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「Dépression du chevalier*


 執筆者:CHU

 アリーナのドームに試合終了を知らせる電子音のゴングが鳴り響く。
『試合終了ぉ~!勝者は!ブルーコーナー、ハイネケン!』
 テンションの高い女性パーソナリティーが試合の勝敗を声高に叫ぶ。それと同時に落胆の怨嗟や歓喜の雄叫びが、バトルフィールドの外に設けられた観客席から漏れ出した。
 そのない交ぜになった喚声は、機体の集音マイクを通じて嫌でも私の耳に入って来る。
『残念ながら敗れてしまったレッドコーナーのカヴァリエにも!どうか惜しみない拍手をお願いしまぁす!』
 パーソナリティーのおざなりな定型句も、今の私には耳障りなだけだ。
「くそっ、また負けた……」
 勝ったアイツの機体【バッドアイズ】はスポットライトを浴び、反対に私の機体【キュラシェーア】はすごすごと格納スペースに引っ込まされる。観客達の関心は敗者になど無いのだ。
 アリーナの専用ガレージで機体から降り、控え室と兼用のロッカールームでヘルメットを手荒に投げ捨てる。
 アリーナの管制官に【キュラシェーア】をマイガレージまで送り届けて欲しい旨を粗雑に伝えると、パイロットスーツにフライトジャケットを引っ掛けた格好のままアリーナドームの出口に向かい早足で歩く。
 アリーナのプログラムは丁度ヒーローインタビューに差し掛かった所だ。その様子が各所に取り付けられた観戦用モニターに大写しにされ嫌でも目に入る。
「……気に入らない」
 得意気に今の試合を解説するモニターの中のアイツ――ハイネケンを一瞥すると、私はアリーナを逃げるように後にした。

 コロニー都市〈エステート〉のメインストリートをふてくされた様子で歩くこの女性の名はカヴァリエと言う。もちろんレイヴンとしてのコードネームだ。
 さきほど戦った相手のレイヴンはハイネケンと言い、簡単に言ってしまえばカヴァリエにとって目の上の瘤だ。
 レイヴンズアークの主催する地方アリーナでDクラスに勝ち上がってからというものの、カヴァリエはこのDクラスのトップに君臨するハイネケンを相手に連敗を喫していた。
 周りの人間やファン達は、機体をもう少し大人しいものに換えてはどうかと進言しているが、カヴァリエは今の機体――高火力軽量四脚機【キュラシェーア】が気に入っていると言って聞かない。当然、装備を換えるつもりなど彼女には更々無かった。
 ハイネケンの機体【バッドアイズ】は軽量二脚機で、ちょこまかと動き回って鬱陶しい。いつもカヴァリエが振り回される形となり、その度に辛酸を舐めてきた。
 カヴァリエといえば、(火力では圧倒的に勝っているのにいつも後一歩の所でやられる。単に相性の悪さで負けるに決まってる。アイツさえ倒せばもっと上を目指せる筈なのに……)と、お決まりの文句をぼやいていた。
 カヴァリエが今歩いているメインストリートから良く見える位置に設置された大きな街頭スクリーンに、『速報』と題打たれた映像が映った。それはカヴァリエを目下絶賛苛立たせ中の原因のものだ。つまり、先ほどのアリーナでの試合結果である。
 スクリーンの中の【キュラシェーア】は無様に地に伏しており、こうして改めて見ると酷く惨めな気分になる。
 何も、こんなアングルで撮らなくてもいいものを……。もう少し手心を加えてくれたって罰は当たらないではないか。
 スクリーンの中の自分に目を奪われていたために、前方に対して注意が散漫になっていた。その結果、平均よりも割合豊かな胸部で誰かを突き飛ばしてしまった。
「うわ!」
「おっと」
 前に視線を戻せば、十代も終わりくらいの青年が鼻頭を手で押さえつつ尻餅をついていた。辺りには、青年が手に持った買い物袋の中身であろう食料品が散乱している。
