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白翼の対価*③」


 わざわざ身構えている敵部隊のド真ん中に突っ込むのは愚策中の愚策であるが、不思議と何とかなるだろうと思えた。何しろ、まったく負ける気がしないのだ。
 こちらを狙う殺意に似た何かが、火線となって見える。どう躱せばいいか、どう動けばいいか、どう撃てばいいか、手に取るように解る。
 グレネードを避けながら重装型MTのメインカメラを正確に撃ち抜き、襲い来るミサイルを避けながらロケットで逆関節MTを吹き飛ばす。
「残り六」
 マシンガンが機体の装甲を掠めるのも想定内だ。心地良い衝撃に身を委ね、踊るように機体を操る。
 メインカメラを撃ち抜かれ、視界を狭められた重装型MTがグレネードを連射して来る。射線をほんの少し誘導してやれば、面白いくらい素直に撃って来た。僅かに、機体を揺らす程度の感覚で左にズレると、グレネードの榴弾は【プロトキャット】を外れ、その背後に居た逆関節MTを撃ち砕いた。
「残り五」
 射撃戦では分が悪いと見て取ったか、二脚型MTがブレードで白兵戦を挑んで来る。
 アルバートは敵機の推進力すら見極め、最小の挙動でブレードを躱す。返す刀でブレードを持った方の腕を、二の太刀で胴体部を両断した。
「残り四。どうした? 意地を見せてみろ」
 アルバートの言葉が聞こえたわけではないだろうが、敵MTの動きがなり振り構わぬものへと変わった。
 ――つまり、玉砕覚悟の特攻だ。
 重装型MT二機からありったけのグレネードの援護射撃を貰い、二脚型MTと逆関節MTが正面から突撃を仕掛ける。
 ――なるほど、悪くない。
 アルバートは胸中でほくそ笑むと、突撃に応えるように機体を前へと弾き出した。
 【プロトキャット】は腰を落とし、身を低くして前に出る。こうすれば、前方の二脚型と逆関節が壁になり、グレネードに対しての遮蔽物となる。もちろんそれは諸刃の剣だ。グレネードから身を隠す代わりに、その他の射線に身を曝すことになる。
 だがそれも承知の上。敢えて不利な状況に身を置いても、それを撥ね退ける自信がアルバートにはあった。
 片道十二車線の大通りを疾走し、レーザーライフルの射程に入ったと同時に逆関節MTのロケット射出口を狙い、引き金を二回引く。一発目は撃ち出されたロケットの砲弾に当たり、二発目は寸分違わずロケット射出口に吸い込まれた。エネルギー弾は残っていた弾薬を誘爆させ、逆関節MTは内側から大 爆発を起こした。
「三」
 敢え無く倒れた仲間の躯を踏み越えて二脚型MTが迫る。レーザーライフルとミサイルを乱射しながら、左腕にはブレードまで構えていた。ミサイルをコアの迎撃機能で撃ち落とすが、レーザーライフルの直撃を貰ってしまう。だが曲がりなりにもこちらはACだ。軽量級とはいえレーザーライフルの一発やそこら大したことはない。
 アルバートは全神経を目の前に迫った二脚型MTに集中し、相対距離が0になる瞬間にレーザーブレードを振り抜いた。二脚型MTから突き出されたブレードを、その腕ごと切り飛ばし、光波と光刃が胴を凪いだ。
「二」
 すぐさま【プロトキャット】は跳躍し、オーバードブーストで空中を駆ける。
 瞬間的にロックオンを外され、重装型MTは【プロトキャット】の姿を追うが、MTの旋回性能でACの機動力を追い切れるものではなかった。
 居並ぶ二機の重装型MTの背後に着地した【プロトキャット】は左のメインカメラを破壊された方にトリプルロケットを連続でお見舞いする。至近距離から放たれた砲弾は、今度こそ完全に敵機体を破壊した。
「ラスト!」
 右側のMTが可哀想なくらい愚鈍に旋回した時には、何もかもが既に手遅れだった。
「残念だったな。チェックメイトというヤツだ」
 呟き、レーザーブレードを構える。その無慈悲なまでの光は、装甲を易々と貫き、MTを“MTだった”物に換えたのだった。

