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「The Empress Strikes Back*


 執筆者:クワトロ大尉(偽)


 小鳥がさえずり始め、朝日が暗い夜空を塗り替えようとする頃。広大な敷地を誇る豪奢な邸宅の一画から定期的なリズムで高音が響く。この邸宅の若き主人、セシリア・フィリックスは一人で使うには些か広すぎる彼女専用の射撃練習場で、これまた彼女専用に作られた世界でただ一つのライフル[025MSR/CC(Cecilia Custom)]による射撃訓練を行っていた。
 一〇〇〇mもの距離に置かれたターゲットの中心を正確に射抜き、精練された動きで次弾を装填、再び狙いを定め、一切の揺るぎなくトリガーを引く。その一連の動きはさながら精密機械の様だ。動作に掛ける時間は常に一定。寸分の違いなくターゲットを撃ち抜いていく。
 その様子を一人の男がじっと見守っていた。彼はレイヴンズアークのランカーレイヴン、カーク・オーチャード。彼女専属の護衛兼従者である。
 半ば強引に押し付けられた従者という役目を、カークは最初のうちは否定していた。しかし、どうやっても抗えないと悟った彼は潔くそれを受け入れた。彼女の傍に控えるその姿は、今ではすっかり板についている。
 ――いつも以上に集中しているな……。
 カークはセシリアの射撃を見守りながら胸中で呟く。他人が見ても分からないようなセシリアの動作の機微をカークは見抜いていた。彼女専属の護衛兼従者となって、もうすぐ二年になる。まだ日は浅いものの、四六時中一緒にいるためか、カークはそうした彼女の微妙な変化を見分けられるようになっていた。
 ――まあ当然か。彼女にしてみれば、もう後には引けない訳だからな。
 カークがそう思い至るのとセシリアが最後の一発を撃ち終えるのはほぼ同時だった。セシリアはイヤマフとゴーグルを外し、ターゲットを確認する。人の形を模したターゲットは急所の位置を全て正確無比に撃ち抜かれていた。だが、セシリアはそれを一瞥するとすぐに射撃ブースから離れ、ライフルをケースに仕舞い始めた。
 対するカークはタオルとスポーツドリンクが入ったボトルを用意し、静かにセシリアが来るのを待つ。
 セシリアはライフルを慣れた手つきで素早く仕舞うと、休憩所で待機していたカークのもとへ歩いてきた。
「首尾はどうだった?」
 ケースを置いて、被っていた帽子を脱いだセシリアにカークはタオルを手渡す。セシリアはそれを無言で受け取ると、額の汗を拭う。次いで手渡されたスポーツドリンクのボトルを傾け、三分の一ほどを一気に飲み干した。
「ふぅ……」
 セシリアは一息つくと、タオルとボトルをカークに返し、髪を結っていたゴムを取り払う。流麗な金髪がさぁっと広がり、彼女が愛用しているシャンプーの残り香が仄かに辺りを漂った。
 そして、ジャケットのジッパーを中ほどまで開けたところで、初めてセシリアはカークの問いかけに答えた。
「まあまあってところね。二発だけイメージしたところに当たらなかったから、及第点とは言えないけど」
 完璧主義のセシリアは射撃に対しても一切の妥協がない。文字通り百発百中だったにもかかわらず、百発撃ったうちのたった二発がイメージ通りにいかなかっただけで彼女の中では及第点に及ばないのだ。
 セシリアには類稀な射撃のセンスがあり、彼女自身も絶対の自信を持っているが、それを維持向上させる努力も怠らなかった。彼女は確かに高飛車な性格をしているが、それは自信から来るものであり、またその自信を裏付ける努力を日々重ねていた。それがアークの女帝の地盤を支える最大の要因であった。
 日々の努力を密かに重ねていたセシリアであったが、最近はさらに自己の鍛錬に熱を入れている。射撃だけではなくACの操縦や機体の調整にもいつも以上に力を入れていた。