 ――しまった!とんだ失態だ。
「ああっ、け、怪我は無いか?私の不注意だ……申し訳ない」
「い、いえ、こちらこそすいません。俺も余所を見てたもんだから」
 カヴァリエは一言詫びを入れ、散らばったポテトやオレンジなどを拾い、青年に手渡す。
「あ、すいません手伝ってもらって」
「いや、いいさこれくらい」
 その時、遠くからヒステリックな少女の声が聞こえて来た。
「マイー!何やってんのー!時間無いんだから早くして!親方にどやされるでしょ!」
「やばっ!それじゃ俺はこれで……」
 マイと呼ばれた青年は、その声に応じるように駆け出して行った。
 カヴァリエは立ち上がって膝に着いた塵を払うと、そのカップルの姿を腕を組みながら少しだけ物憂げに見送る。
「やはりあれくらいの年代なら、恋人の一人や二人居るものなのか……」
 大いに偏見の混ざった呟きを漏らすカヴァリエ。
 そういった華やいだ話題に興味はあるものの、如何せんレイヴンという仕事柄が出会いそのものを欠如させていた。
 右手にあったマーケットのガラスウィンドウに映る自分の姿を見直してみる。
 ポニーテールに結わえた黒髪は最近手入れをサボり気味で毛先が傷んでしまっているが、それ以外の容姿は悪くない……と思う。自信を持って「私は美人!」とは言えないが、平均よりは幾分上の容姿の筈だ。レイヴンの性としてある程度筋肉は付いているがバランスを崩す程ではなく、スタイルは割と良い方だと思う。
 だと言うのに、周りの男やアリーナのファン共と来たら、口を揃えて「今日はかっこよかったぜ!」とか「豪快なファイト期待してるぜ!」とか「あんな野郎血祭りに上げてやれ!」とか、そんな事ばっかりだ。
 別にアイドル的な扱いを期待しているわけではないが、周りの扱いにだって問題の一端はあると思う。これではゴツいレスラーの応援と変わり無いではないか。
(やはり愛嬌が必要なのだろうか?)
 カヴァリエは道の往来ということも忘れ、足を止めて思い悩む。
 グローバルコーテックスが主催するどこぞのアリーナでは、赤毛の中華系女性レイヴンが大変な人気を博しているそうではないか。
 しかもそのレイヴン、ブロマイドがアンダーマーケットで高値で取引される程の人気らしい。
 ニュースの映像で僅かに見た程度で朧気だが、確かに人を惹き付ける愛嬌みたいなものがあった。
(む……、やはり愛嬌か)
 試しにマーケットのガラスウィンドウに『愛嬌のある笑顔』を作ってみる。
 すると、店内に居た小さな男の子とガラス越しに目が合った。
 その男の子はカヴァリエの笑顔を見ると――――泣きながら母親の下に逃げて行った。
(失礼なクソガキめ!)
 まったく、どいつもこいつも気に入らない奴ばかりだ。
(……こういう時はあそこに行くのに限る)
 カヴァリエは子供が逃げ出した笑顔から仏頂面へ顔面をシフトさせると、気が立った時に何時も行っているとある店に向かった。

 その店はアリーナドームのある興行区からさほど離れていない所にあった。
 居住区に程近い路地にひっそりと佇んでおり、年季の入った店構えからはその店の深い歴史が垣間見える。
 ――カフェレストラン〈コンフェシオ〉――
 木で出来た重く分厚いドアを片手で開けると、ドア上部に取り付けられた真鍮の鐘が軽やかに鳴る。
 内装やテーブル席は落ち着いたアンティークの調度品で設えられており、マスターの人柄が窺える。
 照明にBGMも控え目に抑えられ、店のシックな装いを崩すこと無く良い塩梅で調和していた。
 しかし、店内は昼前という書き入れ時の筈だが、他に客は誰一人居なかった。但し、いつ来てもこの店はそうなのである。
 絶妙な雰囲気ではあるが、何故か流行らないのだ。
