも引き離されて、キョンさん、という人のデイバックに入れられていた。
 どうやら私は“参加者”ではなく、“支給品”らしい。
 そしてキョンさんとマオさんの話から、“参加者”は最後の1人になるまでこの国を出ることができない、というルールを知った。もしも最後の1人が選ばれないまま時が進んだ場合、時間切れによる全滅もあるようだ。
 そして、各人に配られた、殺し合いに利用できる道具やパースエイダー(注・パースエイダーは銃器のこと)。
 この状況に、私はどうしても“あの国”のことを思い出さずには居られなかったが、黙っていた。
 違いもまた大きかったし、そのことについて語りだしたらきりがないと思ったのだ。

 “あの国”のコロシアムが“トーナメント”なら――
 “この国”のこの催しは、まるで“バトルロワイアル”だ。

 それから色々あって、私はシズ様と、シズ様と同行していたアリソンという女性と出会った。
 今はキョンさんに“支給”された時と同じように、再びデイパックに納まっている。今度はキョンさんのそれではなく、シズ様のものの中に、だ。
 言葉はなかったが、私にはシズ様が“やるつもり”になってしまったのだとわかっていた。
 私と入れ替えに取り出された、シズ様の“支給品”であろう“武器”を見ても、その意図は明らかだった。
 だが、素直にシズ様の意志従い、大人しく仕舞われることにした。
 もともと私は、シズ様に会えたら、シズ様に従うつもりだったのだ。
 キョンさんたちには悪いとも思ったが、黙っていた。

 このデイパックの中は、不思議な空間になっている。
 暖かくも寒くもない。天井も床もなく、ただ暗い空間が広がっている。
 “外”ではシズ様が激しく動き回っているはずだが、その振動も感じられない。“外”の音も聞こえない。
 それどころか、ここでは時間の経過すら曖昧になっている気がする。
 ここに入ってからまだ数分しか経ってないようにも思えるし、既に数日経ってしまったようにも思える。
 中にいる限り、お腹も空かないし、走り回りたくもならないし、排泄する気もおきない。
 ほとんど半分眠っているようなものだし、実際、寝ることはできそうだ。
 技術的なことは私にはわからないが、ともかく色々な意味で、“支給品”は“保護”されているのだろう。
 ここに入っている限り、餓死などの心配はせずに済むようだ。
 ちなみに、デイパックの口が開かれたときに限り、隙間から“外”の様子を窺うことができる。その気になれば自力で飛び出すこともできるかもしれない。
 だが、一度しっかり閉じられてしまえば、内側からは開けることもできない。

 もしも“参加者”がこのデイパックに入ろうとした場合、どうなるのか――今の私と同じ状態になるのか、それとも、最初から入ることはできないの。それも今は分からない。
 私としては、きっと入れないのではないか、と思うのだが。
 キョンさんたちから聞いた“バトルロワイアル”のルールと趣旨から考えて、“参加者を生きたまま捕らえて出さない牢獄”、あるいは“コンパクトな隠れ家”が、そんなに簡単に手に入っていいわけがない。
 腕ならば突っ込めるようが、たぶんそれくらいが限界だろう。

 しかし、私は“参加者”ではない。
 だから、この寝るくらいしかやることのない安全なデイパックの中で、色々と考えを巡らせることもできる。

 キョンさんは言った。
 私の語ったラファやティーの話を、シズ様は“覚えていない”のではなく、“まだ知らない”のではないか、と。
 キョンさんは言った。
 4人は別の世界から集められているようだ、と。
 キョンさんは言った。
 ならば、私と“ここにいるシズ様”は、“似て非なる世界”から来ていてもおかしくない、と。

 そうなのかもしれない。
 でも、違うのかもしれない。

 本当に“このシズ様”が“違う世界”のシズ様なら、私の知らない行動が1つくらいあってもいいはずだ。
 私たちの旅には無数の分岐点があって、少し歯車が喰い違っただけで随分と違う結果になっていたであろう場面も多かった。だから、シズ様の語る過去の話の中に、“私の知らない話”が少しでもありやしないかと注意して聞いていた。
 でも、そんなものは1つもなかった。
 “あの国”を目前に控え、バギーが不調を起こし修理を必要とし、ラファという少女と出会うことになる、その直前までの記憶しかシズ様は持っていらっしゃらなかった。
 私の知らない別の歴史を、シズ様は歩んでいらっしゃらなかった。

