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*⑬*


 その直後、兵士が手を輸送車の方向へさし出す。それに従ってコーテックス士官に背を向けた時、傍に歩み寄ってきたらしい別の兵士が僅かにトーンを下げた声で言った。
「ナインボールの沈黙が確認されました──」
「了解。我々は所定通り、区境界部に防衛戦線を構築する」
 そんな短いやりとりを最後に耳にし、ノエラは兵士のエスコートで着いた輸送車両へベランジェと共に乗り込んだ。車内には他の何処かで保護されたのだろう一般市民の先客が数人おり、場所を選んで何れからも離れた席にノエラは腰をおろした。それから間もなくして輸送車が発進し、微弱な震動が足元から伝わってくる。
 胸元に仕舞い込んでいたディスクを抜き出し、それを手に包みこむ。
 背中を壁に預けてぐったりとしたベランジェが、その様子を見ていた。
「本当に、ヤバいもの撮っちまったんだな……。大丈夫なのか?」
「わかんないわよ。ただ、此れはしばらく私が預からせてもらう。いいわよね?」
「好きにしろよ。ただ、下手はするなよ」
 幸いにしてベランジェは、それほど自身の雇用先である社に対しての忠誠心が強い訳ではなかった。彼のその融通の良さが、ノエラが彼と長い付き合いである一助ともなっている。
 ──ナインボールが沈黙?
 破壊された? 誰に──ブリューナグと黄龍に?
 確かに、最後に見た状況ではナインボールは既に致命打を受けていてあの後、ブリューナグが撃破したのだとしても何ら不自然ではない。
 ノエラの投げかける疑問は、其処ではなかった。
 先ほど襲いかかってきたパルヴァライザーの不可解な行動が、いまいち納得のできない謎としてノエラの脳裏に燻っていたのである。
 あの様子は明らかに異常だった。もし何もなければ、ノエラとベランジェはあの時点で蜂の巣になっていてもおかしくなかったはずである。それに加え、ガンシップ部隊の攻撃をも無視してパルヴァライザーが脱兎の如く逃げ始めていた自分達を追いかけようとしていたのも疑問だった。
 ナインボールが撃破されたのは、その前後数十秒以内だとして──
 そこまで考え、どう考えても現時点では憶測の域を出ない可能性に思考を巡らそうとしている事にノエラは気づいた。そのイタチごっこのような思考をシャットアウトし、ベランジェと同様に背中を壁に預ける。
 誰かが明言した訳ではなかったが、ノエラはこの騒乱が間もなく終わるだろうという事を、何となく察していた。
 複合ビルへ戻った後に待っている仕事の事を考えるのはとりあえずとして、ノエラは自身がようやく手に入れた手がかりであるディスクをポーチの中へ滑り込ませる。
 やっと見つけたのだ──