 カヴァリエはそのまま迷うことなく店内を進み、七つあるカウンター席の右端に腰を下ろした。店構えと同様に年季の入ったスツールが、カヴァリエの重い尻を受け止めて軋む。
 「いつものヤツ」と仏頂面の常連客から注文を受けた初老のマスターは、壁面に取り付けられたこれまた骨董品並に古臭いホロビジョンから顔を引き剥がし、合点のいった様子で厨房に引っ込んだ。
 特に何をするでもなく、注文した品を只待っていたカヴァリエの鼻腔を芳しいアロマの香りがくすぐった。
 日によって変わる今日のアロマのフレーバーはラベンダーのようだ。
 五分程で戻って来たマスターの手には、チョコレートやフルーツで華麗にデコレートされたパフェグラスが握られている。
 カヴァリエの前にチョコレートパフェと柄の長いスプーンを置き、サーバーから熱いコーヒーを注いで供に添える。ミルクも砂糖も要らないカヴァリエの好みは把握済みだ。
 一仕事終えたマスターは、無言でまた元の位置に腰掛けると番組の観戦に戻って行った。
 カヴァリエはスプーンでチョコクリームを一口すくい、口に運ぶ。途端に甘い香りが口に広がり、ずっと仏頂面だった顔が破顔した。眉尻はだらしなく垂れ下がり、恍惚が苛立ちを綺麗に洗い流して行く。
「……ああ、やはりここのチョコパフェは最高だ……」
「そりゃどうも」
 カヴァリエの讃辞にも、マスターは素っ気なく返すのみだ。しかし、この無愛想な彼の態度も慣れた。今では余計な雑談をしない分、カヴァリエにとっては重宝する店であった。
 チョコスポンジに溶け掛けたバニラアイスを絡めて頬張っていると、真鍮の鐘が再び軽やかに鳴った。珍しくカヴァリエ以外の客が来たらしい。
「……いらっしゃい」
 どうやら初見客のようだ。寡黙なあのマスターが自分から声を掛けるということは、つまりそういうことなのだ。
 やって来たのは禿上がった頭に白髭を貯えた老年と、過分無く鍛えられた体付きを持つ人懐っこい顔をした青年の男二人組みだった。くすんだブラウンの髪を持つ青年はカヴァリエより幾つか年下に見えるが、老人の方はその三倍は歳を食っていそうな出で立ちだ。だが、高齢の割には背筋も伸び、その双眸には並のチンピラなど及びもつかない眼力がある。耄碌した只のジジイでは無いとその身に纏う空気が静かに物語っていた。
 二人はカヴァリエと反対に、カウンターの左端に腰を下ろした。
「何に致しましょう」
「ワシはホットをくれ。グレイ、お前はどうする」
「俺はアイスで」
「かしこまりました」
 岩の擦れ合うような低い声と、歳相応のハツラツとした声でそれぞれがそれぞれの注文をした。
 注文を聞き、マスターが二人分の飲み物を用意する。その様子を横目で観察していたカヴァリエは興味が失せたのか手元のパフェに意識を戻した。堅気ではなさそうな一見客は確かに珍しいが、今はパフェと戯れる方が大事だった。
「しかしグレイよ、お前の今回の依頼、中々上手くやったようじゃな」
「ええ、まあだいぶ実戦にも慣れてきましたし、機体もそれなりの物に変えましたからね。それに先生の教えがいいからというのもありますよ」
「コヤツめ、口先も上手くなりおったか!わっはっは!」
 聞き耳を立てているわけではなかったが、老人の声がヤケにデカいので嫌でも内容が分かる。
(……ふーん。コイツら同業者か)
 機体を変えたというのはACのアセンブリのことだろう。
 交わされる会話の端々から漏れる単語や、一般人とは明らかに違う空気を纏っていることからしても、この二人組がレイヴンであるのはカヴァリエの予想した通りであった。自分と同じ『人殺し』の臭いを感じていたからだ。
 オフの時に同業者と出会うのは珍しいが、さりとて出会った所で何もすることは無い。公私の分別をしっかり付けるのもレイヴンたる一因なのだ。戦場ならともかく、今ここでは只の一市民に違いない。
