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白翼の対価*②*


 普段の生活を考えると、今日は忙しい一日になったものだ。
 フラーネのマンションで腰を落ち着ける暇も無く、今度は居住区の隣にある商業区のショッピングセンターに繰り出す事になった。目的は、アルバートの服や寝具を揃えるため。もちろん陣頭指揮を執るのはフラーネだ。
 彼女に引き連れられて最初に乗り込んだのは、店構えからして高級感溢れるブティックだった。
 言うまでもなく、始めて足を踏み入れる類の店である。
 そこでアルバートは、モデルと言うよりショーケースのマネキン宜しく、フラーネに乞われるがまま次から次へと服を取り替えていく。
 単なる着せ替え人形に成るのならばまだ気が楽なのだが、フラーネはこちらに意見を求めて来るので質が悪い。生憎と自分はファッションセンスなど持ち合わせていないため、どうしても気の無い返事ばかりしてしまう。
 ただし、「どうでもいい」が禁句であることは良く分かった。要するにフラーネが激怒したからだ。
 「量販店に行こう」と、なけなしの勇気を振り絞って言っても、「ダメよ」の一言で却下されてしまう。
 結局、最後はフラーネの一存で購入するものが決まった。
 衣食住全てを彼女に依存している今、文句を言える立場でない事は重々承知しているが、「じゃあ最初から君が決めてくれ……」と喉元まで出掛かったのは秘密である。
 品定めにたっぷりと時間を掛け、ブティックから出て行く時には、アルバートの両手は大量の手提げ袋で塞がれていた。
 今時B級コメディ映画の俳優だってこんな格好はしないだろう。
 完全にただの荷物持ちだが、そんな仕打ちも今は甘んじて受けるしかない。何故なら、この荷物は全てアルバートのためにフラーネが購入した服だからだ。
 他人の着る物に金を使っただけなのに、何故だかとても充足した顔のフラーネを横に見ながら、アルバートはバレないようにコッソリと溜め息をついた。

 大量の荷物を配送サービスのカウンターに押し付け、ようやく一息吐く頃には時計の針が十二時を大きく回っていた。
 それなりの空腹も感じていたので、二人は少し遅めのランチをとることにした。
 折りよくサンドイッチの屋台を見つけたので、飲み物と一緒に買い、近くのベンチに腰掛けて仲良く齧り始める。フラーネはエッグサンドで、アルバートはフィッシュサンドだ。
 小骨ごと噛み砕いて、フィッシュサンドを半分ほど胃に収めると、頭上の巨大な街頭スクリーンがニュース番組を映し出す。
『こんにちは。ニューストゥエルブの時間です』
 無表情な女性キャスターが、無表情のまま原稿を読み上げていく。
 アルバートはフィッシュサンドを齧りながら何気なく大型スクリーンを眺めていた。
『最初のニュースです。今朝未明、〈HOPE〉近隣の山岳地域で大型の熱源を確認したと、都市警備隊が発表しました。熱源の正体は現在も調査中との報告です。次に――』
 エッグサンドを食べ終えたフラーネが、ニュースを見ながら言った。
「最近こういうニュース増えたね。何か不気味だわ」
 最近の世界情勢については門外漢だったので、適当に「そうなのか」と相槌を打っておく。
 ただ、一般人の常識で考えれば、自分が住んでいる都市の近くで兵器かもしれない正体不明の熱源が確認されたと聞けば不安になるのも無理はないだろう。
『次のニュースです。グローバルコーテックス社が主催するレイヴン試験の結果が公表され、また新たな若鳥が誕生しました――』
 スクリーンの映像が無表情なキャスターのバストアップから、どこかの戦場を映した物へと切り替わった。