 AM09:38──
                             *

AM09:32──

『左前脚部ニ焦熱性損害、機体損耗率15,5%ジョウショウ──』
 光学兵器による最後の攻撃は左前脚部の外部装甲を削り取ったが、此方への損傷はそれのみだった。
 自らが放った二発の大型榴弾によって破砕、応対機動をすら取れなくなった敵性動体の傍へバーンアウトを寄せる。何の因果か14機中最後まで残ったのは、二時間前に最後通牒を寄こしてきた部隊指揮官の機体であった。外部装甲は全て剥れ落ち、推力機構も損壊している敵性動体がバーンアウトの眼前に片膝をつき、それでも尚右腕部を持ち上げる。駆動系機構に異常があるのだろう右腕部は細かに振動し、携えた光学兵器の射出口が左右に忙しなく動いている。
 レイヴンとして降伏の道を選ばず、最後まで抗戦の意を貫こうとするその姿に浅く息をつくと、ラヴィはバーンアウトの右腕部が搭載するグレネードライフルを持ち上げた。
 が、自らが手を加える前に耐久限界を超えた敵性目標の右腕部が肘関節から粉砕し、その場に轟音を立てて落下する。大破しながらも辛うじて機能を保つカメラアイと視線が交錯、その時眼前の敵性目標から通信要請が発信され、ラヴィは戦術支援AIに、繋げ、と短く指示した。
『──老兵相手に、この様とは、笑い話にしかならんな……』
「その笑い話を聴く者は、おらんよ……」
 ラヴィの切り返しに、通信先のレイヴンが乾いた笑い声をあげる。その後、ガスライターか何かを擦過させる音が回線を介して届いた。
『──20年程前に私は、アルベニスであるレイヴンを見た。単機で何十機もの機動兵器を撃破していったその様は、まるで戦場そのものの様で、ソイツの通った後は焼跡しか残っていなかった……』
 20年程前──ラヴィはアルベニスという名の土地に記憶があった。ミラージュ社経済管轄区に隣接する統一連邦政府の領土である。その頃ミラージュ社は支配圏の拡大の為に世界各地で武力を行使していた。確か、アルベニスはその煽りを受け、当時統一連邦とミラージュ社の武力衝突の戦火に巻き込まれていた。
『私は、あのレイヴンのようになりたいと、願った。──どうやら、それは叶わないようだが』
 空白の一時が流れ、
『──幻影が最後の相手になってくれた。まあ、そんな終わり方も悪くない』
 その数秒後、膝をつきながら最後まで此方にカメラアイを向けていた機体が、自ら爆散した。吹き飛んだ機体の砕片と爆風がバーンアウトの外部装甲を叩く中、黒い噴煙を巻き上げながらその下の炎の中に姿を消した機体の名残りを見送る。
 ──自爆、か。
 彼らがこの騒乱から生還する手立ては、任務の成功を置いて他になかったのだろう。部隊章や製造番号などを一切削り落した所属不明機として戦闘に臨んだ以上、関連情報の漏洩は絶対に防がれねばならない。
 自爆という道を選択した時点で、この騒乱に統一政府が何かしら公式に出来ない意図を持って介入してきたという可能性が濃厚となった。
 その推移に関しては、ノウラが何かしら把握しているかもしれないだろう。
 小さな爆発を何度も起こしながら炎の中に姿を消していく残骸を、メインディスプレイに映る有視界に見つめていた時、別の通信要請がバーンアウトに入る。
『此方ターミナルスフィア、統合司令部です。──聞こえますか?』
「──此方【バーンアウト】、聞こえるぞ」
 その言草から察するに、先ほどから何度か通信要請を試みていたようだ。先ほどの機体の自爆に伴って、広域に渡って展開されていたECM環境が解除されたのだろう。此方が所属不明部隊と交戦していた間の時間推移については、辛うじて把握していたらしく、
『当該戦域での戦闘は既に始まっています。急ぎ向かってください』
「了解。此れより、当該戦域へ急行する──」
 統合司令部付の通信技官からの指示を受け、ラヴィは轟々と炎を吹き上げながら消えゆく残骸を残し、バーンアウトを依頼現場である当該戦域へと急行させた。
「中々、つまらんものだよ……」

