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*⑭/ /第十四話


 ノウラは既に、事実関係の大半を知り得ていた。
 だからこそ、当事者達からの直接の言葉などは無為に等しきものであると断じ、代わりに彼らに告げるべき事実を告げる為に、次の口を開いた。
「──我々一族は、貴君等に多くの叡智を与えた。貴君等、統一政府が衰退した人類の復興の一助となり、賢明な統治者として君臨するであろう事を、望んだからだ」
 ノウラは語る。自らの身体に流れる、何世代にも渡って受け継がれてきた血筋を。自身の一族が統一連邦政府と共に在り続けてきた過去を。彼らが今回の件──【エデンⅣ騒乱】で、人類の今後の在り方を確実に変えてしまう失態を犯した事を、彼ら自身に思い知らせる為に。
「貴君等の先達の遺した遺産を見誤り、貴君等は自ら王道を踏み外した。──末路は、自らが語れ」
 十数時間前──【エデンⅣ騒乱】の引き金を引いた政府一派の暴走を、賢人会議は止める事が出来なかった。──正確には、黙認したのだ。統治者としての権勢が徐々に衰退していく中、それに焦燥を感じていたが故に彼らは致命的な過ちを犯した。
 結末として、閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】の都市機能の大部分を破壊したに留まらず、数百人の一般市民の死者とそれを遥かに上回る数千人の負傷者を出した。事態の真相の片鱗は【エデンⅣ】の管轄企業体であるグローバル・コーテックスも把握し、また、他の支配企業へも情報が伝播しつつある。
 ──過ぎた叡智を、過ぎた手段で求めようとしたが故、統一政府は致命的な過ちを犯した。
 最早、この後にやって来る世界情勢の混迷期の潮流を押し留める事はできはしない。
 ──統一連邦の時代は、間もなく終わりを告げるのだ。
 その末路を、統一連邦の失陥という形で来るべき時期に自らが露呈しろ──ノウラはそう言ったのだった。
 絶望感にも似た退廃的な空気が仮想議事堂を包み込む中、ノウラの対面に位置して来賓椅子に静かに座る統一連邦の長である老人が、僅かに口を動かす。
「齢一世紀──老いた我々を捨て置き、ノウラ、お前は、過ぎたる叡智を何処へ連れて行こうという?」
 歴史そのものと言っては過言でない程、統一連邦と共に一世紀という時間を過ごしてきた老人は言う。賢人会議の中では理事会議長のみが、ノウラの血筋──統一連邦に多く協力してきた学者一族の最も古い記録を直接知る人物である。ノウラもその名のみしか知らぬ、一族の始祖である曾祖父の姿を、対面の老人は一世紀も前の時点で顔を合わせている。
 老醜染みたその面白みのない問いに対し、ノウラは僅かに口許を吊り上げて歪んだ笑みを創り上げた。
「──我々が望むは、世の安寧。貴君等では、其れを成し得なかっただけの話だ」
 酷薄に努め、且つ極めて冷淡な口調でノウラは宣告する。古い石像のように固い表情を一同に介した賢人達が並べるその中に在って、唯一苦笑の笑みを静かに浮かべる者がいた。向かって右側の位置座標の来賓椅子に腰かける男は浮かべていた笑みを即座に隠し、双眸をノウラへ向けた。互いの視線が、僅かに交錯する。
 ノウラは来賓椅子から腰を上げた。それを追うように理事会議長が言葉を投げかける。
「その為に、お前は世界を戦乱に招き込むつもりか──」
「引き金を引いたのは、統一政府──貴君等だろう。分水嶺を勘違いするべきではないな。では──」
