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「Interlude.1」


 執筆者:クワトロ大尉(偽)

 とある高層ビルの一室。
 大企業の重役クラス級の豪勢な執務室で一人の男がデスクトップのディスプレイを注視していた。
 そこに映っているのは2機のACによる一騎打ちの映像で、真紅のACと白いACが激しい戦闘を繰り広げている。
 知的な雰囲気と風貌を兼ね備えたその男は、画面内で目まぐるしく動く2機のACの動きを一瞬たりとも見逃すまいと真剣にディスプレイを見つめ続ける。
 永遠に続くかと思われた戦いは互いが零距離まで接近し、白いACが真紅のACのコアをレーザーライフルで撃ち抜くことで終わりを告げた。

 一般人からすれば、エンターテイメント用に誇張表現した映像にしか見えず、関係者であっても、にわかには信じ難い内容である。
 しかし、この記録映像は紛れもない真実であり、つい先日起きたエデンⅣ襲撃事件の核心に迫る証拠でもある。
 だが、この記録映像は公には公表されておらず、この戦闘に関しても、ごく一部の関係者しか知りえない事実であり、それ故に決して公表してはならない事実でもあった。
 男は映像を閉じて豪勢な椅子の背もたれに体を預けると、ふう、とため息を一つ吐き、何が嬉しいのか、にやりと口元を釣り上げた。
「やはり僕の目に狂いは無い。これは、ますます諦める訳にはいかないな」
 誰に聞かせるでもなく男はつぶやくと、手元の通信用コンソールの内線で呼び出しをかける。
 3度目のコール音の後、若い女性の声がスピーカーから響いた。
「何か御用でしょうか」
「ああ、コーヒーを淹れてくれ。熱いやつを頼むよ」
「かしこまりました」
 控え目な返事と共に通信は切れる。
 男は椅子から立ち上がると、窓から眼下に広がる街並みを見下ろし物思いに耽る。
――僕の今の地位は単なるステップでしかない。僕の理想を実現するには彼の力が不可欠だ。これまで何度も断られ続けてきたが、だからこそ獲得のし甲斐もあるというものだ。僕は諦めない。必ずものにしてみせる。
 そう思ったところで、これではまるで白馬の王子に恋焦がれる乙女のようだなと一人で可笑しくなった。

 男は重厚なドアが控え目にノックされる音を聞き、現実に引き戻される。
「コーヒーをお持ちしました」
「入りたまえ」
 ドアのノックと同じく控え目に部屋へと入ってきた女性はデスクの横まで来ると、音を立てることなく静かにコーヒーカップを置く。どうもこの女性は何かにつけ控え目にすることに美徳を感じているようだった。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
 男は湯気が立ち上るコーヒーカップに鼻を近づけ、香りを楽しんだ後、一口すすった。
「うん、香りも味も完璧だね。いつもながら感心するよ、アンネ」
 そう言った男の顔は非常に満足そうだった。
 対するアンネと呼ばれた女性は、そんな主人の表情や賛美の言葉に対して何も感じていないかのように眉一つ動かさない。
 ただ一言、表情を変えず、ありがとうございます、と言っただけだった。
 そんなアンネの態度に気を悪くした風もなく、男はマルチコンソールを操作し、先ほどの映像をディスプレイに表示させ、戦闘を詳細に分析したデータロガーを見始めた。

