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「Intermission -operation bitter and sweet-*


 執筆者:クワトロ大尉(偽)


 ―Main story シルヴィア&エイミ―

 リヴァルディ艦内の一室。簡素で無骨な造りの部屋であるが、可愛らしい小物や家具が置かれていることから、一目で年頃の女の子が使っていると分かる。
 その部屋のベッドの上で、ティーンズ向けの雑誌とにらめっこをしている一人の少女。リヴァルディの若きレイヴン、シルヴィア・マッケンジーは雑誌の特集記事を見ながら一人、悶々と悩んでいた。
「うーん……どうしよう。作り方は大体分かったけど、経験がないからなぁ」
 彼女が見ている誌面にはファンシーなイラストと共にあるお菓子の作り方が掲載されていた。様々な形をした、光沢のあるブラウンの菓子。老若男女問わず人気のある魅惑のスウィーツ、チョコレートだ。
 シルヴィはふと壁に貼られたカレンダーを見る。今日の日付は2月7日。そして、その一週間後の日付には申し訳程度に赤マル印が記入されている。
「あーもう、どうしよう……。あと一週間しかないよ」
 そう、彼女はある目的のためにチョコレートを作ろうと考えているのである。
「でもボク、お菓子どころか料理もマトモに作ったことないし……」
 ふぅ、と嘆息し、雑誌を閉じてベッドの上に放り投げる。
 気分転換にデッキに出て新鮮な空気でも吸おうと考え部屋を出るが、悩みが頭を占めてどうしても視線が下に向いてしまう。
 そのまま肩を落としつつ通路を歩いていると、いきなり顔面にふんわりと、しかし張りのある圧力が襲う。顔に当たった柔らかな物体の弾力にはじき返され、その場で尻もちをついてしまった。
「「きゃっ!?」」
 女性の悲鳴が共鳴する。どうやら通路の角で誰かと出合い頭にぶつかってしまったようだ。
「いたた……」
 シルヴィは小さなお尻に少しの鈍痛を感じ、顔をしかめる。この年になって尻もちをつくなんて恥ずかしいと思いつつ腰を上げようとしたシルヴィは、「ごめんねシルヴィちゃん。大丈夫?」という聞きなれた声にハッとして顔を上げた。
シルヴィの目の前には微笑みながら彼女に向かって手を差し伸べる妙齢の女性がいた。
『エイミ・ツザキ』リヴァルディのオペレーターでシルヴィにとっては数少ない女性の悩みを相談できる、お姉さんのような存在だ。
 シルヴィは差し伸べられた手を取ろうとした。しかし前かがみになっている事で、エイミの大きい胸が形成する殊更に強調された深い谷間が目に飛び込んできた。無意識のうちに自分の胸元に視線を落とし、さらに気分は沈んでゆく。
「ちょ、大丈夫? そんなに痛かった!?」
 彼女の事を本気で心配する声音にシルヴィは我に返り、再び視線を上げる。そこには困惑した表情の優しそうな顔があった。
「あ、ごめんなさい! 大丈夫です!! ボクの方こそ、ぼーっとしてて。エイミさんは大丈夫ですか?」
 シルヴィの言葉を聞いて、ほっとした表情を緩ませるエイミ。
「よかった。私は大丈夫よ。ちょっとびっくりしたけどね」
 お尻を払いながら立ち上がるシルヴィにエイミは問いかける。
「どうしたの? ぼーっとして、何か悩み事?」
「あ、別に大したことじゃないんです……」
 シルヴィは何度かエイミに悩みの相談に乗ってもらった事がある。だから表情から読みとられてしまったのだろう。その時、ふと彼女の頭にひらめきが走った。
――そうだ! エイミさんなら知ってるかも!!
シルヴィは心配そうに彼女の顔を覗き込むエイミの目を見ながら、意を決して聞いた。
「エイミさん! 突然なんですけど、チョコレートって作った事ありますか!?」
 シルヴィの唐突な質問に、眼を丸くするエイミ。
「チョコレート? そうねぇ、ハイスクールの時に……」
 そこまで言って、エイミはピンと来た。
――今日は2月7日よね。その一週間後は……。
 クスっ、と微笑むエイミ。真剣なシルヴィに失礼だとは思いつつも微笑まずにはいられなかった。
「エイミさん?」
 何かおかしな事でも言ってしまったのだろうかと戸惑うシルヴィに、エイミは姉のように優しく語りかける。
「分かったわ。ここじゃ何だし、私の部屋に行きましょうか」