 終幕の言葉を自ら紡ごうとした瞬間、ノウラを中心とする全周囲に視覚化された膨大な量の情報群が出力された。眩い光源を伴う羅列情報群は忙しなく明滅しながら出力と削除を繰り返し、その光景にノウラは小さく嘆息した。傍らに立つメイヴィスに視線を送ると同時、全周囲で周回していた羅列情報群が一斉に霧散──代わって理路整然と形式立てられた電子防性プログラムの羅列情報群が緩慢な速度で周回出力を開始する。
「──最早、貴様等如きに我々は止められんよ」
 それが、彼ら賢人会議への最後の言葉となった。それを待っていたメイヴィスは仮想空間への接続態勢を解除し、ノウラの位置座標が消失。周囲の景色が一瞬完全な闇の深遠に落ちた後、数秒のデジタル処理を経てノウラの意識構造は現実へと帰還した。
 控え目な光源の照らし出す無機質な設備空間内を一瞥し、ノウラは頭に装着していたヘッドマウントディスプレイを取り外した。傍らに立っていたメイヴィスが手を差し出し、その手を取ってノウラは席から立ち上がる。
「大丈夫ですか──」
「ああ、仔細ない。お前のおかげでな?」
「過分な言葉です、ノウラ──」
 どんな状況にあっても一切態度を崩さない書記官の佇まいに息をつきつつ、ノウラは若干疲労のたまった肩を揉んだ。
 最後に安全保障理事会が仕掛けてきた電子攻勢──かなり周到に組み上げられた攻撃プログラムであった事はノウラも容易に理解していた。恐らく、自身達にとって最悪の結末が語られた場合、ノウラの意識構造をその場で即破壊する腹積もりだったのだろう。
 そんな統一政府の暗愚な性質をよく知っていたノウラは、専属書記官であるメイヴィスを連れだち、彼女に直接電子防衛に当たらせたのだ。彼女の技術力であれば、選任安全保障理事会直属の情報技術部門──電子戦術対応部の電子攻勢など、赤子の手を捻るようなものだった。
 メイヴィスが傍のデスクに置いたパソコンのディスプレイを注視し、
「ノウラ、外部から通信要請です。──理事会議員、マルティン・ローゼンタール氏です」
「──接続しろ」
「分かりました。ホログラム通信で出力します」
 そう言い、メイヴィスがコンソールを素早く叩いて接続処理を完結させる。通信設備のみが置かれた無機質な空間内、ノウラの眼前にデジタル映像体が構築され、やがてそこに見覚えある男の構造体が現れた。
 先程、仮想空間内で最後に視線を交えた人間だ。
 政治的分野においてノウラにとって非常に古い知己であるその男──マルティン・ローゼンタールは、顎に蓄えた髭を撫でた後、ダークスーツのポケットに手を収めた格好で口を開いた。
『……時期は早まりそうだな』
「──それは、どうか。奴さんも一枚岩には見えなんだが?」
『振りだけだろう。此方の事ならば、心配は無用だ……』
「ならば私は問わん──。統一連邦内での今後の対応は、其方の采配に一任するとしよう……」
 ノウラのその提案に、マルティン・ローゼンタールはおどけるように軽く肩をすくめて見せる。統一連邦政府内における彼の勢力の立場上、十数時間前に統一政府の起こした【エデンⅣ騒乱】に彼は関与していなかった。もしも関与していたのなら、【エデンⅣ騒乱】は何らかの形で回避できたはずである。
『有史史上、例の無い試みか──我々も踏み外さんよう、互いの足元を見ておかねばな?』
 そう含みを持たせた言葉をマルティンは残し、軽く手を上げて別れを意図する。そして、極めて短い会話のみでホログラム通信は終了した。
 わざわざホログラム通信で直接話を交わす必要はない。彼がそれをしてきたのは、単なる意思確認と社交辞令の類だろう。彼が述べるべき事柄は、専用ネットワークを通じて中間報告書が手元に送られてくる手筈になっている。
