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*③*


「……良い味だ。こういった物が無くなっては、財産の損失だな」
 立ち上がった所でもう一本抜き出した紙巻煙草を口許に咥え、先端に紅点を点した。何度か紫煙を吹かして静かな時間が過ぎた後、同じく紫煙を地べたで味わっていた男が切り出した。 
「──生け捕りの割には、随分と迷いのない立ち回りだったな?」
「妙な言い回しだな。何が言いたい」
 片頬を地べたに付けた格好のまま、壮年の男は何らかの意図を宿した鋭い視線をこちらに上げてみせる。その相貌に姦計といえる感情はなく、ただ、此方への純粋な問いかけのようにリサには感じ取ることができた。そして正にその通り、男はその言葉を口にしてみせる。
「なに、唯の問いだよ。──どうにも君は、見慣れない種類の人間のように思えてね」
 その男の言葉は、彼という人間がこれまでに渡って来た世の凄惨さそのものを反映しているようであった。
「……そうだな。護るべき者を護り通す為には、私は何事も厭わん」
「まるでそれが、往来自身に課せられた使命のように言うのだな?」
「──その通りだ。お前が今一度彼女を狙うというのなら──」
 その後を言うことはしなかった。
「──私が終ぞ通る事の無かった線か」
 男はリサの振る舞いの意図を理解することはできても、その全容を掴むことができないのだろう。
 十年前、私は彼女の育ての親によって同じく、生み出された。彼女に与えられたものが、男の言う使命であり、リサはそれを全うするのならば、何事を犯すことも厭わない。
 護るべき者──ヴァネッサに害をなす者は逃さない。それが例え、己の原始だとしても──
 引き継ぎを担当する事後処理部隊の到着を待ち、連絡通路で待機していたリサはその時、搭載機能のセンサー群が捕捉した何らかの情報に気づき、それらをデジタルディスプレイにアップロードした。
 ──施設情報に変動?
 詳細を求めようとシステムに働きかけた時、それは起こった。

 ぶつん──

 視界が一瞬で暗転し、何が起こったのかを瞬時に解析した。
 連絡通路の電灯が全て同時に停電し完全な暗闇に落ちた中で、リサは義眼の機能状態を通常状態から夜間戦闘支援システムへ移行。視界に濃緑色の光源が満ち、連絡通路の全容を再び映し出す。
 足元に転がしていたはずの男が、システム起動までの一瞬の空白をついて立ち上がり、その姿は連絡通路の先の曲がり角へ消えようとしていた。
「くそ──」
 前腕部内蔵機構から得物を再び滑り出させ、即座に追跡すべく走り出した瞬間、極めて短い断末魔と共に嵐の様な轟音が響き、視界前方を眩い火線が横断した。
 走り出していた足を本能的にその場に押しとどめ、同時に停電していた連絡通路の電灯が再び明かりをともす。アリーナ施設の予備電源が起動したのだろう。
 リサは連絡通路前方で起こった不意の事態とその光景を目視し、目を瞠った。瞬間火力にして数百発の銃弾による弾幕が吹きすさんだのだろう、連絡通路の壁は無残なまでに崩壊し、先ほどまで相対していた男の残骸と思しき肉片が床上に散乱していた。
(敵──何者だ……?) 
