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ひと回り  Sun, 29 Oct 2006 23:27:29 GMT

好きとか嫌いの問題ではない。 人間の器の大きさなのだ。
今の彼と前の彼はひと回り違う。
前の彼は今の彼の12歳年下なのだ。でも確実に今の彼より器が大きい。
こんなにも違うものかと驚かされる。
年齢や経験ではないのだな、と改めて感じる。
話しているだけで安心感があり、幸福感をもらえる。
今の彼とは真逆だ。 彼は、つい昨日でさえ、全く安心感を与えてはくれない。
「何もしないで勃起すること期待してるなら仕方ないね、 無理だから」
仕方ないっていうのは、sexができないってことなのか
付き合えない、別れるってことなのかはわからないけれど、
どちらにしても短気な人間が言う投げやりな言葉だ。
10代じゃあるまいし、想像だけで勃起するほどの精力がないことはわかっているし
私はそんなことを全く問題にしていないことをまだわからない頭の悪さ。呆れ果てる。

今朝も、女子中学生がいじめで自殺したニュースを見た。
毎日のように中高生が自殺しているニュースが報道されているけれど
その子達が、どんなイジメを受けていたのかを見ると
そのくらいの言葉、私は彼に毎回言われているなと思う。
もし私がもっと若い、社会経験の低い年齢だったなら
彼の暴言で自殺していたかもしれないな、と思う。
彼にこんなこと言われましたって遺書に書くだろうな、と思う。
実は数年前書いたこともある。
自殺しようと真剣に考えたわけではないけれど
彼の言動で、そこまで追い詰められたことがあった。

きっとイジメている側の人間は、イジメをしている意識ないか、薄いのだろう。
相手がその言動でどれほど傷付き思い詰めているか、 考える心がないのだ。
100%親の問題だと思う。
イジメる側の人間を育てた親は、イジメた生徒以上の罪がある。
そんな子供を産み、育ててしまった罪は大きい。
私も仕事で教育の現場にいると、 教育の限界を感じる。
悪い要素の多い血は、増やさないほうが良い。
イジメをするような子供はこの世に作らないほうが良い。
教育以前の問題として、そういう子供を産んだ親が悪い、と思っている。
だから親の問題だ、と私は思っている。

彼のお父様に、「あいつ(彼)の性格は母親にそっくりだから
教育で変えられるものじゃない。どうしようもなかったんだ。」と
泣きそうな声で話してくれたことを思い出す。
彼のお父様は、生まれ持った性質を教育で変えることの限界を感じていたのだ。
悲惨な事件のニュースを見るたびそう感じるけれど
他人事ではなくて、自分の子供を作ることを考えた時、やはり不安のほうが大きい。
自分が親になっても良いのか、自分の子供はどんな子に生まれてくるのかを考えると
出産を軽くは考えられない。結婚したから、当たり前のように子供を作るのは間違いだ。

(未完)