「……終わったか」
 アルバートは改めて辺りを見回す。足元の瓦礫や景観に紛れ、あちこちに大小様々なMTの残骸が転がっていた。〈HOPE〉の街並みは破壊され、続々と火の手と煙が上がりつつある。建て直して復興するにしてもそれなりに時間が掛かりそうだ。
 アルバートはコクピットのシートに身を沈ませたまま考える。一体、この襲撃にはどのような意味が込められているのだろうか?
 敵の練達具合から察するに、一介の武装集団や盗賊団とは明らかに違うだろう。何故なら敵部隊は金目の物を強奪するわけでもなく、都市機能の破壊や、警備隊戦力の排除に傾注していたからだ。
 事実、物資保管庫は破壊されているだけで、中身が運び出された形跡は無い。それに加え、リニアレールの路線や、産業区の工場プラントが徹底的に破壊されている事を鑑みると、敵部隊の狙いは最初からそういった都市機能の破壊にあったのではないかと思える。
 フラーネは〈HOPE〉を管理運営しているのはミラージュだと言っていたから、もしかするとミラージュに敵対する企業の兵だったのかもしれない。いずれにせよ、それを考えるのは自分の仕事ではない。後はミラージュに任せておけばいい。
 それよりも、フラーネを一人でシェルターに置いて来てしまったことの方が気懸かりだ。行き掛けのあの剣幕を見るに、これ以上放置して怒りを蓄積させるのはどう考えても得策ではないだろう。
 ガレージに機体を返そうと【プロトキャット】を翻した時、何の脈絡も無く“ソレ”は現れた。