 とはいえ、これだけならキョンさんの示したもう1つの可能性、タイムスリップを考えてもいいのかもしれない。
 でも、それだけではないのかもしれない。

 旅の途中、とある国の話を聞いたことがある。
 詳しい話は覚えていないが、その国では、子供が成人を迎えるに当たり、頭を開けて手術をするのだという。
 頭の中の“子供”を取り出し、“立派な大人”にするのだという。
 つまり、脳外科手術。
 それによる人格改造が、国の方針として成り立つほど発展している国もあるということだ。

 そして、人格まで操作できる国があるのなら、記憶を操作できる国があってもおかしくはないと思う。

 もっとも、新しい記憶を捏造して埋め込むのは難しいだろう。それはさほど詳しくもない私にも分かる。
 出来るとしたら、既にある記憶の部分的な消去。
 そして、今ここにいる自分が“いつの自分”だったのか、混乱させること。
 なるほどこの“バトルロワイアル”を推し進める側としては、“あの頃”の容赦のないシズ様の方が都合がいいだろう。自分のことを“私”ではなく“俺”と呼び、時に荒っぽい言葉も使い、険もあったシズ様なら。
 殺し合いを強制したい者にとっては、さぞかしありがたいに違いない。

 でもこれは全て私の妄想と言ってもいい話だ。
 むしろ、こうであったらいいな、という話にも近い。
 では、この仮説を確かめる方法はあるのか? きっぱり否定する方法はあるのか?
 ある。
 シズ様にそのセーターをまくって頂いて、お腹を少し見せて頂ければいい。

 “私の知るシズ様”は、腹部を刺されて生死の境を彷徨ったことがある。
 今ではすっかり回復し、その動きなどに影響は残っていらっしゃらないが、傷痕は残されている。

 だから、
 もし、“私の知るシズ様”が記憶を弄られているだけなら、そこに傷痕があるはずだ。
 もし、時間なり世界なりを飛び越えて“過去のシズ様”が連れてこられたのなら、傷痕はないはずだ。

 次にこのデイパックの口が開くことがあったら、そのときシズ様に頼んでみようか。
 “あの頃”のシズ様でも、私の話は聞くだけなら聞いてくれた。
 復讐などやめよう、という提案だけは、口にするたびに却下されていた。
 復讐を延期しよう、という遠まわしな提案は、どれも敏感に察知されて拒絶されてしまっていた。
 けれど、それ以外のことについてなら、“あの頃”のシズ様でも、

 話の筋が通っていれば聞いて


  ぜだろう? 何も見


   か ない


 お


         シズ様。





  ぬ?











【1】 よいこのじかん
~マオおねえさんと武器(ぶき)についてべんきょうしてみよう~(1)
そのいち:ショットガン(しょっとがん)



 え~、じゃあ今日はガンマニアでもないフツーの人のために、主に近代の歩兵携帯用兵器について、マオおねーさんが簡単な講義をしたいと思います。
 ちなみにこのコーナー自体、本筋とは無関係です。バカテストみたいなモンです。誰に向かって講義してるのかとか、いつそんな講義するヒマあったんだとか、気にしちゃいけません。
 ……え? 楽屋ネタはやめろ? メタな話は危険だからやめとけ?
 気にしない、気にしない。
 ま、怖い人に怒られる前に、さっさと進めちゃいましょう。

 まず最初に取り上げるのは、ショットガン。
 日本語では散弾銃。
 まー実は散弾以外の弾も撃てるんだけど、でも逆に、散弾を撃てる銃ってのは実質コレだけなのよねー。
 手元にあるのに入ってるのも散弾だし、なので、主に散弾を使った時の効果について説明するわね。

 一言で言うと、ショットガンってのは『点』じゃなく『面』の攻撃が出来る、貴重な兵器なの。
 短所も多いけど、この他の銃にはない長所は無視できないわ。

 普通の銃は、1回の射撃で1発の弾しか飛ばないわよね?
 当たれば威力は大きい代わりに、ただ一点を貫くような攻撃にしかならない。
 その一点以外には、被害が及ばない。
 言ってみれば、銃弾ってのは『当たらなければどうということはない』、のよ。
 そして実際問題として、これがなかなか当たらないモンなのよねー。プロでもさ。残念なことに。
 それに上手く当たったところで、急所を外せば敵の反撃を受ける危険があるの。実戦じゃ、一方的に攻撃できる機会なんて滅多にないからね。敵は殺しましたが自分も殺されました、じゃ話にならないわ。撃つからには確実にすみやかに敵の戦闘力を奪う必要がある。でも、単発の弾丸ではその点で少し不安が残る。