 AM09:35──
                                 *

 AM09;34──

 ジェリーは圧倒的だった──
 もしも戦場で敵として相見える事があるなら、自分は互角に戦えるだろうかという疑問すら脳裏を過る。遥か前方へ突出し、ほぼ単機で前衛戦闘を展開するジェリーの姿を見て、ヴァネッサはそう考えた。彼は生命の安全がある程度保障されている人為的な戦場──アリーナプログラムでも非常に優秀である事を、内外に知らしめている。
 しかし、一切の生命の保障が効かない戦場に解き放たれた彼は、それ以上のものだった。
 攻撃性に突出した戦術スタイルは変わらないが、人が生きる場所としてある種極限状態の戦場の中に身を置く彼は、其処こそが自身の本来のいるべき場所であると顕示するように、より苛烈な戦闘行為を展開する。
 彼は本当に、兵士として望まれる全てを備えた者なのだ──
 ジェリーの戦闘機動に呼応し、ヴァネッサはラピッドタイドが持てる限りの搭載武装で自身の役目を果たす。自分ではどうにもならなかった軽量二脚型のパルヴァライザーとジェリーが戦火を交える。至近距離での乱戦の様相を呈した戦域の中、ヴァネッサは他の旧世代兵器群を相手に立ち回っていた。
 崩落した幹線道路の先に重バリケードを構築した防衛部隊が攻撃掩護を行い、頭上を地対地ミサイルの群列が通り過ぎていく。
 防衛戦闘は苛烈さを極め、ラピッドタイドは補給部隊による弾薬供給を受けられる状況になく、弾薬数はその大半を消費していた。
 前方右舷から突進を仕掛けてきた旧世代兵器を捕捉──背部リニアキャノンを使って頭部を粉砕、背後に続いていた二次目標に致命打を喰らわせる。
 周囲に展開する旧世代兵器群の位置情報を常時戦術支援AIに把握させ、常に弾薬消費の効率性を意識しなければあっという間に弾薬が底をついてしまう。
 そうなれば、私は唯の彼のお荷物だ──
 それだけはまっぴら御免だった。
 致命打を受けてその場に崩れた二次目標の旧世代兵器を、ラピッドタイドの外部装甲で強引に弾き飛ばす。
 激しく流動する有視界の中、パルヴァライザーと交戦するジェリーの機体【ブルーマーレ】の後背に別の旧世代兵器が忍び寄り、ヴァネッサはリニアキャノンの砲弾をそいつへ向けて撃ち放った。コア部を側面から撃ち抜かれた敵性動体がそのまま吹き飛び、幹線道路の縁を乗り越えて落下していく。
『すまない、ヴァネッサ──!』
 オープン状態の回線を通じてジェリーが叫び、直後彼は薙ぎ払ったレーザーブレードの刀身で交戦中のパルヴァライザーの左腕を斬り飛ばした。続けて至近距離から撃ちこんだ短機関砲の弾幕が背部グレネードキャノンの砲身を叩き折り、たまらずパルヴァライザーがその場から緊急離脱する。
 両者の間に数十メートルの間合いが生まれ、すぐ傍のブルーマーレがオーバードブーストシステムを起動して追撃しようとした直後、ヴァネッサは戦域の明らかな変化に気付いた。
 グレネードライフルの砲身を向けていた旧世代兵器が不意に戦闘機動を停止したかと思うと、周囲に展開していた他の旧世代兵器群もほぼ同時に一切の動きを止めたのだ。
 その異変に気付いたジェリーもオーバードブーストによる強襲機動を中断、ブルーマーレの機体を路上に停止させた。
『……一体どういう事だ?』
 ジェリーのその困惑は、ヴァネッサも同様だった。
 此処まで一切の手を緩めず侵攻を継続してきていた旧世代兵器群が数機のみならず、すべてその戦闘行為を停止している。その奇怪な光景に、ヴァネッサを含め小首を傾げた。