 “ソレ”を一目見た時は、場違いにも「鳥か?」と思った。だが、すぐに誤りに気付く。ソレは鳥よりも遥かに巨大で、生物とは明らかにかけ離れたシルエットを持っていた。
 ACのような巨躯に、悪魔のような姿。腐ったオレンジ色と汚れた鉄色のツートンカラー。
 ソレは、今まで見て来たどんな兵器とも違う禍々しさを放っていた。
「なん、だ……あれは?」
 疑問がそのまま口をついて出た。
 ソレは何も無い空中に、何の支えもなく浮いている。
 頭と肩や胴体のようなものはあるが、脚は無く、ACで言うフロートのような構造になっている。両肩からは砲身のような細い円錐がそれぞれ伸び出していて、腕に相当する部分が無く、代わりにブレードのような不気味に発光する刃が付いていた。
 武器腕を装備したACと思えなくもないが、自分の中の何かがそれは違うと叫んでいた。
 何よりもおかしいのは、ソレが居るはずの空間にレーダーは『何も存在していない』と反応を示している事だ。
 妨害電波は最後の重装型MTを倒した時から止まっている。つまりレーダーが故障したのでなければ、あの機体は驚異的なステルス性を有していることになる。まるで、幻影か蜃気楼のように。
 こちらの視線を感じ取ったのか、空中に浮かぶその機体はゆっくりとした動きで【プロトキャット】に向き直った。
 カメラアイを通じて目が合った瞬間、出撃する時に感じた肌の粟立つ感覚が蘇った。それも、数段強烈に。
 あの時の感覚の正体はこの機体だったのだ。
「ぐッ、う……」
 生存本能が有らん限りの力で警鐘をぶっ叩き、「早ク逃ゲロ」と声高に叫ぶ。
 【幻影】はスローモーションのようにゆっくりと両肩の円錐をこちらに向ける。
 吐き気すら伴う激烈に嫌な予感を感じ、アルバートは咄嗟に【プロトキャット】を横に滑らせる。
 その直後、今まで【プロトキャット】の居た空間を青い光が貫いていた。
 恐る恐る背後に目をやると、数十メートルに渡って地面が抉られており、アスファルトが煮え立ち、黒いタールの沼と化している。
 弾速も破壊力も、記憶にあるどのレーザーキャノンのスペックをも上回っていた。
「この……ッ!」
 だがこれでハッキリした。アレはやはり敵なのだ。
 アルバートは麻痺しかけていた心に喝を入れ、【幻影】を睨みつける。
「そっちがその気なら、やってやろうじゃないか!」
 アルバートは吠えると、データでは何も居ないはずの空間に目掛け【プロトキャット】を疾走させる。
 緩急を付けたレーザーの光条が【幻影】を撃ち抜こうと放たれるも、敵の挙動はそれを許さない。
 左右へ鋭角的に切り返し、その全てを避け切った。
 ――速いな……。それにフロートのような滑りも無い。だがロックオンは可能だし、そう無理な動きでもないな)
 アルバートは冷静に情報を分析していく。勝負を仕掛けるにはまだ敵の正体が不明過ぎたからだ。懐に潜り込んでも、そこを隠し腕でバッサリやられては適わない。
 アルバートはある程度接近した所でビルの陰に【プロトキャット】を隠し、レーザーライフルだけを陰から出して狙撃の構えを取る。
 サイトの中の【幻影】は、動きを止めて肩のレーザーキャノンを構えていた。
 ――こちらが出て来た所を狙い撃つつもりか? いや、あれは……。
 【幻影】の構えるレーザーキャノンに、機体中の光が集まって行くように見えた。そして、その砲口は先程とは比べものにならない青光を湛えていた。
「……やばい!?」
 【プロトキャット】が右に飛ぶのと、落雷のような光が走ったのはほぼ同時だった。
 【幻影】から放たれた強烈な光弾は、盾にしていたビルを易々と貫通し、【プロトキャット】直下の地面に突き刺さって大爆発を起こした。
「――ッ!!」
 強烈な衝撃がコクピットを襲う。アルバートは衝撃に耐えながら必死に機体を操作するが無駄に終わる。
 爆発の余波をまともに受けてしまった【プロトキャット】は吹き飛ばされ地面を十数メートルも転がり続けた。
「ガッ……ゴフッ! ……ちく、しょう……」
 アルバートは咳込みながらも、何とか機体を起き上がらせ、身構える。だが、次が来たら避け切れないと悟っていた。
 だが予想に反して追撃は来ない。
 涙に霞む視界で【幻影】の方を見やると、排熱のためか機体の放熱口を全開にして佇んでいた。どうやら向こうもすぐには動けないようである。
「連発は、……さすがに出来ないか……」
 盾にしていたビルを見ると大きな穴が開き、地面には巨大なクレーターが出来ていた。
 直撃していればこの機体など蒸発していたに違いない。まさしく敵の必殺技だった。
「ハア、ハア……。クソッ、チャージして、レールキャノンみたいにも、使えるのかよ」
 “溜め”の時間に応じて威力と反動も上がるのだろう。
 アルバートは荒い息を吐きながら機体をチェックする。今の衝撃で各部のアクチュエーターに異常が出始めていた。特に爆発を浴びた左側の機体状況は深刻だ。
「AP五〇%にダウン……レーダー破損……左腕部損傷率八〇%突破だと?機動力低下、自動迎撃システム応答無し、機体温度耐久限界、……散々だな」
 たったの一撃で満身創痍だ。お手上げに近い状況だが、まだ機体は動く。
「観察している余裕は無いな。やるしかないか」
 死ぬ気は無いが、部が悪すぎた。
 いざという時の覚悟を決めると、アルバートはオーバードブーストを起動させ、トリプルロケットを構える。
「悪いなフラーネ。戻れないかもしれない」
 フラーネの笑顔を頭に思い浮かべ、【幻影】に向けて【プロトキャット】を突っ込ます。
 【幻影】も排熱を終え、戦闘態勢に移行している所だった。
「逃すか!!」
 完全に移行し切らない内に、トリプルロケットを連射し、更に距離を詰める。
 【幻影】もアルバートの気迫を悟ったか、無理矢理機体をスライドさせ、回避行動を取った。だが、一歩遅くロケットの砲弾が右腕を捉える。着弾した肘付近の装甲が吹き飛び、内部の構造が露わになる。衝撃に【幻影】がバランスを崩した。
 アルバートはそこを見逃さず、レーザーライフルで追撃を仕掛ける。幾らかは確かに直撃した筈なのだが、【幻影】は構わず、お返しとばかりに左右の腕から光波を投げつけて来た。
「クソッ、効いてないのかよ!」
 悪態をつきながらも機体を捻り、光波を躱す。ギリギリの所で光波は虚空に消えて行った。
「喰・ら・えェェェェェェェ!!」
 雄叫びを上げ、アルバートは【プロトキャット】を更に【幻影】の懐に捻込む。左右から来る光波をこちらもブレードで弾きながら、ありったけのパワーでブレード【幻影】に振り下ろす。
 【幻影】もブレードをクロスさせ、防御姿勢を取った所に【プロトキャット】の光刃が激突した。
 激しいスパークが夕闇迫る〈HOPE〉の空に散る。【プロトキャット】と【幻影】はお互い一歩も退かず、ブレードをぶつけ合っている。しかし、その均衡も長くは続かなかった。
 コンデンサーのエネルギー量に決定的な差があるため、徐々に【プロトキャット】が押され始めていたのだ。
「クッ……! あと少しだってのに!」
 最早完全に【幻影】が押し返していた。このままではいずれ押し切られ、真っ二つにされるだろう。
 ――何か、何か無いのか!?
 アルバートの視線がコクピットを這い回る。その時、ある物が目に飛び込んできた。そしてそれは、まさしく渇望した“勝利の鍵”だった。
「これで、決めてやる!!」
 アルバートは¨emergency¨と書かれたプラスチックカバーを拳で叩き割ると、中にあったレバーを¨LIMIT BREAK¨と表示されている方に切り替えた。
 その瞬間、メインモニターに¨LIMITER RELEASE¨と赤い文字が浮かび、ジェネレーターが爆発的な勢いでエネルギーを生成し始める。
 【プロトキャット】のブレードが一秒毎に太さと長さを増し、遂には刀身が機体の身の丈まで成長する。
 形成は一気に逆転していた。
「くたばれェッ!!」
 巨大な神剣と化した【プロトキャット】のブレードは、【幻影】の両腕のブレード発振器を切り飛ばし、その禍々しい機体を深々と切り裂いていた――。