 で。自動小銃とか短機関銃とかじゃ、この欠点を機械的に『連射する』ことで補ってるの。
 一発で不安なら何発も撃てばいい。一秒間に何発、何十発と撃てばいい。
 そして『点』も束ねれば擬似的な『面』になる、『面』の攻撃になれば当たりやすい、ってわけよ。
 実際には、たくさん撃てば弾の消費も多くなるし、消費を見越していっぱい弾を抱えると重たいし、連射すればそれだけ反動も大きくなるし、他にも耐久性やら整備性やら生産性やら取り回しやら、考えなきゃならない問題は山ほどあるんだけど。
 その辺の試行錯誤は、今までも重ねられてきたし、これからも重ねられるんでしょう。

 さて、その『点の攻撃』という問題に、『連射』とは違う答えを出したのが今回の主役・ショットガンよ。

 見てみれば分かるけど、ショットガンの実包は大きいの。大きいというか、太い。
 ピストルやライフルの弾と比べれば、ケタ違いに太い。
 そしてこの太い円柱の先端に、複数の球形の玉が入ってる。

 これが散弾銃から発射されたら、どうなるか?
 ……そう、同時に一気に飛び出すのよ。複数の弾丸が。
 そして、球形の弾丸は銃口を抜けた所から拡散を始める。銃口を頂点とした円錐状に、広がっていく。
 細かい弾が『散らばる』から『散弾』。
 そしてそれが標的に命中すれば、なにしろ吐き出される弾数が多いから、『擬似的』どころじゃない、まさに『面』の破壊力を発揮するの。

 コーン状に空間を抉り取る、破壊の嵐。
 これは、当たらない方がおかしいわよね。
 多少狙いが甘くっても大丈夫、その『面』に標的が引っかかってくれさえすればダメージを与えられる。
 よく猟銃として散弾銃が使われているのも、まさにこの理由によるものよ。高速で空を飛ぶ鳥、木々の隙間を駆け抜ける素早い獣、絶大なタフネスを誇る大型獣。どれも単発の弾で仕留めるのは難しい相手だけど、散弾銃ならなんとかなる。
 ってか、歴史的には、元々猟銃として発展したものが戦場にも持ち込まれた格好なんだけどね。

 他にも長所としては、対物破壊力とか、単純な構造による信頼性とか、散弾以外にも多様な弾を使用できることとか、色々あるけど今回はパス。鍵のかかったドアを破ったりする時には重宝するんだけどね。

 反面、欠点も少なくないのがショットガンの悩みどころ。

 まず問題になるのは、有効射程の短さ。
 何しろ打ち出される弾丸が球形なものだから、すぐに空気抵抗で失速しちゃうのね。ある程度の距離が開いたら、それだけで殺傷力が失われちゃうの。この点、効率的に強く遠くへ弾を撃ちだすことに専念したライフルには歯が立たないわ。……逆に言えば、元々狭い間合いでの撃ち合いが想定される局面、例えば、室内戦や塹壕戦じゃ問題ない、ってことでもあるけど。

 続いて問題となるのは、その速射性の低さ。
 連射が効かないのね。なにせ実包が大きくて重たいもんだから、排莢・装填も簡単じゃないのよ。
 ガス圧や反動を利用したセミオート式の(つまり撃つと自動的に排莢と次の弾の装填が行われる)ショットガンもあるけど、1回ごとに遊底やスライドを操作して装填する、ボルトアクション式やポンプアクション式の方が信頼性は高いとされているわ。この『モスバーグM590』もポンプアクションね。
 あと、猟銃だと中折れ式の上下二連式や水平二連式もよく見るわね。これらは、2発撃ったら銃を下ろしてバレルを折って、少し時間のかかる装填作業をしてやる必要があるけど、逆に、その2発に限れば連続しての素早い連射も可能ってわけ。狩猟目的ならそれで十分ってことね。