 それには理由がある。近々、あるレイヴンとのアリーナ戦を控えているからだ。
「一度部屋へ戻るわ。一休みしてから出勤するからそのつもりで」
「了解した。準備しておくよ」
 セシリアは帽子を被り直すと、ケースを持って射撃練習場を後にした。

 シャワーで汗を流し、一時間ほどの休憩を終えたセシリアはカークが運転する一般の会社員の年収ではとうてい買えないような車でアーク本部へと向かっていた。高級ソファに匹敵する座り心地の後部座席で、セシリアは長くしなやかな足を優雅に組み、タブレットタイプの端末を難しい表情で操作していた。
「まったく……調べれば調べるほど憂鬱になるわね。まともな幹部を数えた方が早いわ」
「どうした? またシュナウファーのやつが何かやらかしたか」
 カークは運転しながらすかさずセシリアに言葉を投げかける。セシリアがこういう言い方をする時は、話を聞いてほしいのだとカークは既に学習していた。対するセシリアも当然のように話を続ける。
「シュナウファーはもちろんだけど、他の幹部もよ。企業との癒着や武装集団への資金や武器の横流し。こんなにずさんにお金を動かして、バレないとでも思ってるのかしらね」
「多分、それは違うよ。セシリィ」
 カークの返答に意外そうな表情を浮かべるセシリア。
「何が違うって言うの?」
「いや、単純な事さ。それに気付くのがセシリィしかいないってことだ。組織間での金の動きに敏感で、機密情報に触れる権限も持っている。しかも個人で諜報組織まで動かせるのは世界広しといえど、そう何人もいるもんじゃない」
「ふぅん……なかなかスマートな意見じゃない」
「そうか?」
「えぇ。アナタもだんだん、分かってきたようね」
 セシリアはそれまでの難しい表情をほころばせ、上機嫌な様子でタブレットの画面を軽快にタップする。そして、画面に表示されている幹部たちのリストを睨みつけながら冷やかに言い放った。
「アークの腐敗は、私が正してみせる。その時が来るまで、愚物共には好きにさせておくわ」

 オフィスへ到着すると、セシリアの秘書兼オペレーターのモニカが丁寧なお辞儀と共に二人を出迎えた。
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう、モニカ。私の不在時になにかあった?」
「はい、一件ございます」
「あら、なにかしら」
 セシリアは自分の席に着くと、モニカと正対する。モニカは小脇に抱えたファイルから書類を一つ取り出し、セシリアへと差し出した。
「BFF諜報部から報告書が。件のレイヴンについての調査結果です」
 セシリアはモニカから書類を受け取ると、一度それを机の脇に置き、再びモニカに向き直った。
「ありがとう。他に何かあるかしら」
「いいえ、そのほかには何も。スケジュールも予定通りです」
「そう。では予定通りに。それと、コーヒーをお願い」
「かしこまりました。それでは、失礼いたします」
 モニカは再び丁寧なお辞儀をすると、踵を返し、退室していった。
 セシリアはモニカの背中を見送り、彼女が出ていくのを確認してから書類を再び手に取った。そしてゆっくりと、一文字も見逃さぬよう書類に目を通していく。その目は彼女がライフルで標的を狙う時と同じだった。そのレイピアの切っ先のような鋭い眼光に睨みつけられれば、歴戦のレイヴンであっても震え上がってしまうだろう。
 そんな彼女の様子を傍らで静かに見守っていたカークは、不意にセシリアに声をかけた。
「楽しそうだな」
 そう言葉を投げかけられたセシリアはゆっくりとカークに視線を送り、目を眇め、唇の端を吊り上げた。
「あら、わかる?」
 その不敵な笑みは彼女の自信からくるものだとカークは思う。セシリアが読んでいる報告書は彼女が待ちわびていたものであり、それが手元に届いた今、彼女の中で機は熟したのだ。
「アナタも読んでみたら」