「どうぞ、そこに座って」
 エイミの部屋へ入り、勧められた椅子に座る。
 シンプルな家具と、所々に置かれている可愛らしい小物や柔らかな色調の寝具などが、彼女の性格をよく表している。シルヴィとはまた違った意味で女性らしさの溢れる部屋だ。
「コーヒーでいいわよね?」
「あ、いえ。お構いなく……」
 シルヴィは借りてきた猫のように縮こまっている。きっと悩み事が頭を占めて、いっぱいいっぱいになってしまっているのだろうとエイミはコーヒーメーカーを操作しながら思う。
 そんな初々しいシルヴィの様子を見てエイミは微笑ましい気持ちになる。レイヴンといえどもACを降りれば年頃の女の子なのだ。
エイミはオペレーターとして戦場に臨むシルヴィを見ていて気がかりな事があった。16歳といえば、女の子にとって人生の中でとても楽しい時期だ。学校に通い、友達と遊んだり、ちょっと背伸びをしたファッションに挑戦してみたり、本気の恋をしてみたりと数えきれないくらいの楽しい経験ができる、人生においてとても貴重な時期と言っても過言ではないだろう。
しかし、シルヴィはそうではない。レイヴンとして苛烈な戦場に身を置いているのだ。当然のように楽しい学生生活とは縁遠い生き方を強いられる。
自分だってオペレーターになるまでは戦場とは無縁の、ごくありふれた生活に身を置き、学生生活を満喫していた。それを思うと、同じ女性として少しでもシルヴィの支えになってあげたいと思うと同時に、女の子らしい気持を忘れないでほしいとエイミは常々考えていたのである。
しかし、その考えが杞憂だったことに嬉しさが込み上げてくる。それに、今回の彼女の悩みについて、エイミは大体の察しがついていた。それを思うと、嬉しさと微笑ましさが融合してとても暖かい気持ちになる。
コーヒーをシルヴィの前に差し出し、丸型テーブルを挟んで対面の椅子に腰かける。
「それで、どんなチョコをマイ君に送ろうと考えてるの?」
「ふぇっ!?」
 不意を突かれたシルヴィは耳まで真っ赤になってしまった。
「な、ななな、何で? どうして分かったんですかエイミさん!?」
「同じ女だもの、それくらい分かるわよ。それに、この時期にチョコレートって言ったらあのイベントしかないでしょ?」
 そう、今日からちょうど一週間後の日付は2月14日。男女共に色めき立つ日、バレンタインデーだ。
 シルヴィは真っ赤になり俯きながらも、ぽつぽつと自分の胸中を語り出した。
「マイがボクのことをどう思ってるのか分からないけど、その……このままじゃ何も変わらないかなって。マイって、鈍感だし……」
 それを聞いたエイミは苦笑いするしかなかった。確かにマイは恋愛事に対して鈍感と言わざるを得ない。それに、彼にとってみればシルヴィは妹の様な存在なので、余計に恋愛対象に入りにくい。
 エイミにはシルヴィの気持ちが良く分かった。彼女もまた自分のパートナーの鈍感さに悩まされているからだ。彼女の思い人であるシーア・ヘルゼンもまた恋愛事には物凄く疎い。
――なんであんな機械バカ好きになっちゃったのかしら……。
 そう思ったところでエイミはハッと我に返る。今は自分のことを考えている場合ではないと思い、エイミは意識を会話へと向き直す。
「確かにね~、マイ君って他人の気づかいはできるのに、女心にはなぜか疎いのよね」
「それに……その、イリヤも凄く可愛くていい子だし、私と違って見た目も女の子っぽいし……。あ、でもイリヤのことがキライってわけじゃなくて……でも……」
 確かにイリヤのことをマイはとても気にかけている。それは好意からではなく、責任から生じる行動であるとリヴァルディの誰もが理解している。
しかしそうと分かっていても、シルヴィにとって好きな人が別の女の子のことを構っているのは、あまり気分のいいものではない。しかもマイにとって兄妹の様な存在のシルヴィは気を使う必要があまりなく、余計に拍車がかかっている状態だ。