 空中にて死闘を演じた両者が地に落ちてくる。片方はダメージによって、片方はシステムダウンによってだ。
 重い音を立て地に着いた二機は、どちらが勝者なのか分からない程傷だらけだった。
「やった……のか?」
 モニターに映る【幻影】は切り裂かれた装甲の間から火花を散らし、脈打つように明滅していた電光も消失していた。首を垂れ下げ、動く気配は見えない。
 その【幻影】の姿を確認した時、左腕のブレードが過剰なエネルギー量に耐えかねたかのように溶け落ちていった。
「はぁ――。助かった……」
 アルバートは盛大に息を吐き出し、リミットレバーを元に戻す。途端にシステムエラーのメッセージがモニターを埋め尽くした。
 リミッターとは旧式のコアに付けられた機能だ。一時的に無限に近いエネルギーを生み出すことが出来るが、時間が過ぎればジェネレーターが焼き付いて使い物にならなくなる。本当に最後の手段である上に、機体の耐久度を著しく消耗するため廃止されたと聞いていた。だが、まだ現存する機体が残っていたらしい。
 改めて【幻影】を検分しようと視線をモニターに戻すと、そこに在るべき物の姿は無かった。
 機能停止していた【幻影】の姿が無いのだ。
 想定外の事態に、頭は完全に混乱していた。
 ――どういうことだ!? 確かに奴を斬ったんだぞ!?
 手応えは有った。【幻影】が光を失う様もこの目で見ている。
 それとも奴は本物の幻影で、自分は魑魅魍魎の類に化かされていたとでもいうのか。
 ――馬鹿な! そんな筈があるか!
 愚念を振り払い、【幻影】の姿を必死に探す。――――居た。
 〈HOPE〉の天井に開けられた大穴を背に、奴はこちらを見ていた。
 切り裂かれた胸部装甲から火花を放ち、両腕は消失した姿のままだ。
 普通のACならば明らかな致命傷である。動ける事自体が既におかしい。
「化け物にも、程があるだろ……」
 アルバートは絶望したように呟く。
 【プロトキャット】にはもう戦う力は残されていない。レーザーキャノンの一撃で終わりだ。
 しかし予想に反して【幻影】は何もして来ない。最後にこちらを一瞥すると、フラつく機体を翻して、開いた天穴から闇夜に消えて行った。
「逃げた……のか?」
 辺りに静寂が訪れる。心臓が血液を送り出すドクドクという音が妙に大きく聞こえた。
 【幻影】が何者であったのか分からないが、人ならざる異質な感覚を常に放っていた。無人機なのか――それとも本当に幻影だったのかもしれない。
 だが、今はそれを確かめる術は無い。
 アルバートは【幻影】の消えた夜の闇を見詰めながら、苦い唾を飲み下した。

 アルバートは必死の形相で第八地下シェルターに向けて走っていた。
 あの後すぐガレージに【プロトキャット】を返すために戻ったのだが、報道陣に囲まれてインタビュー責めにあってしまったのだ。
 『敵部隊をたった一人で壊滅させた謎のレイヴン!』だか何だか知らないが、アルバートにとってはただ鬱陶しいだけである。
 ガレージで出迎えたあの作業員には、自分が正規のパイロットではない事がバレてしまっていたが、今回の功績に免じて不問にしてくれるそうである。有り難い限りだ。
 問題は報道陣の追撃を躱すのに時間を食ってしまったという事だ。
 ガレージに機体を返したら、すぐにフラーネを迎えに行くつもりだったのにとんだご破算である。
 そんな理由もあり、第八地下シェルターに到着したのは敵を全て退けてから二時間も経ってしまっていた。