 そう認識しセンサー群による索敵を開始する中、曲がり角の奥から重厚な金属質の足音が接近してくる。男を木端微塵に吹き飛ばした元凶がやがて角から現れ、その全貌をリサの方へ向ける。センサー群が解析を完了して詳細情報を出力し、リサは、
「コレは──……」
 連絡通路の全幅に及ぶ巨体を持つその機械は、青白い光源を宿したカメラアイをリサの方へ向ける。武装一体式の腕部には先ほど男を吹き飛ばしたと思しき多砲身式回転機関砲が携えられており、冷却処理を受けて砲身から蒸気を立ち昇らせていた。
 こちらを捕捉したそいつのカメラアイに一際明るい光源が宿り、リサはそのカメラアイに明らかな敵意の内在を垣間見た。腕部が持ち上がり、多砲身式回転機関砲の砲口が付きつけられる直前、リサは瞬間的にその場から前方へ跳躍した。
 寸での所で捕捉状態を解除された機関砲の砲火が頭上で吹き荒び、照準補正によって被弾する前にリサは未確認機体の懐から四脚部の前膝部を足場とし、更に胸部に手をついて方向転換、連絡通路の角を曲がって疾走した。上半身部をぐるんと転換させた未確認機が瞬時に反転し、機関砲の弾幕がリサの後を追い縋って来る。背中に食らいつかれる前に前方の角へ飛び込み、直後、砲弾の集中火力が連絡通路を突き抜けた。
「パルヴァライザーだと……?」
 改めて口にしたその名称に、リサは事実に変わりようがないながらも疑念を含ませた。機体特徴は明らかに同兵器のそれであり、室内戦及び対人戦闘用に調整された実弾兵装とその機体規格から疑いようはない。
 だが、リサがその存在を疑うに至った理由はそこではなかった。
「何故、此処に──」
 現場状況から推測しても有力な可能性は何も湧いてこない。リサはその事に若干の焦燥を覚えながらも、現状況を打開すべく行動を開始する。
 腰に下げたポーチの外ポケットから対電子障害手榴弾を二つ取出し、それと共に脳部搭載のセンサー群の稼働状態に傾注する。壁を背にした連絡通路の先から続いていた集中掃射が不意に闇、硝煙の香りが強く漂う連絡通路の中をパルヴァライザーが耳触りな足音を立てて接近してくる。
 有効障害圏へ侵入してきたのをセンサー群が捕捉すると共に、リサは左手に握っていた二つの種榴弾を連絡通路へ投げ入れた。間髪入れず砲火が反応し、誘爆した種榴弾によって周囲に甲高い破裂音と鈍色の煙幕が飛散する。電子障害によってセンサー群及びレーダーに機能弊害を被った事を確認し、リサは義眼の単純視力のみで角から飛び出した。煙幕の中を迷いなく突き進み、その奥で機能弊害により進行速度の鈍っていたパルヴァライザーに飛びかかる。まともな迎撃を受けることもなく背部へ回り込み、頸部に強襲ナイフの刃先を突き立てた。装甲板を強引にはがし取り、その中に在った接続ジャックを確認。ポーチから伸ばした物理コードを接続ジャックに挿入、自身の頚部の接続ジャックに片方の端子を接続した。
 脳部システムを総動員し、パルヴァライザーのAIシステムに電子攻勢を開始。ものの数秒でシステム全域をダウンさせ、機体制御を完全な制圧下に置いた。四脚部を力なく下げて機能停止したパルヴァライザーの後頭部をぽん、と叩く。
「──さて、教えてもらおうか」
 制圧下に置いたメインシステムに更なる介入を展開し、パルヴァライザーの行動記録をデータバンクから引き抜きにかかる。メインシステムとは別に自律稼働する防衛プログラムが展開されており、そのいくつかがリサの仕掛けた攻勢プログラムに対して迎撃態勢を取って来たが、慌てることなく処理事項を経ていく。
 最後の防衛プログラムを破壊し、大した手間をかける事もなくデータバンクへ侵入、最も新しい行動記録情報を抽出し、それをデジタルディスプレイに出力した。
「──地下核部からの侵入……。何所の遺跡からやってきた?」
 情報に更なる精度を求め、データバンクの各部へ電子介入を展開しようとした時、文字通り不測の事態がリサを襲った。停止していたパルヴァライザーのカメラアイが明滅しながら激しい光源を灯し、奇怪な起動音と共にその機体を立ち上げる。取りついたリサを振り払うべく上体を激しく揺さぶり、リサは接続コードを解除してその場から離脱した。