「だから……自分の気持ちをはっきり伝えれば、マイもボクのことを……少しは、その、えっと……お、女の子として見てくれるかなって……」
 シルヴィの顔は湯気が立ちそうなほど真っ赤になってしまっている。いくら女同士とはいえ、自身の恋心を他人に話すのはやっぱり恥ずかしいのだろう。
「もういいわ。シルヴィちゃんの気持ちはよく分かったから。じゃあ、ここで一つ鈍感なマイ君に目に物見せてあげなきゃね!」
 俯いていた顔をハッと上げ、眼を見開くシルヴィ。
「協力してくれるんですか!?」
「もっちろん! すっごいチョコレート作って、マイ君に思い知らせてあげないと。こんなにカワイイ女の子が、マイ君のことを好きなんだぞーっ!って」
「ふぇっ!? ボ、ボク可愛くなんか……」
 再び自信なさげに俯いてしまうシルヴィにエイミは微笑みながらも諭すように言う。
「そんなふうに思っちゃダメよ。相手に気持ちを伝えるんだから、自信を持たないと。大丈夫、シルヴィちゃんは充分魅力的よ。そうだ、当日はおめかしして、いつもとは違うシルヴィちゃんの姿を見せればいいのよ!」
 すっかり乗り気のエイミは、まるで自分の事のようにはしゃいでいる。それを見て、シルヴィはホッと胸をなでおろすと同時に嬉しさが込み上げてきた。
 ――よかった、エイミさんに相談して。これなら、上手くいくかも……。
 対するエイミも、同じ女性として、こういったイベントに胸を躍らせずにはいられなかった。もちろんシルヴィの為ではあるが、考えを巡らせるだけでテンションが自然と上がってくる。そこではたと、ある考えが浮かび動きを止めるエイミ。
 ――そうだ……これは私にとってもチャンスじゃない? そうよ、そうだわ!!
 突然黙ってしまったエイミを心配そうに覗き込むシルヴィ。
「あの~……エイミさん?」
 ――普段から私のことを考えてるんだか考えてないんだかイマイチよく分からないあの機械バカに思い知らせる千載一遇のチャンスだわ!
 そうして心配そうに見つめるシルヴィの前に立ち、両肩をがしっと掴むエイミ。その目は、まるでこれから決闘に行くかのように鋭かった。
「ひゃっ! エ、エイミさん!?」
「シルヴィちゃん、私も作るわ。チョコレート」
「へ?」
 思わず間の抜けた声を上げてしまうシルヴィ。すでに恋人同士の間柄にあるエイミになぜバレンタインチョコが必要なのだろうかと首を傾げる。
 実際のところ、エイミとシーアは友人以上恋人未満のような曖昧な関係なのだが、少なくともシルヴィの目からは恋人同士に見えるのである。
「あの機械バカに、自分がどれだけ愛されてるのか、この際ハッキリ分からせてやるんだから!」
 それを聞いて、きょとんとするシルヴィ。
「機械バカって……シーアさんのことですか?」
 ますます分からないといった表情を浮かべるシルヴィ。エイミに問いを投げかけてみるも、答えは返ってこない。
 疑問符を頭上に浮かべるシルヴィをよそに、エイミは胸中で決意を固める。
 ――どうして好きになったのかなんて重要じゃないわよね。だって好きになっちゃったんだから。だったら、それを示せばいいのよ!
 そうしてシルヴィの目を見ながらエイミはハッキリと宣言する。
「シルヴィちゃん、これは戦争よ。意中の男の子を仕留める女の戦いなのよ!」
 エイミの真剣な言葉と眼差しを受け止め、シルヴィも決意を一層固くする。
 好きな相手に気持ちを伝えるという思いを共にしているのだから、些細な疑問など最早どうでもよくなっていた。
「……はいっ!」
 意気投合する二人。この瞬間、新たなるレイヴンとオペレーターのコンビが誕生した。
「オペレーション『bitter and sweet』発動ね!」
「はいっ!」
 難攻不落のレイヴン二人を打倒するため、密かに闘志を燃やすシルヴィとエイミであった。