 夕陽に染まる廃都をバックに、ACとMTとの戦闘が迫力ある様子でスクリーンに映し出される。
 それは自分が目指している場所の光景だ。
 スクリーン上で舞う彼等――或いは彼女等――は己の力を示す機会を得た。力を持つ彼等は、これから否が応でも時代の前衛に立つことになるのだろう。
 かつては自分もそこに在った。だが、今ではそれが――とても羨ましく思える。
 こちらの手が止まっていることに気付いたフラーネが、手元のフィッシュサンドを見て聞いて来た。
「どうしたの?マズいのそれ」
「……いや、小骨が多くて面倒なだけだ。さあ、行こう」
 胸中をフラーネに悟られまいと、アルバートは頭を振って愁いの表情を消し去り、フィッシュサンドをアイスティーで強引に流し込んだ。

 昼食を終え、フラーネに振り回されること更に三時間。
 アルバートは主に精神的に疲労困憊していた。
 情けないとは言うなかれ。何しろ、女の買い物に付き合ったことなど人生で一度も無かったのだ。たかがベッドを選ぶだけで、これほど気力を消費するとは一体誰が予想出来ようか。
 アルバートとは逆に、フラーネは憎らしい程に活き活きとしている。
 彼女が人の魂魄を喰らう妖の類だと言われても、今だけは信じてしまいそうだった。
「ん~、大体これで生活に必要な物は揃ったかな。アルバはまだ欲しい物ある?」
「いや……、無いです……」
 フラーネの問い掛けに力無く首を振る。
 自分は別にフローリングの冷たい床で寝た所で平気だ。既にベッドからして蛇足な買い物である。
 早く戻って休みたい――そんな事を考えていたせいか、“ソレ”に対しての反応がほんの少しだけ遅れた。

 都市の全天を覆う対衝撃仕様の建造材で出来たドームが、上からの爆圧によって吹き飛ばされ、巨大な破片が直下にあったショッピングセンターを襲う。
 ショッピングセンターには、まだ大勢の買い物客がいた。彼等は自分の身の上で起きた事に不審な顔をするものの、その実態には気付いていない。辺りを見回すが、上を見ようとする者は居なかった。
 ――恐らく、たった一人を除いて。

 衝撃と轟音は後からやって来た。

 ――まずい!?
 アルバートは何が起きたのか一瞬で理解すると、フラーネの腕を引っ掴み、手近な雑居ビルの中にダイブする。
「きゃあ!?」
 フラーネの悲鳴は無視した。
 直後、アルバート達が居た歩道を、何も知らぬまま歩いていた人々と共に、ドームの破片が押し潰した。
 砕け散ったアスファルトの欠片が逃げ込んだ雑居ビルのガラスを割り、鋭利な雨となって襲い掛かった。
「――ッ!」
 アルバートはフラーネに覆い被さり、体を盾にして刃の雨からフラーネを庇う。
 パラパラと身体に当たるガラス片が止むのを確認すると、身体を引き起こしてフラーネの安否を確かめる。幸い、怪我は無いようだ。
「大丈夫か?」
「う、うん。ありがとう。一体、何が起きたの……?」
「分からん。だが、ここは危険だ。立てるか?シェルターへ急ごう」
「大丈夫、立てるわ」
 手を貸してフラーネを引き起こすと、雑居ビルから今し方並んで歩いていた歩道へ踏み出す。そこは、平和な様相から一変して地獄となっていた。
 落ちてきた破片によって無惨にも街並みは破壊され、呻き声と悲鳴がそこかしこから聞こえて来る。
 下敷きになった者は恐らく即死であろう。破片の下から染み出すようにして、血溜まりがいくつも出来始めていた。
「酷い……こんな……」
 惨憺たる光景に、堪らずフラーネが目を背けた。
 アルバートは転がっている瓦礫から、惨状の原因となったドームに目を向ける。
 すると、丁度その大穴から何か動く物が降下するのが見えた。そのシルエットは見覚えがあるものだ。
 ――あれは、MT? ……だとすればこれは何者かの襲撃か?