 指揮系統を失ったかのように沈黙を続ける旧世代兵器群は、各々のカメラアイを不規則に明滅させている。
 その自分の思考に改めて気づき、ヴァネッサは考えた。
 侵略勢力の指揮系統が、何所かで破られた──?
 ジェリーが交戦していた対AC特化型のパルヴァライザーも機動を停止しており、その事からその機体も戦闘指揮を受ける尖兵でしかないという事が分かる。
 ヴァネッサは思ったことを、素直に口にした。
「誰かが、頭を潰したの──?」
『かもしれない。でも、旧世代兵器に、頭があったなんて初耳だぞ?』
 世界情勢を席巻する従来の旧世代兵器群には、本来ならば頭と呼べる指揮系統は存在しない。逆に言えば、すべての主だった旧世代兵器群が指揮系統であるとも考えられるが。
 それこそ、旧世代兵器それぞれの製造元である兵器プラントをはじめ、旧世代遺跡の設備機能を完全に破壊でもしない限り、彼らが今の現状のように停止する事などは一切あり得ない。
 もし可能性があるならば、そう言う事になるのだろうが。
 ──エデンⅣが騒乱に見舞われてからまだ二時間程度しか経過していない。その時間推移を鑑みると、どうしてもその可能性を信じる気にはなれない。エデンⅣ圏内に旧世代遺跡なんて代物があったのなら話は別だが。
 真相は何であるにせよこの事態を逃すはずはなく、重バリケードの先の防衛部隊が地対地ミサイルを連続射出し、放物線を描いたその群列がそれぞれ捕捉した標的に向けて着弾していく。
 先ほどとは違いあっけないほどに旧世代兵器群が撃破されていく中、ジェリーが交戦していたパルヴァライザーの頭上に数基の地対地ミサイルが急速降下していく。
 それは安堵か、あるいは慢心だったのか──
 何れにしろ、次の一瞬にヴァネッサは反応を遅らせた。
 パルヴァライザーのカメラアイが一際強く発光したかと思うと、予備動作を省略してブースタ機構から最大出力の噴射炎を吐き出した。数十メートルの間合いを一瞬で詰み切り、ヴァネッサは予備態勢で提げていた右腕部を跳ね上げる。しかし、その前にパルヴァライザーの構えた短機関砲の砲口がラピッドタイドのコア部を捉える。
 他の旧世代兵器群を撃破され、此れ以上の進行は無理だと判断したのだろう。せめてもの道連れに、難敵であるブルーマーレよりも与し易いラピッドタイドを選択したのだ。
 ──やられる
 理性の外側で覚悟し迫りくる絶望に目を見開いた時、ラピッドタイドの真正面へブルーマーレが飛び込んできた。凄まじい突進推力で突っ込んできたパルヴァライザーとブルーマーレが衝突し、その衝撃で双方の機体片が吹き飛ぶ。しかしブルーマーレはその衝撃を受けて弾き飛ばされる刹那、メインノズルから噴射炎を吐き出して強引に上昇した。ブルーマーレの機体を巻き込んだパルヴァライザーが後方へ過ぎ、接触による僅かな衝撃がラピッドタイドを揺らす。サブカメラに映る後背の様子を出力しつつ、ヴァネッサは急いでラピッドタイドを180度転回させる。
 ブルーマーレとパルヴァライザーが零距離で絡み合い、同時に撃ち放った短機関砲の弾幕が両者の外部装甲を削り飛ばす。互いの搭載兵装の性質差がその時顕在化し、瞬間的な集弾量に勝ったパルヴァライザーの弾幕がブルーマーレのコア部を破壊、誰から見ても分かるように撃ち貫いた。
「ジェリー……!」
 ブルーマーレのカメラアイが歪に明滅し、しかし機体制御を失う寸前にパルヴァライザーの頭部を鷲掴み、そのまま短機関砲の砲口を押し付けて吹き飛ばした。制御機能を失ったパルヴァライザーが唐突に停止し、その間際にブルーマーレは辛うじてブースタを吹かし離脱した。