「制圧下から逃れるとは……。──お前、誰に造り直された?」
 リサはそう問うたが、パルヴァライザーは無論、それに応えることはしない。データバンクから最後に抽出した情報通りの問いだった。完全に此方を殲滅対象と認識したらしいパルヴァライザーが有効時間の切れた煙幕の中を進み出し、リサはその場からひと先ず離脱すべく連絡通路を置くへ走り始めた。
 複雑なステップを踏んで後方から迫る弾幕を最大限回避し、前方自動ドアをくぐり抜けてその先の空間へ飛び出す。施設外上部に直結稼働する資材運搬用の昇降機設備が目に入り、背後から迫りくる砲火の轟音を耳にしながら稼働設備へ走り寄る。
 その時、電子処理脳が通信要請を受信した。
「此方【バラハ03】、聞こえるぞ──」
『此方【バラハ01】、作戦推移レベルを更新する。第一種戦闘態勢は此れを維持、統括指令レベルは緊急即応コード:22-033へ移行だ。分かったな?』
「了解。此方も既に類似勢力の襲撃を受けている。此方は現在施設内部を移動中、【レジェス57】との接触合流を試行中。【バラハ01】との合流ポイント及びそれまでの所要時間は?」
『アリーナ地下駐機場へ現着合流せよ。現在交戦接近の為、所要時間は10分前後になる──』
 通信を交わす互いの口調は至って平淡なのものではあるが、内容に関してはその限りではなかった。【バラハ01】の指揮官であるガロが口にした緊急即応コード:22-033の系列番号を耳にし、リサは軽く口許を歪めて見せた。
 ──先ほどの停電と言い、どうやら施設内のみの事象ではないようだな。
「了解。【レジェス57】と合流後、地下駐機場へ急行する」
「此方【バラハ01】、了解。尚、【レジェス57】へ通常外事依頼が来ている。追って送信する、確認してくれ。アウト」
 通信回線の解除を指示し、生憎出払っていた昇降機の制御盤に指を走らせて最高出力での降下を指示した後、それの到着を待たずリサはその場から吹き抜けの上層部へ向けて跳躍した。壁に剥き出しになった鉄骨の骨組みを足伝いにして小気味よく移動し、その傍ら【バラハ01】から送信されてきたデータを開く。
 転送元にはターミナルスフィア所長、ノウラの直刻サインが刻まれている。
 その羅列情報をデジタルディスプレイ内で瞬時に解読した直後、眼下から幾筋もの火線が噴き上がって来た。
「しつこいものだな──」
 両腕部に携えた機関砲を持ち上げながら、追跡を諦めようとしないパルヴァライザーは甲虫を思わせる四脚を使ってほぼ垂直の壁を高速でよじ登り始めた。強化内骨格によって壁伝いに跳躍するリサへ瞬く間ともいえる速度で猛追し、周囲の壁に着弾した砲弾が弾け火花を散らす。
 リサは大腿部内蔵兵装の起動を指示し、両方の大腿部機構からスライドして出てきた45口径自動拳銃を握った。頭上を意識しつつ、跳躍の最中に反転し両手に構えた得物を眼下のパルヴァライザーへ突き付け、引き金を絞った。
 甲高い銃声が機関砲の砲声に紛れて吹き抜けの壁に反響し、フルオート射撃によって高密度に吐き出された銃弾が過たず目標の頭部カメラアイへ着弾する。
 奇怪な動作音を上げたパルヴァライザーがその場で一瞬猛追を止めたが、直後にはその程度の被弾など何でもなかったかのように追撃を再開し始めた。実際カメラアイへの被弾は大した損傷をすら与えていなかったようである。
「こんな軽い弾では効かんか──」
 そういった時、既にリサは自身の脳部に搭載されているセンサー群が昇降機上方からの接近反応を捕捉していた。左手の自動拳銃を再び大腿部ホルスターへ戻し、代わりにポーチの外ポケットから人差し指大の円筒形をしたグレネードを抜き出す。上部ダイヤルで効力範囲を調節し、鉄骨を足場に跳躍してから間髪入れずそれを下方に迫っていたパルヴァライザーに向け放り落した。
 機関砲から吐き出され続ける弾幕を奇跡的とも言える軌道ですり落ちて行った種榴弾がこつん、という妙に可愛げのある音を立てて頭部に接触、直後、破裂したグレネードの中から目標のカメラ機能を完全に麻痺させる光源が溢れだした。