 アンネは視線だけでその映像をしばらく見ていたが、思い出したようにいきなり口を開いた。
「それは何の映像ですか、ブリッツ」
 ブリッツと呼ばれた男は、コンソールを操作する手を止めると、アンネを鋭い視線で見据える。
「アンネ。ACに乗っている時以外はレイヴンネームで呼ぶなと言っておいた筈だろう。減点だよ、今のは」
 今までのにこやかな雰囲気を一変させ、ブリッツは少しずれたメガネを神経質そうに手で直す。メガネの奥に宿る目は冷徹なレイヴンのそれだった。
 その一般人であれば身震いしてしまうような視線を前にして、アンネは表情を変えず、ぺこりとお辞儀して謝罪する。
「申し訳ありませんでした、シュナウファー様」
 アンネの洗礼された動作を見たブリッツは再びにこやかな表情に戻り、柔らかな口調で言う。
「いや、分かってくれればいいんだよ。君のような聡明な女性は一言で理解してくれるから非常に助かる。やはり君は僕のオペレーターとして申し分ないね」
 彼はレイヴンズアークの主要幹部の一人で、アークの若きカリスマと呼ばれるレイヴン、ブリッツことハインリッヒ・シュナウファーである。
 アークアリーナのAランク4位の実力を持つランカーレイヴンであり、アーク運営の一端を担う重役でもある。
 ハインリッヒは先ほどの冷徹な雰囲気が嘘のように紳士的な態度でアンネに説明し始める。
「先日のエデンⅣ襲撃事件は知っているだろう。その真相がコレさ。統一政府が差し向けたナインボール・コピーと鹵獲してコピーにコントロールさせたパルヴァライザーがエデンⅣを襲ったという訳さ。もっとも、ナインボールが襲撃してきたことを知っているのはごく一部の人間にすぎないけれどね」
 アンネはやはり表情を変えないものの、その目は多少見開かれていた。さすがに彼女も少なからず驚いているらしい。
「これは最上級クラスの機密映像でしょう?こんなものを何処から・・・」
 アンネの疑問に待っていたかのように得意げに、しかし努めてそれを顔に出さないようにしながらハインリッヒは答えた。
「何処って、統一政府に決まっているじゃないか」
「え!?」
 この時ばかりはアンネも表情を崩せずにいられなかった。
 パートナーの立場上、少なからず機密情報に触れることの多いアンネだからこそ、この映像がどれだけ機密性の高いものかが理解できる。
 統一政府が秘匿すべき事実が鮮明に記録された機密映像を、アークの幹部とはいえ一介のレイヴンであるハインリッヒが手にすることなど通常では有り得ない。

「ははっ、そんなに驚くことじゃないだろう?統一政府は元来全ての勢力を統制するための組織な訳だし、それに対して僕たちレイヴンズアークは全てに中立の勢力だ。互いに中立の立場なら繋がりがあってもおかしくはないさ。政府と繋がりがあるのはナーヴスだけじゃない」
 ハインリッヒの説明に合点がいかない表情をするアンネ。
 それを面白そうに眺めながらハインリッヒは話を続ける。
「なんてね、冗談だよ。実はね、統一政府内部に僕に個人的に良くしてくれる知り合いが居るんだ。その人が中々の地位にいて、色々融通してくれるってワケ。この映像も、その人が気を利かしてくれたのさ。こういう時に高学歴と経歴が力を発揮するんだよ。ここらへんが僕と腕っ節だけが取り柄の二流、三流レイヴンとの違いさ」
 難題に取り組む学生に、自分の学説を説明する大学教授のように饒舌になるハインリッヒ。

「もっとも、僕はこの事件の真相なんてどうでもいいんだけどね」
 今度こそアンネは分からないという表情をした。
「聡明な君でも、やっぱり僕の真意までは汲み取れないよね。いや、無理もない。実際、僕にとって重要なのは真相ではなくて、この戦闘の映像とデータそのものなんだよ。ナインボール・コピーの戦闘能力と、それを倒したACとレイヴンの能力こそが大事なのさ。アンネ、この白いACを操縦していたレイヴンが誰だか分かるかい?」
 ハインリッヒはアンネにもディスプレイの映像が良く見えるように、少し体をずらす。
 アンネも控え目に身を乗り出し、促されたディスプレイを覗きこむ。
 映像に映っていた白いACは確かに見覚えがあった。多少アセンブリは変わっているものの、機体の特徴は記憶にあるものと一致する。
「これは・・・グローバルコーテックスのランカーレイヴン。確か・・・ソリテュード」
 アンネの解答に満足したかのように笑みを浮かべるハインリッヒ。
「ご名答。僕がさんざん振られ続けている相手だよ」
「これは・・・事実なのですか」