 機能停止したパルヴァライザーが幹線道路の断崖から落下し、その下に広がる闇の深遠へと埋没していく。ブルーマーレが慣性のままに断崖ギリギリで着地、機体を停止させた。
 致命的な被弾を受けた外部装甲は無残に焼け焦げ、その様相からブルーマーレがそうして立っている事すらヴァネッサには驚愕であった。
『間一髪ってヤツ、だな……』
「ありがとう──……、ジェリー?」
 気遣う彼の台詞に何かしらの違和感を感じたヴァネッサは、彼の名を呼ぶ。接続状態の回線から、弱々しく咳き込むジェリーの呻き声が届いた。
「怪我をしたのねっ? 救援をすぐに呼ぶわ……!」
 戦術支援AIに指示して増援部隊に救援要請を行おうとした時、有視界に映るブルーマーレの機体が大きく傾しぎ始めた。その先には何もなく、ただ先ほどパルヴァライザーが落下していった闇の深遠が口を広げている。
 そんな──
『折角、此処まで来たのになあ・……。ヴァネッサ、すまなかった……』
 彼は既に自身が辿りつく末路を受けて入れているかのような穏やかな口調で言う。搭乗者の機体制御を受けないブルーマーレの機体が慣性のままに空中へ投げ出され、不意にラピッドタイドのカメラアイが映し出す有視界の中から姿を消した。
「ジェリー……!」
 ヴァネッサのその叫びに対する答えはなく、数秒後接続状態に在ったブルーマーレとの回線が不意に切断された。搭載センサー群が断崖下層部からの爆発音を捉え、その詳細情報をディスプレイに出力している。
 第一種狭域索敵態勢のレーダーに、敵性動体反応は見当たらない。ヴァネッサはコンソールを素早く叩いてハッチの開放プロトコルを完結した。
 その時、統合司令部から通信掩護を行っていたリサが、
『馬鹿な真似は寄せ、ヴァネッサ──!』
 彼女のその制止も聞かずヴァネッサは開放されたハッチからコクピットを飛び出し、ラピッドタイドの機体を伝って路上へ飛び降りた。巨大な空薬莢が転がる路面を走り、ブルーマーレが姿を消した断崖の縁から遥か下層部をのぞく。
 小さな、ごく小さな光が闇の深遠の底に在った。それを見咎め、ヴァネッサは唇を堅く引き結ぶ。
 互いに同じレイヴンを目指し、そしてそれを叶えた間柄──レイヴンとして戦場に望む以上、何時か、どこかで、どちらかが命を落とすかもしれないという事などは覚悟していた可能性に過ぎない。
 ただ、それでもこんな結末は──。
「早すぎるよ、こんなの──……」
 遥か下層へ落下したブルーマーレの残骸が起こす炎上の光を視界に収め、ヴァネッサは眼頭が熱くなるのをぎゅっと堪え、そして終ぞ涙を流すことはしなかった。
 対岸の重バリケードから増援部隊の機動兵器群がブースタ推力を用いてヴァネッサの頭上を通り過ぎ、先ほどまで熾烈な防衛戦闘が行われていた幹線道路へ降り立つ。増援部隊が速やかに反転攻撃を開始し、ヴァネッサは崩れそうになる膝を必死に保ち、その場から踵を返す。
 今は、耐えろ──
 ラピッドタイドの機体外部タラップをよじ登り、開放状態のハッチから再びコクピット内へ身体を滑り込ませる。開閉プロトコルを完結してハッチを閉鎖、ラピッドタイドの機体を前線砲口へ転回する。
「ごめん、リサ──」
『……安易な行動は、速やかな死を招くぞ。──すぐに応対機動を開始しろ』
 酷薄とも取れるリサのその冷徹な言葉が、今のヴァネッサには非常に有り難かった。
 今は騒乱の真っ只中なのだ。彼女の言う通りだった。