 効力範囲のど真ん中でフラッシュを浴びたパルヴァライザーはカメラ機能を瞬時に再展開したが、その時には既に眼前に最大速度で降下してきた昇降機の床下が現れていた。離脱すべくその場から跳躍するであろう事を既に先見していたリサは、右手に残していた自動拳銃を昇降機のワイヤー部分へ向けてバースト射撃した。集中的に被弾したワイヤーが鈍い破裂音を立てて断裂し、支えを失った昇降機が吹き抜けの壁と衝突を繰り返しながら宙空へ放り出される。
 そしてそれは丁度その空域へ離脱していたパルヴァライザーを巻き込み、そのまま押しつぶす勢いで下層部へと落下していった。その様子を見送りつつリサは鉄骨を最後に一度大きく踏みつけ、ターミナルエリアの縁へ降り立つ。
「所詮は単純機械に過ぎんな……」
 最下層部から届くおそろしく低い激突音を聞き届け、リサは踵を返してターミナルエリア奥の扉から外部へ飛び出した。
 ──アリーナ施設の外部は、混乱の極みと言って良い様相を呈していた。
 アリーナ観戦に興じていた観客達が施設エントランスから潮の様に溢れ出し、周囲を人々の波が無秩序に衝突し合う。悲鳴と怒号が入り混じり逃げ惑う一般人達の姿は戦場のソレであり、リサはその途切れぬ光景を視界に収め続けながらアリーナ施設前へ走り寄った。後方から押し寄せてくる観客に押し倒された人間の悲鳴が足元から聞こえたがそれに構うことなくエントランス脇まで辿りつき、作業用開口扉のドアノブに手をかけた。過剰出力でアクチュエータ機構を機能させ、堅固な閉鎖状態に在るドアを強引にこじ開け、施設内郭部に延びる螺旋階段を数段飛ばしで駆け上がっていく。離れた場所から届く警報アナウンスの反響する連絡通路を走り抜け、広大な施設内部を一望できる内郭通路へ飛び出した。欄干に手をついて身を乗り出し、眼下の光景に目を細める。
 義眼制御を捜索態勢へ移行し、逃げ惑う観客達の混乱が衝突する施設内の何処かにいるはずであるヴァネッサの姿を探す。
「既に内部にも侵入していたか……」
 眼下の広大な観戦ブース空間で何度も発生する観客達の潮の発端を捕捉すると、そこには既に侵入していた対人用パルヴァライザーが猛威を振るっていた。先ほど対峙したパルヴァライザーが使用していたのと同種らしき実弾兵器を周囲を逃げ惑う観客達に向けて無秩序に浴びせかけている。
 その存在と砲声から観客達の恐怖心を一層増長し、アリーナ施設地下に在るはずの避難シェルターの存在を忘れて観客達は我先にと外へ逃げ出そうとしている。
 観戦ブース空間中央に敷設された大画面モニター下の昇降機には既にヴァネッサの姿はなく、代わりに細切れになった人間と思しき肉片がばら撒かれていた。
 アリーナ運営委員会直下の施設警備部実行部隊の隊員達が観客の避難誘導に当たっているが、その声すらも混乱の悲鳴に呑み込まれ効果は全くない。 攻囲陣形を展開した部隊と各パルヴァライザーが、未だ観客達が逃げ惑う施設内で交戦を始め、一層の発砲音が混乱を切り裂く。その中の一発がリサの方へ飛来し、紙一重で頬を掠め背後の壁に弾痕を穿った。
 義眼制御に合わせて展開していた強化聴覚が特定情報を無秩序に行きかう生命音から拾い上げ、リサはその方角へ視線を向けた。
「見つけたぞ──」
 負傷した警備部の隊員か誰かから接収したのだろう自動小銃を片手に持って逃げ惑う観客達の避難誘導に当たるヴァネッサの姿を確定補足し、リサは欄干を足場に眼下の観戦空間に身を躍らせた。
 慣性のままに降下しながら姿勢を整え軟着陸と同時に全速力で疾走、人垣の間を縫うように駆け抜け数秒の内にヴァネッサのもとへ辿り着いた。
 全くもって不足の事態に遭遇しながら、一兵士としての責務を果たすべく独断で避難誘導に当たっていたヴァネッサがリサの姿を見咎め口許に安堵の笑みを浮かべる。
「リサ──!」
「怪我はないな、ヴァネッサ?」
「私は大丈夫だけど、如何してパルヴァライザーが……?」
「分らん。だが、事務所の方で事態の把握が進行中だ。移動するぞ、来い」