 彼のデジタル映像体が消失した座標の空白をしばし見つめ、ノウラはメイヴィスを連れだって手狭な設備空間を後にした。
「──スリーパーからの成果は?」
「掛けられた最後のプロテクトが中々、堅牢のようです」
「成程──」
 埃の積もった連絡通路を慣れた足取りで進み、ノウラとメイヴィスの後に薄く埃が舞い上がる。非常用階段から複数階下った先の階層に無尽に伸びる連絡通路の最奥部に設えられた一室の前へ、ノウラは到着する。
 扉の前の哨戒兵に目線で指示し鈍重な隔離扉を開かせると、鼻腔をつく異臭が流れ出てきた室内へとノウラは臆する事無く踏み込んだ。光源の絞られた薄暗い室内、その中央に立つ数人の屈強な男達に「空けろ」と言い、ノウラは彼らに囲まれて尋問椅子に座らされていた一人の男の前に立った。
 ひどく殴打された顔面から滴った流血がまだ若い男の衣類を赤黒く濡らし、そいつはノウラの気配に気づいて醜く腫れ上がった顔を上げる。
「時間が惜しい。手短に済ませろ──」
「わかりました」
 同調したメイヴィスが動き、拘束状態に在る男の後背へ回り込む。その行動に気付いた男が俄かに抵抗の動きを見えるも、尋問官の一人が男の頭を鷲掴みして強引に挙動を封じ込んだ。
 メイヴィスが軽く頷き、ポーチから取り出したウェアラブルコンピュータを起動、それを介して接続用コネクタを自身の頚部と男の専用ジャックに接続する。
 メイヴィスが男の機械化電子脳に電子介入を直接開始し、それに伴って男の挙動が硬直したように停止した。
 その奇なる光景を視界に収める中、腰元のポーチに差していた携帯端末が振動し、ノウラはそれを取り出す。小型の投射型ディスプレイを出力し、その中に見覚えのある青年の顔が現れた。
『──まだ途中だが、一応特定はできたぞ』
「ほう……、それで?」
 短く先を促すと、ディスプレイの中のハルフテルは手元のコンソールを操作し、データファイルをノウラの携帯端末へ転送する。そのデータファイルを解凍してディスプレイに出力し、その映像付き詳細情報を一瞥した。
『──プライマルアーマー機構だと、断言して良いだろう』
「そうか……。よもや、此れほど早く実戦投入してくるとはな──」
『ああ。だが、然程憂慮すべき事態でもないんじゃないか?』
「どういう事だ──」
『記録映像をよく見てみろ……』
 そう指示され、ノウラはタッチパネルに触れて一個の映像ファイルを再生した。映像にはミラージュ社純製のAC機体を模したネクスト兵器の姿が在り、その周囲を半透明の白緑色の膜が還流していた。
 十数時間前、【エデンⅣ騒乱】の渦中で此の未確認機体と交戦した自社の契約戦力【AC】が記録したものでありる。契約戦力──ゼクトラが至近距離から撃ち放ったと思しき射突型物理ブレードは、その敵性機体が周囲に還流させる分厚い膜に完全に遮られている。
 一拍あまりの空白を挟み、その膜によって守られていた敵性機体のカメラアイにセンサー類の再起動を示す光源が溢れ、その違和感にノウラは今しがたハルフテルの言った言葉との関連性に気付いた
「──まだ、未完という事か?」
『出力機構のエネルギーの大半を、同機構へ回している可能性が高い──つまり、環流制御技術に関しては未完成の域を出ていないという事だ。本来なら、たかだか数年程度で完成する代物じゃないからな』
「──そうか。だが、安堵するには少々重大な事実だな」
『まだ言うべき事はあるが──時間がないんだろう? 此方も報告書を纏めておく。好きな時にでも取りに来てくれ』