 それから、『面』の攻撃は長所でもあるけど、時には短所にもなる。
 ぶっちゃけ、味方も巻き添えにしかねないのよ。
 だから例えば、突撃する味方の肩越しに支援射撃、とかいった使い方はできないわ。突撃の直前にブッ放して敵を沈黙させておく、ならいいんだけど。だから人質とかを盾にされたら、途端に困っちゃう。

 他にも、装填しておける弾数が少ないとか、長い銃身が至近距離での取り回しに向いてないとか、貫通力には劣るとか、欠点の方も挙げればまだまだキリがないわ。
 それでも、強いて言うなら上に挙げた3つが大きいわ。
 戦場の主役になっていないのには、理由があるのよ。

 実際の運用を考えると……
 野戦でなく市街戦とかなら、チームの誰かが持ってると便利な銃。
 だけど「それだけ」しかない状況は、できれば勘弁して欲しい代物、と言ったところかしら。
 可能なら、小銃か短機関銃を持った仲間が欲しいところね。
 せめて、拳銃でもいい。拳銃持った仲間が1人居るだけで全然違う。相手への牽制にもなる。

 あるいは、友軍兵士までは確保できなくても、せめて手元に予備の銃が欲しいわね。
 いや、バックアップ用としてはむしろ拳銃が望ましいかな。
 そう、フツーの拳銃。
 銃としては威力・弾数・命中精度ともに劣る拳銃だけど、その最大の特徴は「取り回しの良さ」だもの。軽くて小さくて、コンパクトにホルスターに収まって、他の行動の邪魔にもならなくて、でも必要とした時には一瞬で手に取れる。この利点は、時に他の何物にも換えがたいものになるわ。
 いざとなったら散弾銃を足元に放り捨てて、拳銃を抜き撃つ。そのまま連射で相手を怯ませる。状況に余裕ができたらまたショットガンを拾う……こんな展開が理想ね。

 まー、そうは言っても、ショットガンってのは威力も高いし、攻撃範囲も広いし。
 ズガン! と一発ブッ放せば、大抵予備銃を手にするまでもなく、状況は解決しちゃってるんだけど。
 万が一にも解決してなかった時が、問題なのよねぇ……。




【2】 「夢の国」 ―― Pink Elephants Coming ! ――



 あるときの話です。
 1人の酔っ払いが、自分の荷物の中から奇妙なものを見つけました。
 散弾式のパースエイダー(注・パースエイダーは銃)や、独創的ながらも使いづらい単発ハンド・パースエイダー(注・この場合は拳銃のこと)に混じって出てきたのは、1つの鳥篭でした。
 彼女は鳥篭を覆っていた布を取り払い、中を見てみました。
 とてつもなくブサイクな鳥が、白目を剥き灰色の舌をダランと出し、見るもの全てに強烈なトラウマを与えかねない凄まじい面相で、すやすやと眠っていました。
 同封されていた説明書によれば、インコちゃん、という名前らしいのですが、本当にそれがインコという種の生き物なのかどうかすらも怪しいものでした。
 彼女は素早く布を被せ直し、鳥篭ごときっちりしっかり荷物に仕舞いこんでから、小さくつぶやきました。

「ああ、あたし、悪い夢でも見てるのね」



 あるときの話です。
 1人の酔っ払いが、自分と同じ境遇の人間と出会いました。
 日本の学生っぽい制服に身を包んだ、ちょっと印象の薄い青年で、1頭の白い犬が一緒にいました。
 彼女は酔った勢いにまかせ、その青年と犬に声をかけてみました。
 白いふさふさした毛を持つ、笑っているような顔をした大きな犬が、青年と共に流暢な人の言葉で当たりまえのように返事をしました。
 自己紹介によれば、陸、という名前らしいのですが、本当にそれが犬なのかどうかすらも怪しいものでした。
 彼女は鷹揚に笑って、言葉ほどには喋る犬に動揺してない様子の青年を横目に、小さくつぶやきました。

「ああ、やっぱりこれ、悪い夢でも見てるのね」



 あるときの話です。
 1人の酔っ払いが、敵意をもった相手に襲われました。
 ドレスに身を包んだ、どこかぎこちない動きをした女性で、包丁を持っていました。
 彼女は散弾式のパースエイダーを取り出すと、襲撃者の頭を吹き飛ばしてみました。
 血も脳漿も飛び散ることはなく、ただ首から上を失った等身大の人形が、ゴロリとそこに倒れこみました。
 よく見てみると、マネキン、だったようですが、本当にそれがマネキンなのかどうかすらも怪しいものでした。
 彼女は首を傾げる青年と犬に声をかけ、ひとまずその場から退避させながら、小さくつぶやきました。