 セシリアは読み終えた報告書をカークに手渡すと椅子から立ち、背後にあるレースのカーテンを開け放った。黄金の朝日がオフィス内を眩く照らし、セシリアのブロンドが鮮やかに煌く。窓の外に広がる街並みを不敵な笑みで見下ろすその姿はアークの女帝たるに相応しいものだった。
「私、楽しみよ。本当に楽しみ。こんなに心が躍るのは久しぶりだわ」
 カークはセシリアから手元の報告書に目を落とす。そこにはトルフォニスという名のレイヴンの情報が詳細に記載されていた。約一年前、アリーナのエキシビジョンマッチでセシリアを負かしたレイヴンだ。カークは報告書を流し読みしながら苦笑いせざるを得なかった。ざっと目を通しただけでもプライバシーが丸裸にされているのは明白だ。
 セシリアは街並みから空へ視線を移しながら言葉を続ける。
「今度はあの時の様にはいかないわ。絶対的優位の状況で完膚なきまでに叩きのめして、身の程を分からせてあげましょう。ふふ……待ち遠しいわね」
 ――こいつも、哀れな男だな。
 カークは女帝の逆鱗に触れてしまったトルフォニスに憐憫の情を感じつつ、静かに報告書を閉じた。

 一方その頃。ダウンタウンの一画にある古いアパートの一室で通信端末の前に座る一人の男の姿があった。もう朝であるにもかかわらず、部屋の中は夜の様に暗い。
 このアパートがある区画は日光を高層ビル群に遮られ、年中薄暗い。そんな環境は、ならず者のねぐらにはうってつけの場所であり、一般市民にとっては危険地帯だ。日中でも一年を通して夕暮れ時間近のような薄暗さで、一歩でも足を踏み入れる事さえ躊躇われる。
 そんな状況下であるにもかかわらず、その部屋の窓は黒色のカーテンで締め切られ、光の一切を遮っていた。部屋の中で灯るのは人工の明かりのみ。それは部屋の主が日の光を忌み嫌っているからに他ならない。
 部屋の中もまた殺風景であり、必要最低限のものしか置かれていない。ベッド、簡易なキッチン、冷蔵庫、通信端末。その他は生活の上で生じるゴミが転がっているだけだ。
 部屋の主である男は栄養補助食品のスナックバーを齧りつつ、通信端末に届いたメールの文章を目で追っていた。その瞳は赤く、ぎょろりと剥かれた双眸は狂気の光で爛々と輝いていた。男はもともと姿勢が悪く、常に猫背の状態なのだが、今はその背中をさらに丸め、不必要なまでに顔をディスプレイに近付け、食いつく様にメールを読んでいく。
「ク、ククク……」
 男はときおり背中を震わせ、奇妙な笑い声を上げる。一般人が見たら、鳥肌が立つような光景だ。
 メールを全て読み終えると、異常なまでに曲げていた上体をゆっくりと起こし、今度は逆に椅子の背もたれに体を預け、天井を仰ぐような体勢になった。常人より長い両腕は力なくだらりと垂れ下がり、ぶらぶらと揺れる。数分ほどそのまま天井を仰ぎ続けていた男は、おもむろに右手で伸ばしっぱなしの白髪をかき上げ――、
「ク、クハハハハハハハッ!!」
と突然笑い声を上げた。
 そして再び上体を屈めると、荒々しくキーボードを叩き、通信端末を操作し始めた。
「ククク。ちょうど、退屈していた、ところだ。白黒、はっきり、つけようじゃないか」
 気色悪い笑みを浮かべながら、ぶつぎりの独り言を呟く。
「前回は、インテリ野郎の、差し金だったが、今回は、挑戦状か。まあ、オレは、楽しけりゃあ、何でもいいがな」
 端末を操作し終えた男は、残っていたスナックバーを口に放り込み、端末の隣に置いてあったミネラルウォーターのボトルを呷って、一気に流し込む。そのまま息もつかず、ミネラルウォーターも飲み干し、空になったボトルを長い腕で器用にゴミ箱へ放り込んだ。
 そうしている間に、再び通信端末に新規のメールが届いた。男はメールの内容を確認すると、ニヤリと顔を歪めた。