 AM09:38──

 ──2時間後、当該戦域における第一種戦域制圧を完結。

 ──約6時間後の午後3時34分、エデンⅣ圏内における都市防衛戦闘、収束。
                                 *

 ─── EpilogueⅠ ───

 AM10;05──

『──えるか? 此方はGCNのエクトル・アレギ、現在商業区画第43外周隔壁にいる。……どうやって回線を維持してるだって?……横にいる焼死体の無線を借りてんだよ。でなきゃイサーク、後方付のテメェの所まで無線届かねえだろうが。
 こっちは酷い有様だぜ、逃げ遅れてりゃ今頃俺も瓦礫の下で蒸し焼きになってる所だった。──ああ、第43外周隔壁の生存者はなしだ。俺のジープもやられたんで、今徒歩で地下からそっちへ向かってる。彼此小一時間、無傷で生き延びてる自分が奇跡みたいだ──て、何だよ?……──統合防衛軍が戦線を展開? 嘘だろ、どうやってあの状況から盛り返したってんだ。──まあ、それが本当なら今の俺はかなりツイてるって事になる。──無線は此処までだ、そろそろ通信技術部のハイエナに嗅ぎ付けられるだろからな。其方へは50分後に合流する事になる、迎えを宜しく頼むぜ──』

 AM11;45──

『──地上戦力の陸戦MT部隊が突進していきます! 現在商業区画第22区では第四種制圧戦闘が進行中であり、逃げ場を失いつつある侵攻勢力が隔壁部へ追い詰められているようです。アレは──戦術空爆部隊です、たった今、上空をグローバルコーテックス陸軍の戦術空爆部隊が縦断しました!どうやら此処で徹底的に敵戦力を削ぐようです──』

 PM13;03──

『此方興行区画──逃げ場を完全に失った旧世代兵器群が、戦線を確立した防衛部隊に対して無意味な突進攻撃を繰り返しています。──あ、また三機、敵戦力が攻囲網へ攻撃を仕掛けたようです──が、やはり防衛部隊の応対射撃に撃破されました。既に友軍の増援部隊も多数合流しており、このまま戦況が進めば戦闘の収束は間もなくであると予測されます──』

 PM14;58──

『──どうやら、最後の敵戦力が防衛部隊によって排除された模様です。心なしか、現場の緊張した空気も和らいでいるようです。後続の増援部隊が此れから制圧戦域へ進入、広域哨戒作戦へ移行する見通しです──』

 PM16;21──

『此方興行区画第5避難施設前、エレナ・ベルティです。現在第5避難施設には約二万人の市民が戦火を逃れ、地下に身を隠しています。現在、統合防衛軍の救援及び工作部隊によって最低限の都市機能の復興が急がれていますが、現在の所電力供給が再開される見通しは立っていません──』

 PM18;37──

『アレをご覧下さい──! 此処は自然森林区第87エリアです。先に行われた激しい戦闘の飛び火が保護森林地帯へ燃え移り、約10時間が経過した現在も尚拡大延焼を続けています。この10時間で喪失した森林面積は、推定で七平方キロ―メートルに及ぶものとされ、複数ヶ所で延焼を続ける火災に復興部隊の消火活動も難航を余儀なくされています。保護森林地帯には絶滅危惧第一種に分類される動植物が多数生息しており、今回の大規模火災による天然保護資財の損失額は天文学的数値に及ぶものと──』

 PM19;11──

『──酷いスモッグです。防衛戦闘の渦中に曝された科学薬品工場の出荷が貯蔵薬品を焼いており、付近一帯に有害性煙霧が拡大しています。同区画には兵器製造工場なども林立しており、引火等によって断続的な爆発音が区画一帯に響いています。また、主要製鉄工場の溶鉱炉の融解により漏出した溶鉱によって火災が発生、大規模な都市火災が各所で拡大している模様──』

 PM22;03──

『グローバルコーテックス統合司令部の公報事務官が午後2215分より、此処メディアセンターホールで記者会見を行う予定です。恐らく、第一種非常事態宣言の解除が主な内容と推測され、これによってエデンⅣの治安機能は一通り正常化するものと見られますが、都市機能の復興活動は今だ難航しており、此れからグローバルコーテックスの復興手腕が試される事になりそうです──。またグローバルコーテックス本社は今回の一連に関して具体的な復興支援策の提案を避けており──』                            *