 アンネも一流のオペレーターだ。ナインボール・コピーの能力がいかに化け物じみているかは映像を見れば瞬時に理解できる。
 だからこそ、それを打倒したソリテュードの実力が、やはりにわかには信じ難いのだ。
「映像を見る限り、ギリギリの所で勝利を収めているのが分かるし、僚機の援護がなければ危なかっただろう。状況的にも恵まれていたし、運も味方している。しかし、それを差し引いても彼が図抜けた能力を持っているのが分かる。特に彼の戦局眼は天才的だ。もはや神の領域だよ」
 ハインリッヒはコンソールを操作して、ブリューナグとナインボールの交戦映像をデータロガー付きで再生する。
「なにより非強化人間なのが素晴らしい。この時点でも強化手術はしていないだろう。彼の性格上、まず有り得ない。僕でさえ一部強化しているっていうのに」
 自分への皮肉のつもりなのだろうが、何故かハインリッヒの表情は嬉しそうだった。
「なるほど・・・これだけの力を持っているなら、シュナウファー様が獲得に躍起になるのも理解できます」
「だろう?彼はコーテックスに置いておくには勿体ないよ。彼の力は我がアークにこそ相応しい」
 パートナーの同意が得られたことで、ますます笑顔になるハインリッヒ。
 対するアンネはいつもの調子を取り戻して言う。
「しかし、これでは今まで以上にマリアが不機嫌になりますね」
「え?彼女がどうかしたのかい」
「マリアはシュナウファー様のソリテュード獲得を快く思っていないようですから」
 ハインリッヒは同僚である女性レイヴンの顔を思い浮かべて、大げさに額に手を当てる。
 マリアとはハインリッヒの副官的立場にいる女性レイヴン、マリア・スルツカヤの事だ。
 今日はミッションに出撃しており不在だった。
「まったく・・・一度、説明したっていうのに彼女まだ理解していないのか。マリアとソリテュードでは担ってもらう役割が全然違うのに」
 頭を悩ませるハインリッヒを横目にアンネはぽつりと呟いた。
「理屈ではないのですよ、女心は」
「何か言ったかい、アンネ?」
「いえ、何も」
 ハインリッヒはコンソールを再び閉じると、少し冷めてしまったコーヒーを口に運んだ。
「ともかく、もう一度オファーをかけてみよう。本意じゃないけれど、例の件についても少しちらつかせてみるか」
 彼の手元にはソリテュードのプロフィールが詳細に記された書類と、もう一つ、十代前半の少女らしき人物についての書類が置かれていた。

「シュナウファー様、よろしいでしょうか」
「ん?どうしたの。もう下がっていいよ」
「いえ、そうではなく、お伝えすることがございまして」
「何、重要なこと?」
 アンネは一度、居住まいを正すと、有能な秘書のように伝達事項を伝える。
「本日1500時に臨時の会議が開かれます。幹部は全員出席。議題はアークの運営予算とアリーナの興行収入についてだそうです」
「運営予算?」
「はい、フィリックス様が予算に異論があるそうで」
 それを聞いたハインリッヒは、今度は本気で頭を抱えた。
「まったく、アークの女帝は本当に我儘だな。まあ、生まれが生まれだから仕方がないんだろうが・・・厄介だな」
 アークの女帝と言われている主要幹部の一人、セシリア・フィリックスとの議論を想像すると、軽く頭痛がしてきた。
 彼女とは相性が悪く、考え方の違いもあり対立していた。
「はあ、気が重いな。・・・そうだ、この際オーチャード君から彼女に言ってもらおう。彼の言葉ならセシリアも耳を貸すだろう」
「残念ですが、オーチャード様はミッションに出撃中です。ほかの幹部の方々も諦めているようですよ」
 淡い期待はアンネの淡々とした言葉と共に霧散する。

 はあぁ、と重いため息を吐くと、悪いイメージを払拭して気持ちを切り替える。
 こんな事でへこたれていたら自分の計画は立ち行かない。
 同じアークの幹部で敵ではないにしろ、必ずしも味方ではないのだ。
 ならば遠慮する必要なんかどこにもない。邪魔なら排除するのがレイヴンだ。
「分かった、下がっていいよ。それと昼食の用意を頼む。」
「かしこまりました。準備ができ次第、お呼びします。では、失礼します」
 そう言うと、やはりアンネは静かに退室していった。
 アンネが部屋を出ていくのを確認してから、ハインリッヒは再度コンソールを立ち上げ、別の機密ファイルを開く。
 ファイル名―Plan NEXT―
「さて、少し計画は早まりそうだね。これからどうなるか、楽しみだ」
 ハインリッヒはメガネの奥の野望を宿した目を光らせ、不敵に笑った。


 Interlude.1 out


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