 その直後警報が鳴り響き、市民に避難をするよう促すアナウンスが大音量で流れる。警報とアナウンスが意図することは明快だった。
 つまり、今ここが戦場になろうとしているのだ。
「冗談じゃない!フラーネ急げ、走るぞ!」
「わ、分かった」
 フラーネの手を取って走り出す。
 案内板を見て、避難経路を全力で走り抜けて行く。しばらく走ると、同じように避難する人の群と合流した。
 流れに逆らわず、アルバート達が人の群に沿って早足に歩くと、警備隊の隊員が誘導灯を手に、避難して来た人の流れを一つの施設に導いていた。
 どうやら、この地下に埋まっている施設こそが目的のシェルターのようだ。
 地下シェルターの入り口に辿り着くと、遠くで爆発のような光が走った。都市の警備隊と襲撃者が交戦を始めたようだ。
 警備隊も相応の戦力を投入したようだが、遠目には警備隊のMTは押されているように見える。それよりも、こういった事態に備えているはずのACの姿が見えない。
 このままでは、警備隊が全滅する可能性も大いにあった。
「どうしたの? 早く入ろうよ……」
 立ち止まったアルバートを見て、フラーネが不安そうに袖を引く。
 そんなフラーネの顔と、不利な状況に追い込まれている警備隊を交互に見て、アルバートは悩んでいた。
 自分にはある考えがあったが、それが実行出来るかどうかは恐らく賭だ。
 だが、このまま指を啣えて見ていても状況が好転する可能性は低いはずである。ならば自分が今出来ることをやるべきだ。
 ――例えそれが分の悪い賭であっても、か。
 アルバートは覚悟を決めると、フラーネを正面から見据えて言った。
「すまない。シェルターには君一人で行ってくれ。俺は寄る所が出来た」
「へ? あ、ちょっとアルバ! どこ行くの!」
「必ず戻る! 君は待っててくれ!」
 フラーネを残して人の流れから抜け出す。
 背後から聞くに堪えない罵詈雑言が投げつけられたが、振り返らずに全力で駆け出した。

 目星は避難経路を確認する際に付いている。ここからそんなに離れていない場所にあるはずだ。
 思った通り、二分程走った所で目当ての施設に辿り着く。
 それは、警備隊のガレージ兼詰め所だった。
 アルバートは警備隊のMTを使って出撃するつもりだった。
 息を切らせて施設に乗り込み、まっすぐにガレージを目指す。
 だが、人の気配がしたので慌てて身を隠した。
 壁から目だけを出して様子を窺うと、目的地であるガレージの前で、作業員風のツナギを着た男が二人、焦れたように何言かを話し合っている。
「オイ、まだパイロットはこねぇのかよ!? いつまで待たせやがんだ!」
「仕方ねぇだろ、リニアが止まっちまったんだから! だがヤバいぞ……このままじゃ、クソったれのテロリストにこっちがやられちまう」
 アルバートがガレージの奥に目を向けると、軽量二脚型のACが一機、既に戦闘モードで起立していた。
 ――これは、イケるかもしれない。
 作業員達の会話を聞き、ACを見たアルバートの頭の中で瞬時に打算が成立する。
 落ちていたヘルメットを被り、フライトジャケットを着込む。本当はパイロットスーツが欲したかったが、この際贅沢は言っていられない。
 呼吸を整えると、隠れていた陰から飛び出し、作業員達に近付いて行く。
 そして思いっきり演技じみた声で言った。
「すいません! リニアが止まって遅れているパイロットの代わりで来ました! 出撃は可能ですか?」
 いきなりの闖入者に目を丸くする作業員達。だが、待ちわびていた人間が来たと分かると態度をやや軟化させる。
 しかし、その顔にはありありと不審の色が窺えた。
「お? おお、いつでも出撃出来るけどよ……、お前見ない顔だな、新人か?」
「は、はいっそうです」
 ぎこちなく答えるアルバートは、冷や汗でびっしょりと濡れていた。顔が視認し辛いようにヘルメットを被って正解だったようだ。
「オイ、代わりが来たんならさっさと出て貰えや。時間がねえぞ」
「…チッ、仕方ねえ。お前さん、あの機体でもイケるか?」
 作業員の片割れはそう言うと、顎を杓って奥のACを指し示す。
「大丈夫です」
「なら頼むぜ、テロ屋なんぞぶっ飛ばしてくれ!」
「任せてくれ」