 方角を容易に見失うほどの観客が行き交う周囲に視線を巡らせ、アリーナ地下施設は地下駐機場に直結する連絡口を探索。程無くして北東120メートル先に入口を発見し、その方角へ向けて走り出した。
「待ってリサ、まだ観客の避難が──」
「そんな事を悠長にしている暇はないぞ。お前にはレイヴンとしての責務を果たしてもらう、所員としての初仕事だ」
 振り返らず背後を着いてくるヴァネッサに向かって言う。一瞬の空白の後研ぎ澄まされた気配が背後から届き、ヴァネッサがレイヴンとして意識を瞬時に切り替えたことを確認する。
 周囲で発砲音が交錯し、視界右手の方から弾幕が吹きすさんだ。後背から被弾して粉々に吹き飛んだ観客や警備部隊員の肉片が周囲に飛び散り、血雨がリサの純白のスーツを叩く。
 その事には構わず、リサは足元に転がって来たブルバップ式自動小銃を拾い上げ、銃把にくっついていた隊員の右手を引き剥がす。ぽっかりと空いた空白部分で人間の残骸を踏み砕くパルヴァライザーのカメラアイと視線が交錯し、瞬時にリサは背後のリサと一瞬だけ視線を交わした。
 それのみで充分だった。
 リサの意図を的確に理解したヴァネッサが自動小銃を構えつつ前方へ突出し、一目散に連絡口へと向かう。その援護をするべくリサは自動小銃を構え、ヴァネッサの背後を全力で走りながら引き金を絞った。
 強化内骨格によって規格外の安定性を得た銃弾が過たずパルヴァライザーのカメラアイへ着弾し、その衝撃にパルヴァライザーが不快極まりない機械音を上げる。
 そのわずかな隙の間にヴァネッサは連絡口へ到着し、壁を背にしたヴァネッサが援護射撃に出る。文字通り一足跳びで連絡口へ飛び込み、スイッチでヴァネッサが先に地下への連絡階段を降りる時間を稼ぐ為、応対射撃を取ろうとした時、
「何やってんの、早く来なさいこのノロマ!」
「ちょ、無理言うな。なら機材運ぶの手伝え──て、おわっ?」
 アリーナ予備大会を取材に来ていた報道陣らしい男女の二人組がリサとパルヴァライザーの間を横切り、遅れた男の方が足元の肉塊に躓いてその場に派手に転倒した。担いでいた機材が破損する切ない破壊音が響き、一時その男女の間でのみ空気が停滞したのをリサは感じ取った。
「置いてくよ、ベランジェ!」
「ま、待ってくれって──げっ」
 空回る足を持ち上げようとしていた男がその動作を硬直させる。リサの銃口が捉えているパルヴァライザーが、男の方にカメラアイを向けたせいだった。パルヴァライザーは男女両方に両腕部の機関砲を向ける。
 行動判断まで刹那の瞬間もなかった──
 しかし、眼の前の死の光景に目を瞑るつもりだったリサよりもはるかに早くヴァネッサが動いていた。限りなく身を低くした姿勢でヴァネッサが壁の後ろから飛び出し、牽制射撃をしつつ男の方へ走り寄って行く。
「ちっ、変わらず無茶な真似をする。あの男の影響か……?」
 先ほど決勝戦で敗退した知己の男の事を僅かに意識し、リサは自動小銃アンダーバレルのトリガーに指をかけた。射出された躑弾が過たず着弾し、赤々しい爆炎がパルヴァライザーの頭部を包み込む。
 その様子に呆気に取られていた男の腕をヴァネッサは強引に掴み上げ、同時に女の方へも声をかけた。
「立って! 貴女もこっちへ早くっ」
 その声に弾かれた女が浮ついた足取りでリサの方角へ走り、その後ろをヴァネッサに背を押される格好で男が付いてくる。ヴァネッサとリサの牽制射撃によって男女の二人組が連絡口へ辿り着くが、彼らに一息つかせる間もなくリサは、
「先に降りろ!」
 有無を言わさない鋭い口調で指示し、それに反論する余裕もなかったのか男女は連絡階段を慌てて降りて行く。ヴァネッサに彼らの後を追わせ、リサはアンダーバレルの弾倉に残っていた最後の一発をパルヴァライザーへ向けて発砲し、残弾が全て切れた自動小銃をその場に放り捨てて三人の後を追った。
 頭上から届く混乱の狂騒が次第に遠のく程度に連絡階段を下りた先の踊り場に居た三人に追いつき、リサは階上を警戒しつつ大腿部内蔵機構から自動拳銃を抜き出した。
「全く、面倒なものを背負い込んだものだな……?」