 ―Side A アリス&メイファ―

「ん~、どんな味にしようか迷っちゃうわね~」
 エデンⅣの興行区画にある巨大なショッピングモールの一画。甘い香りが漂う洋菓子専門店に人目を引く二人の女性の姿があった。
 一人は翡翠色のチャイナドレスを身に纏った鮮やかな赤い髪の女性。服は落ち着いた色調だが、左側に入る深いスリットからすらりと伸びる脚は見事な曲線美を描いており、ぱっと見は扇情的だが、彼女の持つ明るい雰囲気がそれをすぐに健康的な美へとシフトさせる。
 その横に寄り添う小さな影。煌びやかなプラチナブロンドと大きな紅い瞳が印象的な少女は、隣のチャイナドレスの女性に負けず劣らずの存在感を放っている。
 彼女が身に纏うのは黒いゴシックロリータ。しかもそれは洋服専門店で作られたオーダーメイドで、ミステリアスな雰囲気と気品を併せ持ったその黒衣を少女は完璧に着こなしていた。
 この異質な外見の二人組は他人の目など一切気にせず仲良くショッピングを楽しんでいた。
「アリスちゃんはどんな味がいいの?」
「えーと……あまいけど、あまくないの」
 アリスと呼ばれた少女は、拙い言葉で自分の考えを伝える。
「甘いけど、甘くない……。ん~、甘さ控えめって事かしら?」
 少女の拙い表現を咀嚼しながら考えていると、くいと指を引かれる。
「メイファおねーちゃん。これはどんなあじ?」
「ん? どれどれ」
 アリスが指差したのは深い茶色のチョコレートだった。今いるコーナーは手作りチョコレート用の材料が置いてある所なので、形は切り出したままの板状になっている。
「これはビターチョコね。試食してみる?」
「ししょく?」
 聞き慣れない言葉に首を傾げるアリス。
「試しに食べるっていう意味よ」
「たべてもいいの?」
「どんな味か分かってないと、考えていたのと違うのが出来ちゃうでしょ?」
 メイファはそう言いつつ、透明なプラスチックの小箱から正方形にカットされたチョコをプラ製のフォークに刺して、アリスの前に差し出す。
「はい、どうぞ。アリスちゃん」
 アリスはチョコが刺さったフォークを受け取ると、それを一口でほおばり、もにゅもにゅと味を確かめるように咀嚼する。
「ん~……、ふみゅ!?」
 すると突然アリスの表情が曇る。まるで苦虫を噛み潰したような顔になり、若干目を潤ませながらメイファを見上げた。
「……あまくない」
 その愛らしい表情を見て、メイファはアリスを抱きしめたい衝動に駆られるが、それをぐっと堪える。
――あぁ、もうっ! なんてラブリーな顔をするのっ!! アリスちゃんの萌え萌えパワーは無限大ね! でもダメよ私っ、今日のアリスちゃんは真剣なんだから、私もそれに応えないと!
などと考え、頬が緩むのを必死で堪えつつ、口直しにミルクチョコレートの試食品を手早く取り出してアリスへと渡す。
「はい。これは苦くないから」
 アリスは無言で受け取ると、素早く口へ放り込む。すると今度は口を動かすたびに表情が柔らかくなってゆく。口の中のチョコレートが全てなくなる頃には、元の表情に戻っていた。
「大丈夫? アリスちゃん」
「へいき。ちょっとびっくりしただけ」
 アリスの味に対する感想を聞き、メイファもアリスが食べたビターチョコを手に取り、一口ほおばってみる。確かに苦み走っているが、適度に甘さもあり、しっかりとカカオの味がきいている。大人ではそれ程でもないが、やはり子供の味覚では苦すぎるのだろうか。
「ちょっとアリスちゃんが食べるには苦かったかしらね」
 そこでアリスは何故かきょとんとした表情になった。
「メイファおねーちゃん。『にがかった』って、どういういみ?」
 それを聞いた途端、メイファの疑問が一気に解決した。アリスは単に『苦い』という表現を知らなかっただけなのだ。