 アルバートは力強く頷くと、軽量二脚型ACに駆け寄り、タラップを駆け上る。
 コックピットへ滑り込むと、自動でコックピットブロックがコアに格納された。
 ここまでは上手く行った。もし仮に作業員達が渋ったとしても、その時は力尽くで機体に乗り込むつもりではあったのだが。
 何にせよ、事を穏便に済ませられたのは幸いだ。
 ――何とか上手くいったな。後は俺の腕次第だ。
 アルバートはコンソールを操作して機体の詳細を表示させる。
「何々? 機体名はプロトキャットか……、まあよろしくな、“トム”ちゃん?」
 武装はレーザーライフルにレーザーブレード、肩にトリプルロケットとレーダーが搭載されていた。
「悪くは無いが、レーダーは死荷重だな。……まあいいか」
 アルバートがアセンブリの確認を終える頃合いを見計らったかのように通信が入った。スイッチを入れ応答すると、先程の作業員の声がノイズ混じりにスピーカーから聞こえて来る。
『レイヴン聞こえるか? どうぞ』
「聞こえてますよ、どうしました」
『おおっ、聞こえるか、良かった。良く分からんが、どうやら妨害電波のようなものが現在〈HOPE〉全域に散布されてるようだ。それで味方機と通信が出来なくて統制が取れないらしい。ガレージを出たらこっちとも通信が不可能になる。気を付けてくれ』
 ――ははーん……そういうことか。
 アルバートはようやく合点がいったという様子で膝を打った。
 警備隊の戦力が一方的に押されているのにはこういった裏があったわけだ。恐らくは連携の取れないまま確固撃破されたのだろう。当たり前だが、集団戦闘において連携が取れないということは、それだけで相当なハンデとなる。
「なるほど、了解した。――こちら【プロトキャット】、これより出撃する」
 ガレージの隔壁が開かれる。アルバートは二、三回フットペダルの感触を確かめると、戦場と化した〈HOPE〉へと【プロトキャット】を弾き出した。
 ガレージを抜け出た途端、スピーカーがノイズしか生まなくなる。どの周波数でも、どの回線でも結果は同じだった。
 ――相当強力なジャミングが掛けられているようだな。
 レーダーには時折ノイズは走るものの、敵機と味方機を示す光点が映っていた。結果的にはレーダーを積んでいて正解だった。
 レーダーを睨み、戦場の姿を頭に思い描く。アルバートの頭の中に〈HOPE〉全体の姿が、その流れと共に構築された。
「敵機は十五――二脚が六、逆関節が六、重装型が三か……、さすがに多いな」
 アルバートはボヤきながらも機体のFCSを立ち上げ、火器のセーフティを外していく。
 その間も、味方機を示す光点が徐々に減っていった。味方機は数で勝っているようだが、敵側のバランスの取れた構成と、何よりもこの妨害電波によって苦戦を強いられているようだ。
「待ってろ、今行くからな」
 呟き、アルバートは前方の二脚型MTに狙いを定め、オーバードブーストで突撃を掛ける姿勢を取る。
 その時、全身が粟立つ感覚がアルバートを襲った。
 何かにじっと見られている感覚。味わったことの無い不吉な感覚に、自分の中の生存本能が警鐘を打ち鳴らしていた。
「な、なんだ!?」
 慌ててカメラからの映像とレーダーの画面を凝視しても、それらしき物体は何も移っていない。
 そうこうしている内に粟立つ感覚も治まり、見られている感覚も消失した。
「気のせい、か?」
 自分は少しナーバスになっているのかもしれない。一六年ぶりにACに乗るのだからきっとそうに違いない。
 そう言って無理矢理納得させ、アルバートはオーバードブーストの起動ボタンを押し込む。軽量級コアの背部スリットが開き、輻射炎の残滓をその場に残して、【プロトキャット】は敵二脚型MTへ猛然と襲い掛かった。
 オーバードブーストの加速に身構えていたアルバートは、その意外な程に軽い重圧に驚いていた。
 以前(と言っても一六年前だが)に使っていた時とは明らかに負担が減っている。息も詰まる程の重圧を期待――もとい覚悟していただけに、やや拍子抜けといったところである。
 ――Gキャンセラーの進化か?こういった技術は本当に日進月歩だな。
 だが、アルバートの推察は外れていた。