 ハルフテルのその言葉がそのままの意味を指しているのならば、ミラージュ社が実戦に先行投入してきたネクスト兵器にはまだ言い足りないことがあるらしい。ノウラは言葉に出さず、代わりに軽く頷いて携帯端末での映像通信を解除した。
 ポーチに端末を指し直し、ついでにソフトパックから紙巻煙草を一本抜き出して咥える。
「──お前達にとって、憂慮すべき事態は既に超過しているようだ」
 ──三年前のジシス財団解体以後、統一政府が最も恐れてきた可能性。
 財団解体と共に分散した旧世代の兵器技術が、各支配企業によって何れは実用化されるであろう未来。
 世界情勢を席巻する兵器災害に対する要として開発研究されてきたネクスト兵器が、自己利益を求める者達によって自らに牙を剥く事が何を意味しているのか。統治組織として著しい形骸化を重ねて来ていた統一政府は、それを重々承知していた。
 それに対する抑止力を保持する為だけに、統一政府は都市をひとつ丸ごと巻き込んで【エデンⅣ騒乱】という惨禍を演出した。ネクスト兵器に対抗できる兵器もまた、ネクスト兵器を置いて他には存在しない。そして、対等ではなく抑止力としての絶対的優位性を持つネクスト兵器の開発を統一政府は迫られていたのだろう。ノウラは、【エデンⅣ騒乱】の最中で、統一政府が執拗に求めていた対象の存在から、そんな因果関係を推測していた。
 財団崩壊後、統一政府に手を貸して従来の抑止力──ナインボール・コピーの開発計画に関与していたからこそ、その次に彼らが迎える統治危機がどんなものであるかが、ノウラには手に取るように察知する事ができた。
 統一政府が手に入れようとしている絶対的抑止力としての兵器価値を持つ戦力──
「──ナインボール・セラフ、か……」
 そう呟いた時、メイヴィスによる強制的な電子支配下によって身体機能を簒奪されているはずの男の瞼が、僅かに動いたような気がした。
 元々は、グローバル・コーテックス【エデンⅣ】支社の通信技術部所属の通信技官──というのが、この男の表向きの素性である。実際は、この男が【エデンⅣ騒乱】のお膳立てを内部から進めた元凶の一人──統一政府が複数送り込んできた潜伏工作員であった。
 十数時間前に都市防衛戦闘が収束し、統合司令部内の第一種戦闘態勢が解除された直後の隙を狙い、この男は施設の人気のない連絡通路でノウラを背後から刺殺しようとした。
 統一政府の関与を疑い始めた時点で既にその可能性にも思考を及ばせていた為、ノウラがその潜伏工作員を逆に無力化する事は難儀な話ではなかった。
 ネクスト研究を行う組織として、ひとつの独立勢力として統一政府の動向を確かめたかったノウラは、潜伏工作員をターミナルスフィアが直轄管理する形骸企業の施設へ移送──必要な情報を絞り取れるだけ絞りとった。
 統一政府と過去に密接な関係性を持ち、現在は独立勢力として旧世代技術分野の発展に著しい影響力を持つターミナルスフィア──その長を務めるノウラは、統一政府にとって非常に邪魔な存在だったのだ。【エデンⅣ騒乱】が成功しようとしまいと、最終的に統一政府の送り込んだ潜伏工作員はノウラを殺すつもりだった。
 電子介入によって搾取した情報の中には、統一政府の狙った旧世代の凍結資材──公式には存在すら確認されていない生体CPUの詳細すらも載っている。通信技術部に潜伏する中で、生体CPUの正確な所在を把握したのだろう。しかし、どこで生体CPUの存在を知ったのかどうかについては、その情報はまだ眼前の男から搾取できていなかった。