 ─── EpilogueⅡ───

 ──【エデンⅣ騒乱】収束から約11時間後

 AM02:45──

 嘗ては母星とも呼ばれた地球を、其処から望む事が出来た。技術的栄華を極めた人類の遺した、希望の残滓。それが今、現代に生きる我々の眼に見えている事が、かつての人類が分水嶺を遥かに超越した技術を有していた何よりの証左となっている。
 広大──無尽とも言える暗い深遠の海、嘗て母星と呼ばれた"地球"の姿を望む事の出来る仮想空間内に、25人の賢者達と、ノウラは一同に介していた。
 招聘日時の規定時刻まで数分余り──最初に記録出力された位置座標から一切動かず、ノウラは時間がやって来るのを、唯寡黙を通して待っていた。他の賢人達も同様か、其々が言葉を交わすような姿はなく、位置座標に記録出力した来賓椅子に腰かけている。
 素性を知らぬ者同士ではないはずだが、この致命的とも言える沈黙の重さが、この仮想空間に集まっている者達が後に直面する現実の重大さを物語っている。ノウラは、そう確信を持って解釈している。
 肘掛を用いての頬杖を保ったまま、傍らに立つ専属書記官──メイヴィスの方へ僅かに視線を傾ける。意識せねば瞬く間に周囲の闇に溶け込みそうな黒い彩色のスーツを着込む彼女も同様、初期の位置座標から一歩足りとも足を動かしてはいない。しかし、眼前に展開している多数の投射型ディスプレイに更新出力され続ける情報群に彼女は視線を走らせていた。その作業の傍らノウラの思わしげな視線に気づいたメイヴィスが、同じくノウラの眼前に出力している投射型ディスプレイにメッセージを送信する。
 ──自律性有害因子第一類及び第五類、捕捉
 その規定報告を戻した視線の先のディスプレイの中に確認し、ノウラは特段動きを見せる事もなく視線を適当な方向へ投げた。目まぐるしく出力展開するディスプレイ映像に気づく者は二人の他に居らず、ただ明確な意図もなく動静を見守る賢人達の視線が仮想空間内を行き交っている。
 高度に暗号化した配列信号に加え、空間構造を構築している先方へ直接欺瞞プログラムを随時打ち込んでいる為に、メイヴィスとノウラの眼前の視覚情報群は完全に透過状態に在り、それを感知できる者がいるはずもない。
 ただ、その沙汰の外とも言える所業を顔色一つ変えずに遣り遂せる専属書記官のメイヴィスへの意図として、ノウラは小さく息をついた。
 直後、向って対面の位置座標に目視情報が出力構築され、数秒後其処には来賓椅子に腰かけた高齢の老人の出力構造体が現れた。
 それまで洞察紛いの視線を交わしていた賢人達の視線が、一斉にその老人の方へ向けられる。老人の身体は老木の枝木のように酷く瘦せ細っており、生命維持用のチューブ類が身体の各部に刺し込まれている。
 しかし、落ち窪んだ眼窩に収まる薄灰色の双眸は頑健な意思を湛え、些かの衰えも知らぬ程に鋭利であった。
 重鎮達が一同に介する仮想空間内の空気が瞬時に破裂しそうな程の緊迫感に包まれ、それまで曲りなりにも若干の余裕を含ませていた賢人達の表情が一様に切り替わる。
 仮想空間内へ出現したその老人は緩慢な動きで周囲を見回し、一瞥した後改めて対面の来賓椅子に腰かけるノウラと視線を交わした。
 老獪と呼べる境地など遥かな昔に踏み越えてきた老人と視線を交える中、ノウラは表情の一切を変えず唯、悪寒を催す程の圧迫感を受け流す。暫く、といっても数秒程の交錯が過ぎ、やがて老人が最初に切り出した。
「──話を、訊こう」
 衰えた身体と同じく、酷く皺枯れた声音。しかし双眸に宿るものと同様、頑健な意思が其処に介在している事を、この場にいる誰もが直感的に理解していた。
 そして老人の発したその言葉が何処に向けられたものなのか、選任安全保障理事会議事堂に招聘された重鎮──統一連邦政府の賢人達は周囲を確かめずとも、理解している。
 ノウラは頬杖を解き、組んでいた足の上に手を置く。そして、選任安全保障理事会議長、つまり統一連邦政府の頂点に立つ権力者である老人の言葉に、返答の為の口を開いた。
「──貴君等に、弁明は請わない」
 その言葉こそ、最初に在りき。
 統一連邦が十数時間前に起こした件──その一連の詳細について、核心を知るであろう者達から情報の提供を求める必要性は、此方にはないという意思表示。
 ノウラは短く簡潔に、しかし、此れ以上ない冷徹な宣告をした。

→Next…

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