 技術の進歩というのも確かにあるが、単純にアルバートの身体が強固になっていたのだ。自分の身体が変わった事の本質に、まだアルバートは気付いていない。
 悪魔の代償に得た力は、一六年のブランクを撥ね退けるには十分過ぎるものであった。
 アルバートはエネルギーゲージを確認すると、機体を僅かに上昇させてからオーバードブーストを切る。
 【プロトキャット】は慣性によって滑空し、二脚型MTの背後に着地した。
 巻き上がるアスファルト片を何事かと思い、二脚型MTが振り向いた時には既に決着がついていた。
 アルバートは左腕のブレードを無造作に敵MTのコックピットブロックに突き立てる。MTは一度痙攣したように跳ねると、直立したままそれっきり動かなくなった。
「――まずは一機!」
 仲間の異変に気付いた敵が【プロトキャット】に向かい、一斉に突進して来た。
 重装型MTの援護射撃を受けながら、二脚型MTがレーザーライフルを乱射しつつ距離を詰めてくる。
 アルバートは焦らず背の高いビルに【プロトキャット】を隠すと、その直後、背後の小さな商店をグレネードが吹き飛ばした。
 グレネードを見送ると、右腕のレーザーライフルだけをビルの陰から出し、突進して来るMTをロックオンして引き金を引く。破壊力よりも弾速と弾数を優先した中出力タイプのレーザーライフルだったが、MTの関節部を撃ち抜くには十分だった。
 右脚部の膝から下を見事に吹っ飛ばされたMTは、バランスを崩してすっ転ぶ。そしてそのままアスファルト片を撒き散らしながら転がり続け、丁度【プロトキャット】の目の前で停止した。
 起き上がろうと欠損した四肢をバタつかせてもがくMTに、トリプルロケットの連なった砲弾が直撃し、物言わぬ鉄屑へと変えた。
「二機目!」
 アルバートはカウントを進め、頭の中のMAPから駒を二つ取り除く。
 呆気ないものだ。まるで赤子の手を捻るが如く、敵が自分の前に屈して行く。
 アルバートの実力を目の当たりにした敵部隊は、【プロトキャット】が身を隠すビルを包囲するように編隊を変える。ようやく油断ならぬ相手だと悟ったらしい。
 レーダーで確認すると、六個の光点が【プロトキャット】を中心にして同心円を描くように散開しつつあった。
「いいねいいね、実にいい」
 アルバートは舌舐めずりすると、散開した敵部隊の一番右端に居る逆関節MTを見据え、オーバードブーストを使い飛び出した。強烈な輻射炎の煽りを喰らい、建ち並ぶビルの窓ガラスが次々と粉砕されて行く。
 逆関節MTの直上近くでオーバードブーストを解除した【プロトキャット】は、自由落下しながらエネルギー弾のシャワーをMTに見舞う。装甲を蜂の巣されたMTを踏み潰して【プロトキャット】は優雅に降り立った。
「これで三機」
 仲間の残骸の上に立つ【プロトキャット】に向けて、殺意の籠もった銃撃が降り注いだ。アルバートは機体を左右に振りながら銃撃の雨を掻い潜り、次なる獲物に肉薄する。
 間抜けに居並んでいた逆関節MTの胴体をすれ違い様にレーザーブレードで一閃し、その最後を確かめもせず、こちらに向けてレーザーライフルを構えていた二脚型MTをロケットとエネルギー弾の斉射で破壊する。
「四機、五機!」
 瞬く間に仲間を破壊された敵部隊は、誰の目にも明らかに浮き足立っていた。
取り乱しミサイルを辺り構わず乱射する二脚型MTと、逃走しようとした逆関節MTを共々に一刀の下に斬り伏せる。
 残った重装型MTを見据えるアルバートの口端は裂けるばかりに吊り上がり、血走った眼と併せて恐ろしい笑みを作り出していた。
 それはまさしく狂人のソレだ。
 重装型MTが相討ちを覚悟で至近距離から放ったグレネードの砲弾も、【プロトキャット】は脚部の跳躍だけで回避する。そして事もあろうに重装型MTの上に着地し、レーザーブレードを頭上から真っ直ぐに突き入れた。そのまま離れ際に装甲の表面をなぞるようにブレードを振り下ろすと、ぱっくりと切断面を曝して重装型MTが左右に分断された。
「六、七、これで八機か……」
 アルバートは敵機の残骸を睥睨しながら笑っていた。味方機を助けることなど、既に頭から消え去っている。
「……ッヒ、ヒャハハハハッ! 何という力だ! これが、これが俺の力か!」
 この上もなく楽しいかった。