 最も強固なプロテクトプログラムが最後に展開されており、それを無効化する為に現在、メイヴィスが直接電子制圧を試みているのである。
 ノウラは安易な推測を述べないが、もし最も整合性のある可能性を考えるとしたら、
 ──統一政府と過去に接点を持っていた人間が、生体CPUの近くに居たとしたら?
 尋問椅子に座る男の方へ視線を移したのと、男が宿す眼に変化が現れたのはほぼ同時だった。
 それまで虚ろな色しか宿していなかった双眸が激情を湛えた獰猛な色にがらりと変わり、ノウラはその劇的な変化に目を見開いた。
 潜伏工作員が電子処理脳に展開させていた電子防性因子は此れまでの尋問段階で既に駆除されており、現在はメイヴィスによって身体機能も含めて完全な制圧下にあるはずなのだ。
 それを行っているメイヴィスの方を見やると、彼女は僅かな驚愕の感情を切れ長の双眸に映し出している。
 そして男が野獣のような表情に変貌したかと思うと、恐ろしく低いうなり声を上げながら手足を縛っていた拘束縄を強引に引き千切った。
 それと同時、電子干渉を受けたらしいメイヴィスが男の後背へ弾き飛ばされる。
 手首足首からの出血をも無視する男は覆い被さるように抑えにかかった尋問官の兵士達を跳ね退け、ノウラ目がけ両腕を突きだして突進してきた。
 両手の爪先が首筋に届く刹那、ノウラは脇に立っていた尋問官のホルスターから自動拳銃を抜き取り瞬時に発砲した。くぐもった銃声が狭い室内に響き、胸部に至近距離から銃撃を喰らった男が前のめりに倒れ込む。
 鮮血をぶち撒けながらうつ伏せになった男はそれでも止まらず、這いずってノウラのもとへにじり寄ろうとし、ノウラはその男の双眸を見た。
 自身の意識を失い、野獣のような攻撃衝動に支配された眼──
 ノウラは足元にまで近づいてきた男の後頭部に銃口を突き付け、引き金を引いた。
「──……」
 指揮系統を完全に失った男の体がごとん、と床に伏せ、そいつが完全に沈黙した事を確認する。
 一瞬で騒然となった室内、複数の兵士が男の身体を囲み、既に死体へと変わっている事を念入りに確認する。ノウラは手に握った自動拳銃を持ち主の尋問官へ手渡し、その光景を離れた場所で見守っていたメイヴィスに歩み寄った。
「何があった、メイヴィス?」
「──カウンター性エマージェンシー・プログラムです」
 発動の際に発生した僅かな隙に、電子攻勢を受けたらしくメイヴィスは接続状態に在るウェアラブルコンピュータから調整用補整プログラムを自らの電子処理脳へインストールし始める。
「一撃を喰らうとは、お前らしくないな──」
「かなりの手練のようです──しかし、あのプログラムは……」
 自身に一撃を喰らわせたカウンタープログラムに、メイヴィスは何かしら思い当たる所があるらしい。彼女の素性の片鱗は統一連邦に求める事も出来る為、あっても可笑しくはない話だろうとノウラは思った。
 死体からこれ以上の情報を抜き出すことはできない。
 ノウラは手頸に嵌めた腕時計に目線を落とした。
 既に事態は急速に動き始めている。
 統一政府自身が引き金を引いたのだ。
 最早、今後加速する潮流は誰にも止められない
 止められないのなら、その流れに乗らねば淘汰されていくのみ。
「機構会議がそろそろ始まる──行けるか、メイヴィス」
「ええ、問題ありません」
 20分後──グローバルコーテックス【エデンⅣ】支社主導による機構調整会議が開催される。
 長らく、この計画に賛同した者達が望み臨もうとしてきた一つの極点の始まりが、其処に在る。
                               *