 カヴァリエはほんの少しだけ二人組に意識を割き、少し温くなったコーヒーに口を付ける。すっきりとした苦味が甘さに慣れた舌に心地良かった。
「ああ、店主よ。ちょっとチャンネルを変えてくれんか?今日のアークアリーナのランクマッチを見逃してしまってのう」
 カヴァリエのスプーンを操る手が止まる。
 だが、すぐにその硬直は解かれた。
(平常心だ、平常心……よし、大丈夫)
 マスターは渋々といった様子でチャンネルを変えると、画面がドキュメンタリー映像からアリーナ専門のニュース映像に切り替わる。
『――のように、昨今のアリーナでは新人レイヴンの台頭が目覚ましく、古参レイヴンと言えど油断できない状況ですねぇ』
 画面内ではアリーナ評論家と書かれたネームプレートを前に置いた態度のでかい中年男性が、隣に並ぶ男性キャスターに高説をぶちまけているところであった。
『なるほど、これからのアリーナ情勢からますます目が離せないということですね!――さて、続きまして速報です。本日コロニー都市〈エステート〉で行われたアークアリーナのDクラスランキングマッチの模様をお届けします』
「おお、グッドタイミングだったようじゃな」
 老レイヴンが目当てとしているコーナーは丁度今から始まるところのようだ。
『今回の挑戦者はカヴァリエ。そしてその挑戦を受けるのはハイネケンです。両者は幾度となく激突してきましたが、未だにカヴァリエは勝ち星に恵まれていません』
『カヴァリエのAC【キュラシェーア】は遠距離からの射撃戦を身上としてますが、逆にハイネケンのAC【バッドアイズ】は機動力を活かしたインファイトを得意としていますねぇ。今までは【バッドアイズ】が【キュラシェーア】の懐に潜り込み、危なげなく勝利していますねぇ』
『それでは早速リプレイ映像を見ていきましょう!』
 司会役のキャスターがそう言うと画面の映像が切り替わる。
 アリーナドームには高性能カメラが随所に取り付けられている。その高性能カメラがバトルをどんな角度からでも捉え、お茶の間で待つアリーナファンに迫力ある映像を余す所無くお届けする、という寸法だ。
 実際にカメラの撮影技術は素晴らしく、どんな醜態だろうと見逃さない。つまり、こんな風に――
『あぁーっと!【キュラシェーア】がまたもトップアタックからの攻撃に滅多打ちぃ!こーれーは痛い!』
『そうですねぇ、やはり今回も同じ切り口で崩されていますねぇ。言い方は悪いですが、カヴァリエも学習しませんねぇ、はっはっは』
(言いたいことを言ってくれる……)
 自分の映るリプレイ映像を睨み付けていたカヴァリエが胸中で呟く。
 ハイネケンの攻撃法なら、自分は既に何度も研究してきたのだ。だが、ヤツには同じ方法でいつもやられる。あの、接近してからのトップアタックでだ。
 距離を離そうとしても、相手の機動力の方が高くて引き離せない。かといって接近される前にケリをつけようにも、レールキャノンの一撃程度では終わらない。
 いいように壁際まで追い詰められ、回避もままならず滅多撃ちだ。
 ハイネケンもブレードの脅威を知ってか、こちらのブレードレンジまでは接近して来ないのだ。
 正直な所、確かに自分と【キュラシェーア】は接近されると脆い。遠距離仕様のサイトは狭く、相対距離を縮められると、どうしてもロックオンの維持が難しくなる。
 反対にヤツの【バッドアイズ】は接近戦こそが売りの軽量機だ。それに加え右手のバズーカ一挺ではダブルトリガーである【バッドアイズ】とのダメージレースには競り勝てない。
 相手の土俵でしか戦えないのと、対策も出口が見えない故に迷走していることも相俟って、最近は自棄になっていたことも否定はしない。
 だが、外からのうのうと見ているだけの連中に、とやかく言われる筋合いは無いではないか!