「無視する訳にもいかないよ」
 床にへたり込んでいる男女の傍に立ち、マガジンの交換を手際よくこなしたヴァネッサが言う。既に知己としての付き合いも十年を越え、互いの面倒に対するやりとりは互いの間で飽いていた。
 ただ言葉には出さないつもりだったが、リサの任務は事務所から依頼通達が舞い込んでいるヴァネッサを地下駐機場へ無傷で連れて行くことであり、その足枷となるような一般人の二人が付いて来る事に若干の渋りを持っていた。既にヴァネッサが取る行動については見当がついていたが、あえてリサはそれを言葉にした。
「それで、どうするつもりだ」」
「どうするも何も、二人を安全な所まで連れて行かなきゃ。リサ、お願い」
 そう言うヴァネッサの表情には既に決意が滲み出ており、しかし、それを見なくともリサがヴァネッサの協力要請を拒絶する理由はどこにもなかった。
 非常な困難に対するその強靭な意志こそが現代を生き抜くために不可欠なものであり、ヴァネッサはそれを誰に教わることもなく備えている。
 そしてそれを彼女に自覚させた者──ノウラたっての要望でもあったがそれ以上に、リサはヴァネッサという存在の為に彼女を護り通すことを堅く誓っていた。
「貴方達、大丈夫?」
「え、ええ。さっきはありがとう、助かったわ……」
 息はいまだ若干上がっているものの既に立ち上がったスレンダーな体格に印象的な赤髪の女が、ヴァネッサに返答を寄こした。男の方もそれを見て壁に手をつき、立ち上がる。
「私はノエラ・ヴィスマルカ。GCN(グローバル・コーテックス放送局)のリポーターよ。こっちは──」
「はあ、はあ……僕はベランジェ。彼女の同僚だよ、宜しく。さっきは本当にありがとう……」
 本心に違いないだろうその感謝の言葉にヴァネッサが軽く会釈し、「気にしないで」と言った。かなり憔悴しているようだがベランジェという名の男は、此処から移動する分には問題ないようだった。
「貴方、ヴァネッサね。予備アリーナ決勝戦、見事だったわ。コーテックス本命のジェリーを破っちゃうなんて」
「予備大会は終わった。取材をしたいのなら、この場を切り抜けてから事務所を通してくれないか」
 職人技の如き素早さで首元に提げていたマイクを持ち、こんな状況下にも関わらず取材態勢に入っていたノエラをリサは鋭く窘めた。
 電子処理脳からネットワークアクセスを完結し、アリーナ施設の詳細情報をアップロードする。
「此処からさらに八階降りて移動だ。油を売っている時間はない、行くぞ」
 地下駐機場へは今いる連絡階段を更に八階降り、整備区画を抜けてその奥の搬出用大型昇降機から降りる事で直接到着できる。
 前衛を自ら勤め後ろに三人がしっかりついてきている事をセンサー群で確認、ヴァネッサとノエラの小さな会話を的確に拾う。
「あの女性は?」
「あー、ええっと。彼女はリサ、私のオペレーター」
 正確にどう答えたものかと一瞬小首を傾げたであろうヴァネッサが言う。それだけで短いやりとりは終わったが、リサは胸中で小さくため息をつき、自動拳銃を構えなおして階下への移動を急いだ。
 八階下まではさしたる敵性障害もなくものの数分で辿りつくことができた。
 身体搭載のレーダー群を稼働して狭域警戒態勢を展開しつつ、施設運用の為に稼働中の変電設備が唸り声を上げる薄暗い整備区画の中を小走りで進んでいく。
 デジタルディスプレイに出力したルートマップでは昇降機は先頭に立つリサから最短距離にして230メートル前方にあった。このままいけるか、と僅かな期待を抱くと同時、搭載センサー群が区画外に浮上した動体反応を捕捉し、リサは警戒態勢を跳ね上げた。ハンドサインを送り、それを見たヴァネッサが後方の二人をストップさせる。ほの暗く狭い連絡通路に飛び出した施設機材の影に身を顰め、リサはセンサー群の稼働率を最大展開で出力した。
 嗅覚が鉄格子製の床の下から染み出す作業油の粘った臭いを捉え、鋭敏化した聴覚が幾重にも交る稼働音の中から区画外より接近する動体反応の動作音を正確に追跡する。
「ちっ、易々とは通らせてくれんか……」