 AM03:25──

 機構調整会議の開催上として設けた仮想空間には、既に招聘した傘下企業の代表等が集っていた。仮想空間への映像体のアップロード後、今回機構調整会議の緊急開催を決定したコーテックス支社長のエウヘニアは初期の位置座標から一歩踏み出す。
 自然背景を模した空間映像は緑に溢れ、小川の静涼としたせせらぎがこの空間に集うものの心の緊張感をいくらかでも和らげてくれる。
 傍に立つ秘書官の女性がエウヘニアに近づき、軽く耳打ちした。
「既に大半の信任を得ています。残りの者も、この審議次第だと……」
「そう、わかったわ──」
 涼流の岸辺の方々に集まる企業代表達の注目の視線を受けながら、エウヘニアは水辺まで歩み寄る。水底で小魚達が鈍色に煌めく様子を一時見下し、それから静かに待っていた参加者たちの方を振り返った。
 小さく、しかし長く息を吸い込む。
「諸君に集まってもらった経緯は、既に承知の事と思うが──我がグローバルコーテックス【エデンⅣ支社】の今後の進退についてだ」
 淀みなく、今回述べるべき事柄に触れる。流石は百戦錬磨の企業代表達と見るべきか、その重大な案件を前にしていずれもが研ぎ澄ました雰囲気を湛えて静かに佇んでいる。
 エウヘニアは続ける。
「──約百年前の大戦後、我々支社グループは衰退した人類社会の復興の為に、コーテックス本社と協同して尽力してきた。しかし、五年前、世界情勢を席巻した兵器災害以降、本社は徹底的な中央集権化を推進し、傘下企業を直接統合するばかりか、武力侵攻を行ってまで自社権益の確保に走りつつある。その様な本社の暴走を喰い留め、グローバルコーテックスを在るべきものとするために我々【エデンⅣ支社】は今日の繁栄を築いてきたはずだった。──しかし、どうか。今回の騒乱に際して本社は我々【エデンⅣ支社】の被った被害規模を把握しているにも関わらず、何ら有効な支援策を講じようともしていない。──本社は我々を恐れていたのだ。我々一同が崇高な理念と志を持って、グローバルコーテックスの繁栄に勤めてきたその事実、我々が企業グループの権益を簒奪するのではないかと。だからこそ、本社は支援復興策を講じず、我々支社グループが経済管轄企業として充分に衰退するのを傍観しているのだ……」
 静かな口調で、しかし強い意志をこめてエウヘニアは言い切った。そして、今後のグループ一同の進退を問う言葉を次に紡ぐ。
「私は狂言を好まない。此処に集ってくれた志在る諸君らに、忌憚無く問おう──

 ──我々の新生、分離独立は可能か?」

 その、堅固な意思を確かめる言葉に、一同は変わらず研ぎ澄ました表情を持って受け止める。
 この場に在って、異を唱える者はいない。
「──よろしい。我々グローバルコーテックス【エデンⅣ】支社は、今後本社経営管轄下からの実質離脱を計る。然るべき機会を持って我々支社グループは分離独立──グローバルコーテックス改め、独立後企業体名を、【グローバル・アーマメンツ】として新生する──」

                                *

『──【グローバル・アーマメンツ】として新生する──』
 そう締め括られた言葉を、ノウラとメイヴィスは仮想空間内の離れた位置座標、小川は上流の岸部からしかと耳にしていた。機構調整会議へ非公式という形での招待をエウヘニアから受けていた為である。
「動き始めましたね、ノウラ」
「──我々は進むぞ」

 混迷の時代への潮流を、誰もが明確な意図を持って早めようとしている。



 ──【エデンⅣ騒乱】は、閉鎖型機械化都市一つを巻き込んだ未曽有の大惨禍として、その後の戦争史に名を残すこととなる──
                                 *