 そのメールにはこう書かれていた。『トルフォニス様へ。当社のアリーナで開催される、レイヴン[アルテミス]とのエキシビジョンマッチ出場を正式に受諾しました。詳細は追って連絡いたします。レイヴンズアークアリーナ運営課』
「今度は、前回より、もっと、楽しませてくれよぉ……クククッ」
 輝く追跡者の異名を持つレイヴン[トルフォニス]は赤い瞳に狂気の火を灯らせ、しばらくの間笑い続けた。

 一週間後、アーク本社に隣接するアリーナは熱狂の渦に飲まれていた。アークの女帝『セシリア・フィリックス』と黒い噂の絶えないレイヴン『トルフォニス』の対戦。これが普通のレイヴンのアリーナ戦であれば、ここまで観客は熱狂しないだろう。ここまで人々を熱くさせるのはセシリアの魅力によるものだった。
 セシリアはアークのAランク保持者で唯一の女性レイヴンであり、その若さ・美貌・カリスマ性・レイヴンとしての腕前によって絶大な人気を誇っていた。しかも老若男女問わずである。
 男性から見れば映画女優のような高嶺の花であり、女性から見れば高いステータスとキャリアを持った憧れの存在なのである。メディアへの露出も多く、それが人気に一層の拍車をかけていた。
 アークとしても、彼女が看板として機能してくれる事に不満は無く、それを最大限に生かすため、今回の様にランク変動に関係ないエキシビジョンマッチがアークでは度々開催されるのである。
 レイヴンの理想を実現するという目的の基に設立されたレイヴンズアークがビジネスに傾倒するような手段を取る事を嘆く古参レイヴンもいるが、今のアーク幹部達に設立当初の理想を求めることは困難であった。

 アリーナには既に、それぞれのACが開始の合図を待っていた。高い天井から降り注ぐ照明を一身に受け、眩い光沢を放つ白銀のAC『シルバーアロー』。狩猟の女神アルテミスが持つ『銀の矢』の名を冠した狙撃特化の中量二脚ACだ。
 セシリアがクレスト系財閥の令嬢であるため、機体フレームは全てクレスト製のパーツで構成されている。そのためクレスト特有の質実剛健なシルエットを形作っているのだが、それでいて見る者に優雅さを感じさせるのは、磨き上げられた銀食器のような上質な光沢を放つ塗装と、機体各部に繊細に描きこまれたエングレーピングによるものだろう。
 だが、それすらも一因でしかない。シルバーアローが纏う優雅さは、それを操るセシリア自身によるものだ。彼女が纏う気品は兵器でさえ工芸品へと昇華させてしまう。彼女を見る誰をも魅了し、畏怖と敬意の念を与える。それがアークの女帝たる由縁である。
 その女帝に対するは、トルフォニスが操る重装四脚AC『イオド』。眩い光沢を放つシルバーアローとは対照的に、光を飲み込んでしまうかのような深い闇色を纏い、搭乗者が持つ狂気と相まって、シルバーアローとはまた別の意味で威圧感を放っていた。
 光沢を一切排したマットブラックをベースに禍々しい赤紫色が機体各所に配色されており、見る者に強い不快感と恐怖感を与える。一般に腕武器と称される、腕部パーツと一体となった拡散レーザー砲「WA04-ARIES」を装備したその姿はおおよそ人型と呼べるものではなく、その塗装と相まって、異界の魔物を連想させた。
 対峙する二機のAC。陰と陽、その言葉がお互いの存在を如実に表している。そんな光景をアリーナ最上階の貴賓席から薄笑いを浮かべて見下ろす男がいた。
「フフフ……流石はアークの女帝、こんな余興を催す余裕があるとはね。単にプライドの問題かもしれないけど」
「前回敗北したのがよほど悔しかったのでしょうか?」
 眼鏡をかけた知的な風貌の男の傍らにいる女性、アンネ・リュッツォウが控え目に意見を投げかける。
「だろうね。彼女は私情を挟む事が多々ある。だからお嬢様なのさ」
「とてもセシリア様にはお聞かせできない言葉ですね、シュナウファー様」
 不敵な笑みを浮かべながらアーク幹部の一人であるハインリッヒ・シュナウファーは眼鏡のブリッジを指で持ち上げる。