 怒りがぶり返してきたのか、カヴァリエの握るステンレスのスプーンが不穏な音を立てて軋んでいた。
「なんじゃ、つまらんのう……。もう勝負が決してしもうた」
 老レイヴンはそんなカヴァリエの様子などつゆ知らず、映像を見てただ退屈そうに感想を漏らす。
 画面内の【キュラシェーア】は無様に膝を折り、格納スペースに引き下げられる所だった。
 見せ場も盛り上がりにも欠けている。確かに観客にはつまらないだろう。
 しかし、一番面白くないのは他ならぬカヴァリエ自身だった。
「そもそもあの機体コンセプトで接近戦に分が無いことを理解しておらんのかのう?少しはアセンを変えれば結果は違って来るかもしれんに」
 それも既に考慮した。だが、ヤツを倒すまではアセンブリを変えるつもりはない。それが自分の信念なのだ。
「上を取られたらそのままズルズルとハイネケンとやらのペースだな。左手のブレードは飾りかのう……まるで機能しておらんわい」
 そんな事は分かっている。同じく空中に上がれば、ヤツは更に上を取ってくる。重量とコンデンサーの容量の差で同高度を維持することは無理だった。
 ブレードだって、こちらが斬り掛かるために距離を詰めても、同じ分だけ下がって意味がない。
 実際に戦ってもいない外野の野次がこんなにも苛立つのは初めてだ。
「アークのアリーナも質が落ちたようじゃな。ワシの知る頃とはえらく変わってしもうた」
 カヴァリエの額に青筋が浮かび、それを見たマスターが厨房に退避した。
「まあ、この程度のセンスの無い若手しかおらんようでは、アークの先も見えるというものよな……」
 コーヒーのカップに口を付けながらそう酷評する老レイヴンを見た時、カヴァリエの中で物理的に何かが切れる「ブチッ」という音がした。
 ゆらり――と、立ち上がったカヴァリエの手に長柄のスプーンは握られていない。見ると、床には真ん中で二つにへし折れたスプーンが転がっていた。
「……オイ、ジジイ」
 ドスのきいた声を腹の底から出し、カヴァリエが二人組に近付いていく。
「うん?何じゃお主」
「……貴様が、今センスの無いと言ったアークの若手レイヴンだよ」
「なんと……」
 今まで本人の目の前で堂々と批判的なコメントをしていたと気付き、老レイヴンの顔にはありありと狼狽した様子が見て取れる。
「ジジイ、そこまで大口叩いたんだ。それなりの覚悟は出来てるんだろうな?」
 一触即発の雰囲気が狭い店内に漂う。
 老レイヴンは長く伸びた白い顎髭を撫でつけてカヴァリエを見上げていた。その顔に先程までの狼狽した様子は既に無い。
「覚悟、とは?」
「貴様もレイヴンなんだろう?ならば決まっている。私と決闘する覚悟だ」
「ほう……」
 老レイヴンは何かを思案するように腕を組み、沈黙する。
「どうした、今更怖じ気づいたのか?今すぐここで土下座するなら、……まあ、見逃してやらなくもないが?」
 挑発的なカヴァリエの言葉に気を悪くした様も無く、連れである若い男性レイヴンとカヴァリエを見比べていた老レイヴンが口を開いた。
「自分で撒いた種じゃ、仕方あるまい。……よかろう。相手をしてやるわい」
「そう来なくてはな」
 カヴァリエは自分の席の前にチョコレートパフェとコーヒー分の代金を置き、既に店を出る用意を済ませていた。
「ワシが個人的に借りておるトレーニングスペースがある。そこならドンパチしようが誰も文句は言わんじゃろう。カヴァリエ……だったな?場所のデータは送っておく。機体を運び込んで貰うのも好し、そのまま乗り入れるも好しじゃ」
 老レイヴンも自分の代金を前に置き、手元の小型通信端末から何かを送信していた。
 間を置かずにカヴァリエの通信端末が軽やかな着信音を奏でる。見れば、仕事用で取得したアドレスに素っ気なく場所データのみが送り付けられていた。
「時間を指定するまでもなかろう。ワシらはそこで待つよ。店主、御愛想はここに置いとくぞ、ごっそさん」
「逃げるなよ?」
「この期に及んで逃げはせんよ。行くぞグレイ」
「えっ、ああ、はいはい」