 ──【エデンⅣ騒乱】勃発から約二時間後

 AM09:55──

「──安全圏離脱を確認。機体制御態勢を第一種戦闘態勢から第三種広域警戒態勢へ移行処理します──」
 閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】から遠く離れた帰還領域への到達と同時に、アンヘラが機体制御態勢の移行処理を完結する。第三種広域警戒態勢への移行に合わせてAMS接続負荷が不意に軽減され、頭の中に直接圧し掛かっていた重圧が消失した解放感にアンヘルは胸中で小さく息をついた。
 足りないAMS適性のいくらかをアンヘラを通じてごまかしAMS接続を実現しているとはいえ、機体制御に最低限必要なAMS接続ですら搭乗者の心身負荷はかなり高い。生命の安全を保障された機動試験ならばともかく、そうでない実際の戦場では負荷効率は著しく悪化してしまう。
「申し訳ありませんでした、アンヘル様──」
「気にするな……」
 此方の接続負荷による身体損耗についてアンヘラは言及したらしいが、それについて咎める術をアンヘルは持ち合わせていなかった。機体制御システムの根幹である統合制御体との仲立ちをする重要な要素として、アンヘラは最大限の支援態勢を尽くしていたのだ。それは直接AMS接続を介していたアンヘルが最もよく理解していた。
 数十キロに渡って伸びていた廃棄軍事ラインの終着点に到り、統合制御体に軽く語り掛けて地上へ直結する連絡通路に進路を取る。最低限の警戒灯が灯る連結通路を巡航機動で疾走する傍ら、
「──何故、排撃しなかったのですか?」
 咎めるような口調ではない、しかし、心底理解しかねると言ったような僅かな抑揚を含んだ言葉。
 その問いに対する返答を簡単に口にする事はできない。アンヘルにとってそれは難しいものだった。
 だからこそ、アンヘルは偽りなく簡潔に述べた。
「──友だからだ」
 共に長い年月を戦場で過ごしたかつての戦友だったから。
 閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】が未曽有の騒乱劇に見舞われていた中、グローバルコーテックスを中心に構築されていた防衛ネットワークシステムにアンヘラは直接電子介入していた。その中で、ナインボール・コピーの撃破が報告され、その時点でアンヘルは元来与えられていた任務の消失を確認、基幹基地への帰投を意思決定した。
 地下核部で交戦した友に別れを告げる直前に、その報告と意思決定をしたから見逃した──そう言えば自分にとっても彼女にとっても詭弁になることは違いなかった。そして、アンヘル自身がそう述べる事を許さなかった。
 その一瞬の空白による逡巡を天秤に掛けたことは、疑いようがない。
 しかし、数十分前のあの戦場に際して、アンヘルは願った。
 最も親しく戦場を駆け抜けてきた友との別れが、こんなモノであって良いはずはないのだと。
 かつていくつもの死線を潜り抜けてきた戦友達の始末を、自身の手で行うと決めた以上、相見える者が何者であろうと眼に付いたならば、即座に葬るつもりですらいた。
 自身の退路を断つ為に、偶然に故意を含めてネクスト兵器まで持ち出したのだ。
 ──だが、友はその彼我の戦力差からやって来る死の瞬間を、互いの生命が天秤に乗る局地にまで運びこんだ。
 死に損ねた兵士としての己と友──綺麗な死に様を今更望んだ訳ではない。
 しかし、彼女とはもう少しこの螺旋の中で戯れたい──アンヘルはそう思ったのだった。
 アンヘルの駆るネクスト機体【カルディナ】が連絡通路の終結点へ到着し、それを先行して確認していたアンヘラが隔壁扉を開放。巡航速度をそのままにアンヘルはカルディナの機体を地上へ滑り出させた。
 周囲一面に広がる荒野──しかし到る箇所に兵器の残骸と思しき金属片が埋没し、その錆びた姿を曝していた。
 ──古い戦場か
 その荒涼とした景色を視界に収めつつ、広域警戒態勢にあるレーダーで友軍の派遣した機体回収機の接近を捕捉する。
 見渡す限り何処までも続くその光景を見つめ、やがて地平線の果てからやって来る回収機の機影を肉眼で捉えた時、アンヘラが口を開いた。
「──では何故、殺そうとしたのですか?」
「──かつて、友だったからだ」
 成すべき夢想の為に切り捨てねばならない、過去の重圧。
 螺旋から永久に抜けられないのなら、下るか上るかを選択せねばならない。

 お前はどうだ、ファイーナ──




 第十三話 終

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