「ああ、あたし、とことん悪い夢を見てるのね。
 ……でも、なんかこれって今までのと趣向違わない? いきなりB級ホラー?」



 あるときの話です。
 1人のメリッサ・マオが、1人のシズと対峙していました。
 二十代前半ほどの、緑色のセーターを着た青年で、とても長い刀を構えていました。
 彼女は散弾式のパースエイダーを構えると、1人のアリソンを刺した直後のシズを撃ちました。
 シズは全く動じることなく、軽く跳び下がっただけで、当たり前のようにその銃撃を避けました。
 よくよく考えてみると、散弾、というものの特性まで考えれば、普通にただ撃ったらアリソンまで巻き込む可能性が高く、ならばそもそも撃てないか、仮に撃ったとしてもマオの攻撃は本気で当てる気のない、あえて射撃の中心をズラした威嚇射撃に近いものになるだろう、と予想もでき、そこまで読みきっていればこそ本来なら避けようのない散弾も余裕をもって回避することも可能だった、もっと言えば、だから一方的に不意打ちを仕掛けられたこの状況で、最大の火力を持っていたマオではなく、素人丸出しで確実に葬れそうなキョンでもなく、撃つ者の技量次第では流れ弾も味方の巻き添えもさほど気にせず狙い撃てるリボルバー式ハンド・パースエイダーを持っていたアリソンから先に襲ったのだ……ということだったようですが、本当にそんな判断と行動が人間にできるものなのかも怪しいものでした。
 彼女は、アリソンを抱えて川に飛び込んだキョンを威嚇射撃で援護して見送ると、油断なくシズと向き合いながら、小さくつぶやきました。

「ああ、これは悪い夢なのね。
 そりゃ、不気味なインコやら喋る犬やら動くマネキンやら、悪い冗談としか思えないことばっかりだったけど、それを『悪い夢だ』と1人愚痴っているだけで、予備の武器を探そうとも、ありあわせの武器を用意しようとも、キョン君の荷物を見せてもらおうともせず、持て余してた『コンテンダー』を彼に渡しておくことすらせず、そして今こうして、ショットガン1つで、1対1で、近接戦闘の専門家っぽいサムライと向き合うハメに陥ってる。
 こんな失態、クルツやソースケに知られたらなんと言われることやら。
 ほんと、これは悪い夢としか言いようがないわ」



 その直後の話です。
 1人のメリッサ・マオが、1人のシズを前に、仕掛けるタイミングに迷っていました。
 万が一にも外したら、次弾の装填前に、きっと踏み込まれて斬られる。
 彼女がそれでも意を決して動こうとした瞬間、シズは何を思ったのか、急に1歩下がりました。
 そして、何か丸いものを投げてきました。
 手榴弾でした。
 マオは反射的にそれを蹴り飛ばしつつ、地面に伏せました。
 遠くで爆発が起きて、何とかマオは怪我もしていなくて、そして、身を起こした時にはシズは居ませんでした。
 橋の向こう側、川の北側の市街地に駆けて行く緑色のセーターの背中が見えました。
 地面に置いてあったはずのデイパックも、しっかり拾っていったようでした。
 シズは手榴弾攻撃の結果をのんびり見届けるような真似はせず、間違っても自分自身まで巻きこまれないよう、投げると同時に全速力で身を翻していたのでした。
 一瞬だけ迷った後、その後を追って駆け出しながら、マオはすっかり目が覚めた様子でつぶやきました。

「……まあ、今のはほんと、夢のような幸運よね。
 爆発寸前の手榴弾を蹴飛ばすなんて無茶、もう一度やれと言われても真っ平ゴメンよ。
 でもだからこそ、今は追うしかないわ。
 ここで見逃して、隠れられて、こっちが気を抜いた頃合にまた投げこまれでもしたら、それこそ悪夢だもの」




【3】 よいこのじかん
~マオおねえさんと武器(ぶき)についてべんきょうしてみよう~(2)
そのに:手榴弾(しゅりゅうだん)