「聞かれてもいいさ。怒った彼女を見るのも面白いしね。しかし、この戦いは見物ではある。彼女の実力は確かだからね、一見の価値ありだよ」
 ハハハッ、と軽快な笑い声を上げるシュナウファーであったが、眼鏡の奥にある蒼い瞳は真剣そのもので、セシリアの操るシルバーアローの挙動を一瞬でも見逃すまいと鋭い光を放っていた。
「トルフォニスも不幸な男だ。彼女の逆鱗に触れてしまうとはね。もっとも、最初にけしかけたのは僕だけど」
 シュナウファーはトルフォニスの操るイオドを一瞥するが、すぐにシルバーアローへと視線を移す。彼の中で興味の対象はすでにセシリアへと切り替わっており、シュナウファーの中で、トルフォニスは狩られる側の存在でしか無かった。

 割れんばかりの歓声を遠くに聞きながら、セシリアはディスプレイ越しに漆黒の四脚ACを見据えていた。
 約一年前、この場所で目の前にいる相手に彼女は敗北したのである。アークの女帝と呼ばれるセシリアも常に無敗というわけではなかった。敗北を喫したこともある。ただ、そのどれもが彼女の納得のいく負け方だった。目の前にいる男との試合を除けば。
 ――この日をどれだけ待ちわびた事かしら……。私のプライドに傷をつけた事をたっぷりと後悔させてあげるわ。
 セシリアのプライドの高さは自他共に認めるところであり、そのプライドが時として弊害を生むことも彼女は自覚していた。責任のある立場でありながら、私情を差し挟む事に後ろ指を指されていることも知っていた。だが、彼女はそれを変えようとは微塵も思っていなかった。人にどう言われようと、それが自分らしい生き方であり、今までそうやって生きてきたのだから。
 ――プライドは貫いてこそ、よ。それを今日、ここで証明してみせるわ。
 セシリアが胸中で決意を固めたのを見計らったように、試合開始一分前のカウントダウンが始まり、歓声は一層大きくなる。彼女はそれを自分に向けられた称賛と受け止め、口元に微笑みを浮かべながら、コントロールレバーを強く握り込んだ。
「さあ、私が圧倒的優位で勝利を収める姿を、その目に焼き付けなさい!」
 それはトルフォニスに向けられたのか、それとも観客に向けてなのか。否、それはこの場にいる全員に向けられたものだった。
 試合開始、五秒前。『銀の矢』の名を冠する白銀のACは、その名の通り、引き絞られた弓につがえられる矢のようにその身を臨界寸前のブースターで微かに震わせ、主に解き放たれるのを待っていた。

 試合開始のブザーが鳴り響くと共に、両者は戦闘機動を開始した。トルフォニスが駆るイオドは得意とする接近戦に持ち込むため、両肩に装備された四連レーザーキャノンを撃ち放ちつつ、ブースト走行でシルバーアローへと急接近する。
 対するセシリアのシルバーアローは右肩に搭載されたコンテナミサイルを試合開始と共に展開し、すぐさま発射した。前回の試合から、セシリアはトルフォニスが開幕と同時に急接近してくることを予想していた。
 コンテナミサイルは射出してから一定時間飛翔した後、計一六発ものミサイルがコンテナから分裂し、目標へ襲いかかる。イオドはコアに搭載された標準装備のミサイル迎撃装置しか迎撃手段を持っていないため、一六発のミサイルを全て迎撃するのは困難であり、装甲もあまり厚くないために回避機動を取らざるを得ない。大きなダメージを見込めなくとも、足止めになればセシリアにとっては充分だった。
 コンテナから分裂したミサイルは、群れからはぐれたガゼルを狩るハイエナの群れのように、四方八方からイオドへと襲いかかった。

 シルバーアローに接近するため、直線的な機動を取っていたトルフォニスは、回避機動に切り替えざるを得なかった。彼のイオドは防御力にあまり期待できないため、ミサイルのような熱量の高い兵装の連続被弾は致命傷に繋がる。
「ケっ……、考え、やがった、な」