 アルバートが入り口から恐る恐る中を覗くと、巨大なフィットネスジムのような空間にポツンとフラーネが膝を抱えて座り込んでいた。その傍らには、警備隊の隊員だろうか?心配そうな顔付きの兵士がオロオロとした様子で付き添っている。
 ――怒ってる……よなぁ、やっぱり。
 アルバートは言い訳を考えながら慎重に近付いて行き、フラーネの少し手前から声を掛けた。
「あ、あのー。フラーネ、さん??」
 こちらの声を聞いたフラーネが、膝に埋めていた顔をガバッと上げる。
「うっ…………」
 その目は涙で潤んでおり、いつもの元気な姿と併せて反則的なギャップを生み出していた。
「その……、何て言うかごめん、……なさい。ごめんフラーネ。待たせてごめん」
 言い訳も何も、そんなフラーネの顔を見た瞬間吹っ飛んでしまった。ただひたすらに謝る。
 フラーネは立ち上がると、一度メイクが落ちないように顔を擦り、アルバートの方に駆け寄って来る。まるでドラマで見るような光景だった。
「……アルバートぉ~~~!」
「フラーネ!」
 アルバートも名を呼び、抱き留めようと手を広げて待ち構える。
「の!!」
「の?」
 フラーネはそのまま『助走』を付けた足を振りかぶると、
「ヴぁか~~~~~!!!」
 アルバートの無防備な股間を全力で蹴り上げた。

 シェルター内には「ァオオ……」だのと言う奇声が暫くの間響き渡った。

 脂汗を顔から滝のように流しながらアルバートがようやく立ち上がる。ただし前屈みではあったが。
「……な゛に゛す゛る゛ん゛ですか、ブバーネざぁん……」
「“な゛に゛す゛る゛ん゛ですか”じゃないわよ!! アンタ一体いつまでワタシを待たせるっていうの!!」
 フラーネは本気で怒っていた。
「だ、だから謝ったじゃないか……。それに、マスコミに捕まって時間を余計に食ったんだよ……」
「そんなことは関係ない!! アルバは今日退院したばかりなんだよ? あんな無茶したら怒るに決まってるでしょうが!!」
(じゃあショッピングに引き連れ回すのはいいのかよ……)
「何か言った!?」
「ヒィッ、すみません何も言ってません」
 まるで地獄の裁きを受ける咎人になった気分だ。アルバートは身を縮こめて閻魔様のお沙汰を待った。
「……それに凄く心配だったんだからね? 一人で飛び出して……凄く心配だったんだから。……こんなに、こんなに傷付いて!」
 幾分怒りが収まったのか、声のトーンを落としてフラーネが囁く。
「……ごめん」
 確かに、幾らなんでも今回の事は軽率だった。
 フラーネにしてみても命の危険が迫る中、一人でその恐怖に耐えるのは心細かったに違いないだろう。
 アルバートは前屈みのまま真摯な声色で謝る。
「だけどフラーネ、聞いてくれ。俺は今回の一件で決めたんだ。俺には俺の力を人殺しにしか使えない。でも、君が居れば違う結果を出せると思う」
 そこで一旦切り、続ける。
「……俺は再びレイヴンになってみせるよ。だけど、俺はその力を君のためだけに使いたい。君だけのヒーローになりたい。上手く言えないけど、俺は君の笑顔が好きだから、君にはいつも笑顔でいて欲しいんだ」
 歯の浮くようなセリフがスラスラと口をついて出た。それに、自分は何を言っているのだろうと思う。レイヴンになることと、フラーネに笑顔でいて欲しいことに、何の関連性があるというのか。
 だが、フラーネには真意が伝わったようである。
 目を丸くしていたフラーネは、おかしそうに吹き出した。
「カッコ悪いセリフね。もうちょっとそういう分野も勉強した方がいいわ」
 それからにっこりと花が咲くように笑った。自分が好きな、あの笑顔だ。
「でも、そう言ってくれて嬉しい……かな? っま、及第点ギリギリってところね」
「厳しいな」
「とーぜんよ」
 目が合うと、二人してどちらともなく笑い出した。何となく、とても、良い雰囲気だった。
「あーおほんっ」、という咳払いに振り向くと、居残っていた警備隊員が非常に居心地が悪そうに制帽を弄んでいた。惚気に当てられたか、顔が赤い。
「そ、そろそろ帰ろーかー! も、もう暗いしな!」
「そ、そーね! そーしましょう!」
 顔を赤く染め、二人はワザとらしく話題を変えると、逃げるように出口へ急いだ。

 ――だけども、そんなアルバートの右手とフラーネの左手は、お互いにしっかりと繋がれていたのであった。

 ――終――


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