 はい、軍事に疎い人のための、マオおねーさんの講義・第2弾。
 ショットガンに続いてのテーマは、手榴弾。ハンドグレネード。
 これもまた、上手く行けば威力はデカい・でも扱い所の難しい、それ単独では使い勝手の悪い兵器ねぇ。

 そもそも、爆薬を何かに詰めて敵に投げる、って行為は、火薬の発見とほぼ同時に行われてたらしいわ。
 8世紀頃には既に記録にあるって言うから、相当に歴史ある代物よね。
 初期は大きな音で相手を驚かせる、という側面が大きかったようだけど、その後も火薬の技術の進歩と共に威力も増大。銃器の発展の陰で、地味に、でも着実に成長していったわ。

 大昔からその原型が使われてたこともあって、その構造と原理はカンタンよ。
 つまり、敵の近くで狭い容器に詰め込まれた炸薬に火がつき、炸裂する。
 行き場のない圧力はその容器を破壊し、強烈な爆風となって周囲に衝撃を与える。
 ついでに、容器の中に硬い金属片が混じってたり、容器自体が砕けて破片になれば、その破片が爆発と共に飛び散って、周囲のものを切り刻む。敵は爆風と破片のダブルパンチで死に至る……というわけ。
 技術的に進化したと言っても、こういった基本は、マンガに出てくるような爆弾を導火線に火をつけてから投げてた時代と何も変わらないないわ。変わったのは炸薬の性能と着火方法、信管の信頼性くらい。
 この信管とかの進化も語ると面白いところなんだけど、今回は深入りを避けておこうかしらね。

 さて、そんな手榴弾は、やはり威力絶大。
 しかも1発で複数の敵を沈黙させることも可能な、広範囲を対象とした兵器。
 実は爆風だけなら、人間を殺傷できるほどの威力が発揮される範囲はそう広くないんだけど……何より、一緒に飛び散る破片がシャレにならないのよね。直接的な爆風よりも遠くまで飛んでいって、しかも、その小さな破片の1つ1つが致命傷を与えうる威力を持ってたりするの。
 特に、爆風の逃げ場のない閉鎖空間では圧倒的な威力を持つわ。例えば狭い部屋や廊下に投げ込まれたら、1発で1つのチームが全滅しかねない。敵には絶対に使われたくない兵器の1つね。

 もっとも、その威力の高さは、ある意味で諸刃の刃よ。
 あまりに無差別に破壊を撒き散らすので、下手すれば味方にまで被害を及ぼしてしまう。
 いや、味方どころか、自分自身も自滅しかねない。すぐ目の前にいる敵を倒そうってのに、自分が巻き込まれてたら意味がないわ。カミカゼ・アタックを狙う自殺志願者ならともかくさ。
 それに、少しのミスで、自爆しかねない。敵でなく、自陣営だけに損害を出しかねない。
 点火してから投げるまでの時間稼ぎと、動作の確実性とのバランスから、今のほとんどの手榴弾は時限式になっているのだけど、この、ピンを抜いてから爆発するまでの長さってのは昔っから試行錯誤されてきた所なのね。
 その時間があまりに短いと、投げる間もなく手元で爆発するかもしれない。あまりに長いと、敵が拾って投げ返してくるかもしれない。いや、冗談でもコントでもなく、かつてはそういうこともあったらしいわ。
 無数の犠牲者を出した末に、適切な時間は大体4~6秒程度、ってことに行き着いたようだけど……それでも例えば、うっかりピンを抜いて足元に落としちゃったりしたら、笑い事じゃ済まないしね。

 あとは、飛び散る破片が致死的な割りに、その貫通力そのものは大したことない、って問題もあるわ。
 まあ鉄砲の弾と違って、空気抵抗も何も考えられてないから。人間の身体は貫通できないし、ちょっとした遮蔽物があれば十分身を守れる。なんでも、ベッドのマットレス程度のモノでも十分防げちゃうらしいわよ。
 地面に伏せるのも有効ね。手榴弾が地面に接した状態で炸裂した場合、破片も爆風も、どっちかと言うと『横』よりも『上』に向かうから。地面近くなら、けっこう損害を抑えられるのよ。