 カヴァリエに背を向けたままそう言い残し、老レイヴンは青年を連れだって真鍮の鐘を鳴らしコンフェシオから出ていった。
「フン、妙に肝の据わったジジイだ。……気に入らないな」
 カヴァリエもコンフェシオを後にし、自分の貸しガレージへ向かう傍ら、送られて来た場所データをナビゲーションシステムで検索する。
 一致する検索結果を表示した通信端末の画面を見たカヴァリエの表情が怪訝なものに変わった。
「この場所は……」
 その場所とは、およそ個人がトレーニングスペースとしてレンタルするにはそぐわない所であった。
「あのジジイ何者だ?」
 【キュラシェーア】の待つガレージにカヴァリエは早足で向かう。
 その脳裏には、既に想定敵として威圧感を放つ老レイヴンの姿があった。

 コロニー都市〈エステート〉にはアリーナドームが二つ存在する。
 一つはレイヴンズアークが管理運営するアリーナ。
 そしてもう一つが、今カヴァリエが【キュラシェーア】に乗って立つこのナーヴスコンコードのアリーナである。
 耐爆耐衝撃仕様の建造材で造られたバトルフィールドは、その長年の歴史を物語る弾痕や傷がアチコチに付いている。
 アリーナのランキングマッチが開催されるともなれば、熱狂的なファンで埋め尽くされるであろう観客席も、今は貸し切られているために人の姿は無い。
 かつては隆盛を誇ったコンコードアリーナもアークアリーナやコーテックスアリーナの台頭により時代の脇に追いやられた。
 そのためコンコードアリーナは開催自体が稀になってしまったが、未だファンに根強い人気を持つ有力レイヴンが存在するのも事実であり、如何にレイヴンであろうとも個人でこのアリーナドームをレンタルするには相応の力と金、そして何よりもコネクションが必要不可欠である。
 言い換えるなら、それらを持っているということだ。この、重量二脚ACを駆り【キュラシェーア】の前に立つ老レイヴンは。
『勝敗はアークアリーナ公式ルールに倣い、双方いずれかの機体APが0を割った場合、継戦能力及び戦闘意思が無くなった時点で決するものとする。これでよいな?』
「異存は無い。……が、一つ聞く」
『何かね?嬢ちゃん』
「――名乗れ。私はまだ貴様の名を聞いていない」
 余程のクラスのレイヴンの筈である。カヴァリエは確かめずにはいられなかった。
『んむ?まだ嬢ちゃんに名乗っておらなんだか、これは失敬。ワシの名はアンクル、そしてワシの愛機【アイムール】。見知り置くのは自由じゃ、好きにせい』
「アンクル……、では貴様が、あの叡翁……!」
『大層な二つ名はあまり好かんが、確かにそんな呼び方をする者も中にはおる』
「成る程な……。そうであるのならば逆に御目汚しの無礼を詫びねばなるまい」
『いや、ワシも存外と口が過ぎたようじゃ。年寄りの性でな、許せ』
「いやいいさ。それに、彼の叡翁と一戦交えることが出来るんだ。むしろ感謝したいくらいだよ」
『……ワシの得体を知って尚、引く気は無いと言うのだな?』
「当然だろう。例え相手が誰であったとしても、矛を収める気は素より無い」
『それによって命を落とすことになってもか?』
「くどい。その時は私の力が至らなかっただけだ」
『確かに、これ以上の問答は無粋じゃの。よかろう――行くぞ』
 その言葉を口火として、【アイムール】が弾丸の如く真っ直ぐに突進して来る。
 既に臨戦態勢だった【キュラシェーア】のロックオンサイトの中で、徐々に【アイムール】はその大きさを増して行く。
 彼我の相対距離が七00メートルを切った所で、チャージを完了したレールキャノンが加速されたエネルギーの弾体を打ち出した。
 レールキャノンが狙い違わず【アイムール】の脚部を穿つと思った刹那、まるで最初から弾道が分かっていたかの如き挙動で【アイムール】が進行方向を変化させる。重量級の巨体を一瞬だけ振るように動かすと、レールキャノンの弾体はすり抜けるかのように外れ、背後の床面に突き刺さった。

→Next…


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