 ――弱者を蹂躙することがとても楽しいのだ。
 今まで知らなかった。圧倒的な暴力で敵を叩き潰すことが、これほどに甘美だとは。
 いや、知ることが出来なかったと言うべきだろうか。
 この甘露にありつく切っ掛けを作ったのは過去の自分の弱さだというのだから、運命とはまったく皮肉なものだ。
「いい、いいぞ! 実に愉快だ!!」
 狂ったように叫び、笑う。生まれて初めて味わう優越感にアルバートは酔っていた。
 この際過去の自分などどうでもいい。唾棄すべき弱者だった自分は死に、強者たる自分へと生まれ換わったのだから。
 丁度その時、味方機を示す最後の光点が消えた所だった。
「ヒャハハッ! 弱者は死に腐るか! まあ、それが当然だよなァ!」
 一笑に付すアルバートの胸中には、憐れみや同情の類などは一切存在していなかった。それらの代わりにあるのは歓喜だ。圧倒的な歓喜が空虚な心を満たしていた。
 昼間ニュースで見た光景に今自分は立っている。最早半ばまで諦め掛けていたが、天はまだ自分を見捨てていなかったのだ。
 自分が望むものはこれから何でも手に入るだろう。
 地位に、栄誉に、金――力が全てを支配するこの世界では、それら全ては自然と強者へ与えられる。
 ――まずはそうだ、俺に力を与えてくれた悪魔共に“お礼”をしよう。
 そうしたら今度は俺がフラーネに服を買ってやるのだ。どこかの姫君のように着飾って、俺の傍に居ればいい。オペレーターなどという泥臭い仕事を続ける必要も無い。俺の帰りを笑顔で待っていればいいのだ。家も今よりもっと豪勢にして、何ならエデンタイプのコロニーに引っ越してもいい。そして、フラーネを……フラーネを――――。
 アルバートはふと我に返る。狂気に支配されていた瞳に、理性の光が戻っていた。
 アルバートは思い悩む。フラーネは、果たしてそんなことを望むだろうか?
 彼女は確かに「レイヴンになれ」と言った。だが、彼女の望むものは何だ?
 金か? 豪勢な生活か?
 自分は彼女に救われた。身体的にも、精神的にもだ。
 無償の微笑みを自分に向けてくれる彼女が、そんな俗なものを望むだろうか。
 そして今の自分の姿を見て喜んでくれるだろうか。この、敵の返り血を浴びて笑う自分の姿を――。
「……違う。彼女はそんなこと望まない」
 そうだ、そんな筈がない。あの清廉なフラーネが、血に塗れた光景を望むはずがない。
「……ならばこの、血塗られた力は何に使えばいい?」
 アルバートは戦渦の最中ということも忘れ黙考する。
 導き出した答が最良かどうか分からないが、自分には今出せる答の中ではこれが一番いいと思う。
 ――彼女のためだけに、フラーネのためだけにこの力を使う。
 つまりそういうことだ。
 彼女を守り、彼女の笑顔を守る。
 自分は彼女の笑顔がとても好きだ。見ているだけで穏やかな気持ちになれるあの笑顔が。だからその笑顔を守るために、彼女だけの“ヒーロー”になるのも悪くない。
 ――彼女を脅かす敵は自分が排除しよう。
 ――彼女が望むならば女子供だって殺してみせよう。
 ――彼女の願いが、自分の願いなのだから。
「ああそうだ……悪くない」
 フラーネの笑顔を思い出すアルバートの顔には、自然と笑みが広がっていた。それは先ほどまでの狂人の笑みではなく、少年がする照れ臭そうな笑みだった。

 思い耽るのを止め、思考が現実に追いつく。
 若干お花畑になった頭を振って、意識を切り替えた。今は戦闘中だ。
 アルバートは頭の中のMAPから六個の駒を一気に取り除くと、レーダーを睨み付けた。
 味方はどうやら敵部隊を一機も落とせずに全滅したらしい。稀に見る役立たず具合だが、別にどうでもよかった。
 残る敵は重装型二機、二脚が二機、逆関節が三機だ。
 こちらを警戒しているのか、商業区と産業区の境目付近に布陣している。
 フラーネ達が避難している第八地下シェルターとは自分を挟んで反対側だ。これなら戦闘に巻き込む恐れもない。
 戦闘機動によって上昇した機体温度が下がるのを確認すると、アルバートは三回目のオーバードブースト起動スイッチを押し込む。

→Next…


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