 ――なるほど……だから『甘いけど甘くない』ってワケね。
 確かに今までアリスと過ごした記憶を大まかに遡ってみても、アリスが苦みのある食べ物を口にしたことなど無いかもしれない。ソリッドも、わざわざ進んで食べさせたりはしなかっただろう。
 メイファは微笑みながらアリスに向き直ると、屈んで目線を合わせる。
「『苦い』っていうのは、一般的に『甘い』の反対の意味と思っていいのよ。だから、さっきアリスちゃんが言った『甘いけど、甘くない』っていうのは『苦い』っていうのと同じ意味ってワケ」
「にがい……。わかった、メモリーする。でもこれは、にが……すぎ?」
「あ、思ってたものより苦かったんだ。そうねぇ、確かにコレで作っても、ちょっと苦すぎるかも」
 アリスはしばらく黙って考えているようだったが、ふと思いついたように顔を上げ、メイファを見上げながら言った。
「メイファおねーちゃん。さっきのにがいのと、あまいのの、まんなかくらい」
「甘いの? 口直しに食べたミルクチョコレートのこと?」
 メイファは先程アリスに手渡したミルクチョコの試食品を口に運ぶ。ミルクチョコ特有の柔らかな甘みが口に広がる。が、大人が食べるには正直甘すぎる。
 確かにアリスが言うとおり、このミルクチョコと先程のビターチョコを半分ずつ合わせれば、甘みも苦みも丁度いいバランスになるだろう。
「アリスちゃん、ナイスアイデア! これならきっと、ソリッドも好きな味になると思うよ」
「ほんとう?」
 それを聞いたアリスは、少し頬を赤く染めながら、にっこりと微笑んだ。
 ――はうっ! アリスちゃん、あなたの笑顔の威力は核ミサイル級よ! そんな風に微笑まれたら私、どうにかなっちゃいそうだわ!!
 などと思いつつ、胸中で悶絶するメイファをよそに、アリスは疑問を口にする。
「あ……、かたちはどうするの?」
「え!? あ、形?」
 アリスの声で我に返るメイファ。ちなみに本人は全く気付いていないが、アリスの可愛らしさに胸中で悶絶している間、無意識に顔がニヤけており、傍目から見ると親バカの若い母親にしか見えなかった。
 ソリテュードが傍にいれば嗜めるだろうが、今回は不在だった。そもそもこの場に彼がいると、二人の計画そのものが立ち行かなくなってしまう。
「形は型枠があるから大丈夫。デコレーション用のトッピングもたくさんあるから、心配しないで」
 メイファはビターとミルクの材料用チョコレートをそれぞれ手に取り、他にデコレーションの為のトッピングを数種類加え、レジへと向かった。
「これでバッチリね。んふふ、楽しみ」
「たのしみー」
 二人で手を繋ぎながら洋菓子店を後にする。帰り道の途中、ふとメイファは思いついたことがあった。
「ねぇ、アリスちゃん。どうしてソリッドが甘さ控えめの味が好きだと思ったの?」
 アリスはメイファの質問を聞いて、目を数回瞬かせた後、ゆっくりと口を開いた。
「ソリッドがたべてたケーキを、なんかいかたべさせてもらったとき、ぜんぶあんまりあまくなかったから」
 それを聞いて、メイファは過去にソリッドと食べたことのあるスイーツを思い出してみた。
 ソリッドは意外にも甘党で、スイーツ好きだったりする。ただ、食べるのは甘さを控えたチーズケーキやレモンパイなどが多く、ショートケーキなどはあまり口にしない。
 ――ちゃんと味を覚えてたんだ。やっぱりアリスちゃんも普通の女の子と変わらないのよね。
 アリスのことを以前から知っているメイファにとって、それは驚くと同時に嬉しいことだった。最近は色々な事に興味を示し、自分の事も随分話すようになってくれた。
「うまくつくれるかな」
「大丈夫、私がちゃんと教えてあげるから。すっごく美味しくてカワイイの作ろうね」
「うん」
 二人は微笑み合いながら手を繋いで家路へと急いだ。


