かつて、彼が長門有希の世界改変に巻き込まれ、遭遇してしまった異世界が存在した。そこでは、長門有希の願望が具現化され、長門有希と朝比奈みくると彼は北高に、そして僕は彼女と共に別の高校に在籍し、彼女の傍らでいつも通りにやけ面をしていたと彼は言っていた。
 以前はこう思ったことがあった。

 ―それは長門有希だけではなく、僕の隠れた願いをも取り込んで創造されたものだったのかもしれない— と。

 とは言っても、当然それを僕の力によって成したものだということはあり得ない。それは、今考えつくこととしては、僕自身がただの制限付きの超能力者に過ぎないという理由だけには留まらない。
 僕が守りたい世界は、彼女が僕の傍らで絶えず不機嫌そうな仏頂面をしているだけの世界ではないからだ。そんな世界を僕は望まないという自負が、今は確かにある。


・・・・・・
・・・



 SOS団に入団して二年以上が過ぎているが、SOS団は何も変わらない。彼女が居て、彼女の傍らにはいつも彼が居て、僕と朝比奈みくると長門有希がそれを囲み、何のことはない放課後を過ごし、週末にはグループ分けして不思議探索に繰り出す。
 僕は相変わらず超能力者としての任務を背負ってはいるが、世界は平穏無事に在り続けている。この何の変哲もない日々・・・誤解を恐れず言ってみれば、つまらないとでも表現できてしまうこの何の変哲も無い日々を、喜びを持って噛み締めている。いつまでもこんな日常が続いてくれればいいと、そう切に考えている。

 今日の午前の部は僕と彼のペアと、女性3人のグループに別れた。この組合せになったとき、彼は必ず『何が楽しくて休日に野郎と2人で・・・』なんてぶつくさ言いながら歩き始める。しかし、彼のその不機嫌は初めの間だけで、歩き始めれば何のことはない。

「なあ古泉、今度の夏もハルヒの我侭に付き合ってどこかに連れ出すつもりなのか?」

 二人で黙って無言で過ごすこともあるが、大抵は他愛もない会話をしながら歩くことになる。どちらも僕にとっては楽しい時間で、充実した時間を送ることができたと感じることができる。

「ハルヒのやつ、海外に行きたいなんて言っていたが、無理に合わせなくていいぞ。あいつの傍若無人な我侭にお前が奔走させられる理由は無いんだからな。それに、いつも我侭聞いてると図に乗ってとんでもないことを希望してくる可能性もあるしな。宇宙とか」

「僕が無理をして皆さんが喜んでくれるならお安いものですよ」

 僕は即答する。これは偽りの無い本心だから考えるまでもなく出てくる応えだ。確かに宇宙は困るけれど。

「お前のその自己犠牲精神にはいつもながら呆れるよ」

 彼はお得意のやれやれと言った仕草と、その仕草に合わない笑みを含んだ表情で返してくれた。せめて呆れるではなく、感心すると言ってもらいたいものだが・・・

「貴方自身はどこか行きたいところはありますか?参考のために伺っておきましょう」

「俺の行きたいとこなんて関係ないだろ」

 また唐変木なことを言う。最初は彼のこういった鈍さには驚きもしたが、今では逆にそれが微笑ましく感じてしまうのだから不思議なものだ。

「貴方が楽しむことができなければ、涼宮さんも心から楽しんではくれないのですよ」

「ん・・・」

 彼は首を少し傾け、眉を寄せながら考え込む。

「そうだな・・・正直どこでもいいかもな。近くの温泉やテーマパークとかでも俺は満足だぜ。ハルヒのことは心配しなくても、みんなで旅行ってだけで満足してくれるだろ」

 僕に無理をさせまいと気を使ってくれているのだろうか。

「『~でも満足だ』と言うような消極的なことではなく、僕らの夏合宿という枠を外してもっと正直に自分の希望を仰ってみてくれませんか?」

 以前は『本当はこんな喋り方もするんだよ』『こんな考えもするんだよ』と声を大にして言いたくなる衝動に駆られたものだったが、今となってはそれももうない。SOS団副団長としての古泉一樹と僕自身は、いつの間にか一致するに近い様相を持っていた。それだけに、自分にとってのSOS団という小宇宙が掛替えのないものであることを自覚している。

「そうだな、行ってみたいところというのを真面目に考えるとだな、世界中の古代遺跡を見てみたいという気持ちがあるな。ハルヒの不思議探しには持って来いだし、朝比奈さんの不用意なうっかり発言がまた聴けるかもしれない。長門にとっては全く違う文化・文明に触れてみるってのは一般の人間以上に重要なことだと思うしな」

 自分の行ってみたいところを真面目に考えて、結局他の人の意志を忖度した結論を出してしまう辺り、彼らしいと言うか何と言うか…

「そうですか。それではやはり海外に行ってみましょうか?費用なら機関が負担できますし、現地での安全を手配することもできるでしょう。その点は保証します」

 彼は再び考え込んだ。海外に行く事について、負担をこちらで請け負うと言ったのは逆に気を使わせてしまうことになってしまったのだろうか。しかし、彼が僕の好意や提案に甘えてくれたり乗ってくれることは僕にとっては不愉快ではない。むしろ快く感じる。

 こんな捉えようによっては損とも言える気質が身についたのは一体いつ頃からだっただろうか。もっとも、僕自身が快く感じているのだから損とは言えないのだが。

「なあ・・・」

 思考を終えたのか、彼は何かを言いかける。しかしその後は続かず沈黙が流れる。

「はい。どうしました?」

 彼はなかなか応えない。一体なんだというのだろうか。

「前から気になっていたんだがな・・・

 僕は「はい」と相槌を入れながら次を促すがなかなか次が続かない。旅行先でのことでここまで言い難いこととは何だろうか。まさか本当に宇宙旅行でも希望しているのだろうか。

 こんなことを考えていたため、この後、彼が発した言葉は意外性を極めた。

「・・・機関って一体何なんだ?」

 焦らした挙句、彼が絞り出したことはこれだった。


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最終更新:2009年11月27日 22:51