 悪態をつきつつも、レーザーキャノンの射撃を中止し、機体を左右に振る。
 コンテナミサイルに内蔵されているものは弾数が多い分、誘導性能は他のミサイルに一歩劣る。そのため、目標の急激な機動変更について行けない事が多い。イオドへ殺到したミサイルは、シーカーに捉えていた熱源が急に探知範囲外へと消えたことで行き場を失い、少しでも打撃を目標へ与えるべく、その場で信管を起動し爆散した。
 殺到するミサイル群を掻い潜り、トルフォニスは再び接敵を開始する。一発の被弾も無くミサイルを回避したトルフォニスに観衆は驚嘆の声を上げた。だが、それも束の間。耳障りな警告音と共に、レーダー上に多数の光点が表示される。
「クソが! うざってえったら、ありゃしねえ!」
 再び襲いかかってきた多数のミサイルを前に、トルフォニスは苛立ちを隠すことなく発露する。彼はもともと気が短く、ACのアセンブルや操縦にもそれが如実に表れていた。
 先程と同じように回避するが、頭に血が上っているせいか精度を欠いており、数発の被弾を許す。
「へっ、この、程度。どうって、ことは、ねえ!」
 多数のミサイル弾幕に阻まれたものの、距離は確実に詰まっていた。距離約四〇〇。間もなく腕部に搭載された連装拡散レーザー砲の有効射程圏内に入る。
 彼が一番得意とするのは至近距離からの拡散レーザー砲のラッシュだ。前回もそれで勝利を収めたのである。
近づいてしまいさえすればこっちのもの。そう思いつつ歪んだ笑みを浮かべ、つい先程までシルバーアローの機影を認めた方向へ視線を送る。
「……あ?」
 トルフォニスは思わずそんな声を上げてしまった。それは自分で聞いていても間抜けだと思うほどで、呆気にとられている何よりの証拠であった。
「いね、え」
 ディスプレイの端から端へ目を走らせても、白銀の機影は見当たらない。しかしレーダーの反応はごく近距離を示している。それが何を意味するのかという結論に至るその直前、トルフォニスの身体を激しい振動が襲った。
「ガッ!?」
『脚部、損傷』
「なん、だと」
 無機質なシステムボイスが驚愕の事実を伝える。損傷に至るまで被弾していない筈だと思いつつ、素早くサブディスプレイに目を移す。機体のシルエットを模した損傷度を表示するディスプレイの左前脚部が黄色く点滅し、赤字で『関節部損傷』と書かれている。その目に痛い色彩がトルフォニスに驚きと怒りを認識させた。
 困惑しつつも、これ以上の被弾はまずいと判断したトルフォニスは距離を取るべく後退を試みる。しかし、関節部を破壊された脚部が上手く動作せず大きな抵抗となりその速度は明らかに減退していた。
 後退している間も、損傷は加速度的に上昇していく。無機質なシステムボイスが『AP七〇%』を伝え、トルフォニスの頭は焦燥と怒りで沸騰寸前だった。
「クソ、ガアァァァッ!!」
 目の前が赤く染まる錯覚を覚えつつ、ぎょろりと目を見開き、ディスプレイを睨みつける。その狂気じみた表情は彼の愛機と同じくらい異質だった。
 後退しつつディスプレイに食い入るように目を凝らすと、曳光弾が上空から降り注ぐのが目に入った。咄嗟に機体の視点を操作し、上空を仰ぐと、そこに白銀のACが両肩に眩い光を灯らせながら静止していた。
 その光景を見て、今までの状況を理解した直後、再び大きな衝撃がトルフォニスの身体を襲い、けたたましい警告音が鼓膜を震わせた。
『脚部、破損』
 あいかわらず無機質なシステムボイスが聞こえるのと同時に、金属がひしゃげる厭な音がトルフォニスの足元から響いてくる。そうして、何かが折れる音が聞こえた直後、急に機体が前のめりとなり、その勢いで身体が投げ出され、トルフォニスは頭を強くコンソールに打ちつけた。右前脚部の関節を破損したイオドは機体を支えていられなくなり、その場に跪くように擱座してしまった。
 頭を強打し、意識が朦朧としつつもトルフォニスは本能でコントロールレバーを操作し、まだ機能する機体上半身の仰角を上げ、再び上空を仰いだ。