 ―SideB ティア―

 とあるコロニーのアパートの一室。殺風景なリビングで、淡い桃色の長髪をポニーテールに結った若い女性が、ソファーに座りながら一冊の雑誌を読んでいた。
「うーん、どれにしようかな。そもそもダイスケって甘いもの食べるのかな」
 彼女の名前はティア・ソール。独立傭兵ダイスケ・ロットブルの専属オペレーターで、現在は拠点としているこのアパートに同居している。彼は今、外出しており不在だった。
 彼女が読んでいるのはお菓子の作り方が書かれた料理雑誌で、チョコレートとチョコをベースにした洋菓子が特集記事として掲載されている。
「チョコレートが嫌いって人も、そうはいないと思うけど……」
 同居し始めてからダイスケの私生活を間近で見るようになったティアだが、甘いものを食べているところなど見た事が無かった。
彼女のパートナーであるダイスケ・ロットブルは有り体に言えば無口な男であり、自分の事を他人に話す事はほとんどない。聞けば答えてくれるのだろうが、どうにも聞きづらく、ティアが現時点で知り得ている情報は出会ったころとさして変わらなかった。
「はぁ……、どうしよう。『俺は甘いものは苦手だ』とか言われたらショックだし、ダイスケにも悪いし……」
 そんなふうに考えながらページを捲っていくと、ある記事に目が止まる。
――あっ! もしかしてこれなら……。
 ティアが見ているページにはガトーショコラの作り方が掲載されていた。何故彼女がそう思ったのかというと、以前ミッションに同行した際、彼がコンバットレーションに付属していたチョコレートバーを齧っていたのを思い出したからだ。
 ――甘さを控えめにすればイケるかも! うん、コレにしよう!
 早速レシピと材料に目を走らせるティア。彼女は実家がパン屋であり、趣味で自分でもパンを焼くし、ケーキの類も何度か焼いた事があった。
 ――これなら前に焼いたケーキとさほど作り方は変わらないし、イケそうね!
「よぉーし、早速材料買いに行こうっと」
 ティアは買い物用のトートバックを片手に、ポニーテールを揺らしながら意気揚々と材料の買い出しに出かけた。


 ―SideC レナ―

 クラシカルな街並みの一画に店を構える喫茶店『アインスト』落ち着いた雰囲気とレトロな店内の造りが印象的で、憩いの場として愛用する常連も多い。
 しかし今の店内はしんと静まり返っており、客は一人もいない。照明も落とされ、唯一キッチンのライトだけがぼんやりと灯っているだけだ。
 その淡い光の下で、一人の少女が本を片手になにやら作業をしている。淡いピンク色のエプロンをかけ、腕まくりをし、真剣な表情で本の文章を目で追っていく。
 彼女の手元には銀色のボウルがあり、そのなかに滑らかな光沢を放つ茶色の粘り気のある液体が入っている。少女は本を置くと、ほっそりとした人差し指でボウルの中の液体をすくい取り、口へと運んだ。
「うん、味はこんなもんかな」
 香ばしい風味と柔らかな甘みが口に広がる。これならば彼が喜んでくれそうな味だと思うと、自然と少女の顔には笑みが浮かんだ。
「後は形だけど……」
 そう、それが唯一にして最大の問題だった。彼女、レナ・セイガの手元には手作りチョコレートの材料や道具が散乱しており、当然そこには溶かしたチョコレートを流し込む型枠もある。動物の形を模したものや、星型、ハート型など様々だ。
「やっぱり気持ちをストレートに伝えるなら、コレよね」
 レナが手に取った型枠は大きなハート型。ベタではあるが、一目見ただけで送り主の気持ちが伝わるという点では他の追従を許さないだろう。それだけのインパクトがこの形にはある。
 ちょっと露骨すぎるだろうかと思い悩み他の型枠へ目が移るが、やっぱり気持ちはしっかり伝えたい。いや、しかし恥ずかしい。でも、お互いの気持ちを確かなものにしたい。などと頬を赤らめながら散々悩み抜いたレナは、会心の出来であるボウルに入ったチョコレートを見つつ、ハートの型枠をぐっと握りしめる。
「うん、やっぱりシンプルイズベストよね!」
 決心したレナはバットにハートの型枠をセットし、そこへ慎重にチョコレートを流し込んでいった。
 彼女の思い人が微笑みながらチョコレートを食べる姿を想像し、作業にも力が入る。
 一途な想いをブラウン色のハートに込めるレナの瞳はキラキラと輝いていた。


→Next…


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