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子供らしさ  Fri, 07 Jul 2006 22:40:37 GMT

kさんのコメントを読み、子育ての大変さを改めて感じましたが、
「自由奔放な私を枠にはめようとした」という言葉にドキっとしました。
私は去年の始めに、仕事も休職しなくてはいけないほど体調を崩してしまいました。

大学病院で精密検査をしても、体に悪いところは見つかりませんでした。
病院を変えて、検査もしました。 私に示された病名は「適応障害」でした。
カウンセリングを続けていくうちにac(アダルトチルドレン)であると言われました。
子供らしい幼少期を満喫出来なかった為に、 対人関係や精神的不安定の
問題を引き起こしやすい性格が形成された人のことをいいます。
私はそれほど深刻な状態ではなく、ac気味だと。

アメリカの前大統領クリントンも、 私はアダルトチルドレンであったと
公言していましたし、女優の東ちずるさんは、アダルトチルドレンの治療記録
医師と母親とのカウンセリングを『〈私〉はなぜカウンセリングを受けたのか~
「いい人、やめた!」母と娘の挑戦』 という本にしていますし
世の中の認識も深くなったと思いますが、 まだ、カウンセリングに通う人のことを
白い目で見る傾向があるのも確かだと思います。

kさんのように、子育てに疲れ気味の時、 リフレッシュする方法を持たないと
疲労が蓄積して、いつか爆発してしまう可能性が 高くなってしまいますね。
爆発させないで我慢を続けていると、苦しくなって しまいますね。
どんなに可愛い自分の子供でも、何時間も泣き続けられたり
何度言っても言うことを聞いてくれなかったり、伝わらなかったり
わがままを言われると、逃げ出したくなることあると思います。
大きな疲労になる前に、何らかの方法でリフレッシュして
いつも優しい気持ちで子供に接することが大切ですよね。

私の家族も、実家が遠いのです。
でも、1歳までは、旦那様のお義母様と
私の母が 二週間ずつ交代で、面倒を見ていました。
どちらの母親も、飛行機で通わなくてはいけない距離でした。
どちらの母親も都合が悪い時は、私たち姉妹が協力しました。
もし親も姉妹も無理ならば、信頼できる友人でも 良いと思います。
一人で背負い込まないことです。
母や私たちが赤ちゃんの面倒を見ている間
妹がしていたことは、月に一度は旦那様とデートをしたり
美容室やエステやジムに通ったりしていました。

それでも母乳での授乳が必要な時期は
本人の希望で、遊んだりはしませんでしたね。
赤ちゃんが気になって遊ぶどころじゃないと。 母親とはそういうものなのだと感じました。
その責任感がないのならば、子供を作ってはいけないと 思いました。
私は一般論を語るつもりはありません。
これは私のブログなので、私の独断と偏見で書いています。

私は仕事柄、親の教育意識が高い子供や、 進学校に通っている子供
芸術や文化に興味の高い子供と接することが多いです。
正直言って底辺の子供達に接する機会はありません。
私のいう子供らしさとは、子供らしくしっかりと勉強する、という 点も含まれています。
子供の仕事は勉強することなのだから。
偏差値の高低で人間のレベルははかれませんが、 それは親の教育次第というのも同感です。
親が、「心」を教えられるかどうか、が一番大切なのです。

ただ、人間は流されやすいものです。 弱いものです。 環境によって変わってしまいます。
ですから、良い環境(学校・塾)に身を置かせてあげることも 親の役目だと思っています。
大人になってから本人の自覚で変わる可能性も ないわけではないですが、 とても難しいでしょうね。
それが「育ち」でしょう。 幼児期を逃すと、本人がいくら苦労しても努力しても、 育ち、の違いが出ます。
育ち、とは幼児期に身につけた生き方のパターンです。

それは違う、人生の基本的ルールは、人間の成長過程で折に触れて学んでいって
はじめて身につくものだ、と反論される人は、教育を知らない人です。
如実に示す例は、語学や信仰心など。 生まれ落ちてすぐ、もの心がつく前から
繰り返し教えられているものと、大きくなってから苦労して身につけたものとでは
どうしても差が出てしまいます。誤解のないように申し上げておくと私の言う、育ちの良さ
というものは決して物質的、経済的な豊かさの中でだけ得られるものではありません。
上流や中流とかいう階層とも関係ありません。両親の職業や社会的地位
人種の違いと いったことが決定的な影響を与えるものでもありません。
親が変われば子供も変わる、のです。
私も叔母として、姪のためにできるかぎりのことを してあげたいと思っています。
やはり基本は、愛情ですね。

(終わり)