 ぎょろりと見開いたその目に飛び込んできたのは、二門の銃口。次いで、空中に静止しながら自分を見下ろす白銀のAC。
 上空を支配したシルバーアローが脚部関節を狙撃し、機能不全に追い込んだのだとトルフォニスは悟った。

 地上に這いつくばる様に動けないイオドに対し、シルバーアローは悠然と滞空しつづけていた。それを可能とするのが、肩部のエクステンションに搭載された「CR-E98HB」通称ホバーブースターである。
 この追加ブースターはその名の通りACを滞空させる能力を持つが、当然エネルギーを消費するため、滞空し続ける事は通常できない。しかし、機体アセンブルのやり方次第ではそれを可能とすることができる。そしてシルバーアローは現にそれを実行している。これにはセシリアの専属護衛であるカークの功労があった。
 カークはレイヴンとして飛び抜けた能力は持たないものの、ACのアセンブルに関して人より優れた才能を持っていた。彼はレイヴンとしては凡人であるがゆえにアセンブルを研究し、巧みに機体を調整して戦場を生き抜いてきたのである。
 カークはシルバーアローの消費エネルギーの少なさに目をつけた。機体の消費エネルギーが少なければ、ジェネレーターの余剰出力が多くなり回復速度も大きくなる。つまり、ホバーブースターを使用した際の消費エネルギーを上回るエネルギー回復能力を持たせれば、滞空し続ける事が出来るのである。
 兵装や内装を変更し、機体をチューニングし直す必要があったが、カークはそれを難なくこなし、シルバーアローの元の性能をほぼ保ったまま、無限滞空を可能とする今回のアセンブルを実現させた。
 擱座した異形の四脚ACを見下ろしながら、セシリアは微笑んでいた。被弾は未だ無し。戦闘機動はおろか、通常歩行すらできなくなったイオドはそれでも上体をなんとか起こし、こちらを睨み返していた。その姿はまるで、肢を全てもがれた蟲のようだとセシリアは思い、微笑みに嘲笑が混じる。
「フフ……、理解できたかしら? これが私と貴方の本当の立ち位置。貴方が手にした勝利など、所詮幻想にすぎなかったのよ」
 言いつつ表情を元に戻し、すっと目を細める。その碧眼に慈悲の光は無く、獲物を狩らんとする弓につがわれた矢のごとき鋭利な眼光に支配されていた。
「でも、これじゃまだ足りないわ。私と貴方の決定的差を証明するにはね」
 ロックオンマーカーに捉えたイオドを見据えながら、セシリアは口元を吊り上げる。その冷笑はぞっとするほど恐ろしく、そして美しかった。
 まるでお気に入りの紅茶を楽しむティータイムの時のようなゆっくりとした動作で左コントロールレバーのスイッチを押し込み、ディスプレイでインサイドに搭載されたECMメーカーが正常に作動したことを確認したセシリアは、右コントロールレバーのトリガーに静かに指をかけた。

 自らに銃口を突き付け浮遊するシルバーアローを歯噛みしながら睨みつけていたトルフォニスは、せめて一矢報いるため白銀のACに照準を定め、両腕の拡散レーザー砲を跳ね上げる。そして、トリガーを引こうとしたまさにその時、シルバーアローを捉えていたロックオンマーカーが消失し、耳障りなアラート音が鼓膜を震わせた。
「今度は、なんだってんだ、クソがぁ!!」
 ぶつぎりの怒号を吐きながら、ディスプレイに目を走らせる。限界まで見開かれた双眸に飛び込んできたのは二つの赤文字。レーダーエラー及びシステムエラー。そして、シルバーアローの両脇に浮遊する二機の小型の物体。
 ECMメーカー――、電波障害を発生させ、レーダー及びロックオン機能を阻害する戦闘補助兵装。これを展開しての狙撃が女帝セシリア・フィリックスの常套手段であり、勝利の方程式である。
「ざけ、る、なぁ! この、アマがあぁぁぁぁっ!!」