 そんなわけで、小銃と並ぶ歩兵の基本装備でありながら、実際には使える機会は多くないのよねぇ。
 無駄に強い、って意味ではソースケも東京で苦労してたようよ。
 任務の都合上、そうそう死人も出せない、でもイザという時の選択肢も減らしたくない、ってなわけで、破片も出ない・炸薬も少ない特製の弱装手榴弾を用意していたみたい。てかあいつ、そーゆーとこは妙にマメなのよねぇ。

 手榴弾にも、形から機能から特性から、色々種類があるわ。
 その歴史は試行錯誤の歴史。色んなアイデアを見ることができるわね。

 有名な所では、『パイナップル』って呼ばれるタイプがあるわよね。
 表面に四角形の凸凹の入った、レバーとピンのついたアレよ。マークⅡ手榴弾、という奴。
 文字通りパイナップルを思わせるあの模様は、別に飾りじゃなくて、どんな状況でもしっかり握って投げられるように、という滑り止めの効果を狙ったものよ。あとは爆発の際、板チョコが割れるようにそこで割れて、適度な殺傷力のサイズの破片になるんじゃないか、という期待もあったようだけど……後から詳しく調べたら、別にそんなことはなかったみたい。そうそう上手くいくもんじゃないわね。

 後から検討したら実際大したことなかった、ってことでは『ポテトマッシャー』の柄もそうね。
 『パイナップル』と同様、第二次世界大戦の頃の、こっちはドイツ軍側が使っていた手榴弾。
 缶詰型の先端部分に、木製の柄がまっすぐついてるの。ちょうど、マッシュポテトを作る時に使う調理用具に似ていることから、その名を取って『じゃがいも潰し』の愛称がついたのね。
 で、なんでこんな形か、って言うと、どうも投擲距離を伸ばすためだったようね。
 そうね……突然だけど、新体操の競技で使う『棍棒(クラブ)』を思い出してみて。新体操の選手って、あれを器用に回転させて投げては、正確にキャッチするでしょう? 団体競技の場合、けっこう長い距離で投渡すこともあるわ。
 そう、意外かもしれないけど、重心が片方に偏った棒状のモノ、ってのは投げやすいのよ。しっかり握れるし、軌道も安定する。確実に敵陣に投げ込むには、実は悪くない形状なのね。
 ……と、理屈ではそのはずだったんだけど、後から検証した結果、飛距離に大差はなかったみたい。むしろ直接の威力とは無縁の木の柄がついてるせいで、無駄にかさばるわ、重たいわ、重量が増えた分距離も落ちるわ、上手く足元に転がしてやることもできないわ、と欠点も少なくなかったし。
 結論から言えば、ドイツが負けたことですっかり廃れちゃったわね。

 逆に最近になって重視されるようになったのが、スタングレネードの類。
 閃光音響手榴弾、フラッシュグレネードとも言うわね。
 破片もほとんど出ず、爆風すら弱く、ただ派手な音と光を放つ「だけ」の代物よ。一応、直撃でもすれば火傷くらいはするらしいけど、その程度。直接人を殺せるような道具じゃないわ。
 でも、だからこそ便利な局面ってのはある。
 不意打ちで強烈な光を音を浴びせられた人間ってのは、反射的に身を丸めて、うまく動けなくなっちゃうの。そうなればその隙に、一方的に攻撃を浴びせることもできるってわけ。視力や聴力も、時間が経てば回復するけれど、喰らった直後は使い物にならなくなるわね。そうなれば制圧も容易。
 そしてこれが大事なことだけど、それ自体は非殺傷兵器だってこと。
 つまり例えば、救出すべき人質がいる状況でも、ターゲットを生きたまま捕らえたいような任務でも使えるのよ。軍や警察の特殊部隊、あるいは『ミスリル』のSRTみたいな特殊な任務に就く傭兵にとっても、最近とみに存在感が増してるわ。
 もちろん、これはこれで自爆に注意なんだけどね。直接的な殺傷力はなくっても、重要な局面で自分の目と耳を潰されてたらたまらないわ。一方的に攻撃するつもりが、一方的な反撃受けてちゃ本末転倒よ。

 総括すると、種類はいろいろあるけれど、概して使い勝手は良くないのが手榴弾って兵器ね。
 ブービートラップなんかにも応用できるんだけど、でもそういう機会も多いとは言えないわ。
 味方にあると心強いけど、使える場面は案外少ない。
 そして敵の側にあったりすると、心が休まるヒマもない。
 まったく、困ったモンよねぇ。困ってばかりもいられないんだけどさ。




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