 続いてハンドサインを送り、ヴァネッサが首肯する。最後尾にいたノエラの後ろを前衛にヴァネッサが回り込み、最短距離となる進路を迂回して別の連絡通路を進行路に再設定し直した。
 変わって最後尾についたリサは一つ前のひょろっこい体格をした男、ベランジェとか言うカメラマンが手に携えていた録画中のハンドカメラを見咎め、極めて声をひそめ、
「電源を切れ。その餌に食いつかれたいのか?」
「す、すまない。すぐに消すよ」
 獰猛な肉食獣に耳元でも唸られたかのような怖れっぷりでベランジェは慌ててハンドカメラの電源を落とした。
 再設定した進行路での最短距離は約550メートル。現在いる第二整備区画から第三整備区画を横断し、その先から大型資材出入用通路を渡っておくの非常用扉から搬出用昇降機の施設空間へ合流しなければならない。
 長い道程だが、かといって容易に諦めるのはばかげている。
 極力足音を落として進んでいたが、センサー群が動体反応の急速接近を感知し、リサは大きく舌打ちした。
「発見されたぞ。ヴァネッサ、走れ!」
 その言葉に前衛を務めていたヴァネッサが後ろの二人組を前へ押し出し、全速力で走り始める。ルートマップ進路上にセンサー群を最大効率で展開し、瞬く間に状況が更新されていく。
 更新情報から出入用通路までの距離が数十メートルであると把握した直後、後方八時の方角から雷鳴と呼ぶにはあまりに荒々しい砲声が轟いた。精度を欠いてはいるが高密度に特化した弾幕が吹き荒び、周囲の施設資材を無秩序に破壊していく。跳弾と弾幕が飛び交う連絡通路の中を身を屈めて疾走し、ヴァネッサが一足先に蹴り明けた作業用扉の先から漏れる光を捉え、背後を振り返りつつ牽制射撃を行う。
 リサの視界内に、破壊された施設機材の隙間からのぞく青白い不気味な光が飛び込み、その全容を見るまえに作業用扉の先へ身を投げ出した。
 大型レールが敷設されている資材出入用通路でまたも転んでいるベランジェとそれを立ちあがらせようとしている、ヴァネッサとノエラを見咎め、
「止まるな、非常用扉まで走れ! 追い付かれるぞ!」
 その言葉から数秒の間もなかった。非常用扉を中心とする周囲の壁が高密度火力によって強引に撃ち破られ、内側から砕片を巻き込みつつレーダー上を急速接近してきていた動体反応がその姿を現した。
 その巨体がレール上に着地し、大きな振動が通路内を伝播する。
「あのパルヴァライザーか、しつこいものだな……」
 通常の対人用機体と比較してひときわ大きいそのパルヴァライザーは先ほどリサが交戦し、昇降機をぶつけさせて突き落したあの機体だった。
 多少の破損は被ったらしく、外部装甲の各部が無残に拉げて動作系機構がむき出しになっている。カメラアイの発光パターンからも、その機体が同一機体である事は疑いようがなかった。
 壁を吹き飛ばした多砲身式回転機関砲がぐるんとその砲身を展開させ、リサはその場から跳躍した。砲火が煌く刹那、前方を全力疾走で走っていた三人を纏めて横合いへ弾き飛ばし無理やり鉄柱の後ろへ隠れさせる。その瞬間、背後から独特の発砲音が響き、リサは間髪入れずそこから跳躍した。砲弾の一発がリサのタイトスカートを裂き、しかし機動を止めることなく向かいの鉄柱の後ろへ飛び込む。
「ちっ──」
 弾避けの鉄柱は耐久に優れ簡単には撃ち崩されはしないだろうが、構造上一本道でしかない連絡通路では充分な戦闘機動が取れない。目的進路の非常用扉は視界前方の奥、約25メートル先に目視できるがそこへの到達は非常な困難を迫られるだろう。
 対面のヴァネッサの方を見やると、彼女の奥に押し込まれた非戦闘員の二人はこれ以上ないくらいに身体を縮めていた。特に男のベランジェとか言う方は硬直した顔の色が恐ろしく青ざめていた。火線が走る空間を挟んでヴァネッサと視線を合わせると、無為に焦ってはいないだろうが彼女は首を小さく横に振る。
「向こうは頭打ちか──」

→Next…

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