 トルフォニスの目には、もはや悠然と浮遊する白銀のACしか映っていなかった。紅い瞳に狂気と怒りを孕み、眼球が零れおちそうなほど双眸を見開いてシルバーアローを睨みつけ、トリガーを引きっぱなしにする。幾多の光弾が白銀の装甲を貫かんと殺到するが、機体を横滑りさせ、射線軸をずらし、シルバーアローは白光の軌跡を引きながら優雅な機動で回避する。
 イオドが搭載する拡散レーザー砲は威力が高いのと引き換えにエネルギー消費が非常に激しく、連続して発射する事はできない。コンデンサの容量が底をつく前に射撃を中断し、弾幕が途切れたまさにその時、三度激しい衝撃がトルフォニスの身体を襲った。
「ぐがっ!?」
 衝撃で頭を揺さぶられ、瞬間的に思考が停止する。すぐに意識を取り戻したトルフォニスは反撃すべく射撃を再開しようとして、目の前の光景に、もう一度思考を停止せざるを得なかった。
「……あ?」
 ブラックアウトしたディスプレイ、ノイズが走り完全に機能を失ったレーダー。
『頭部、破損』
 何が起こったのかは、あいかわらず無機質なシステムボイスが代弁した。
 シルバーアローはスナイパーライフルのただ一発の高速徹甲弾でイオドの頭部を射抜き、消し飛ばしたのである。
 コアに搭載された非常用のサブカメラが起動し、ディスプレイに申し訳程度のぼやけた映像を表示する。
 ノイズ混じりのディスプレイに映し出されていたのは、なお悠然と滞空する白銀のAC。その両脇に新たなECMメーカーが展開される。視覚情報のほとんどを奪われ、盲目寸前の相手に対するその徹底ぶりを見て、トルフォニスの背筋に冷たい汗がつたう。
 ――コイツ、は、ヤベ、え……。
 装甲を貫く様な鋭利で冷たい殺気を感じ取り、トルフォニスは初めて恐怖に駆られる。その恐怖を振り払うかのように、イオドの両腕を跳ね上げ、射撃を再開しようとトリガーを再び引きっぱなしにする。
 しかし、両腕の拡散レーザー砲は二連射を終えたところで、
『左腕部、破損』
 続けざまに、
『右腕部、破損』
 という無慈悲で無機質なシステムボイスと共に、二度と動作する事は無かった。
 止まっていることに加え、もともと装甲が薄く、強度があまり高くない腕武器の関節部を狙撃で射抜くことなど、セシリアの腕を持ってすれば造作も無いことだった。
 両腕部は、肩に繋がる関節部を破砕され、自重に耐えられなくなったフレームとアクチュエーターは無残にひしゃげ、力なくだらりと垂れ下がった。
「あ、ぁ……、ク、クソが、クソがクソがクソがあぁぁぁぁっ!!」
 恐怖に駆られ、心臓は早鐘を打ち、正常な思考回路は次々と断線していく。
 混乱する中、かろうじて背部に四連レーザーキャノンが残っている事に気付き、震える手で武装変更のスイッチを押し込むが、四連レーザーキャノンの展開を終えた時には全てが手遅れだった。
 イオドは前方の脚部関節を完全に破壊され、旋回や歩行は全くできない。可能なのは上下の仰角変更のみ。対するシルバーアローは滞空しており、どの方位からでも攻撃可能。
 初めから完膚なきまでにトルフォニスを叩き潰すことを目的としていた女帝は、イオドの後方上空から二門の銃口を向けていた。
 そこから先は、蹂躙という一言で足りた。ACといえども、上面の装甲は正面よりも薄い。スナイパーライフルの高速徹甲弾は易々とコアや後方の脚部の装甲を貫き、アサルトライフルの小口径高速弾はその連射力をもって、掘削機のように装甲を削り穿っていった。
 火を吹き始めたスナイパーライフルとアサルトライフルはイオドのAPがゼロになるまで止まる事は無かった。

 試合終了のブザーがアリーナに鳴り響き、シルバーアローはゆっくりと大地に降り立つ。ただの一発の被弾も無く、白銀の装甲は試合前と同じく眩い光沢を放っていた。
 対するイオドはもうもうと黒煙を上げ、原型は全く留めておらず、奇怪なオブジェと化していた。アリーナの観客は、そのあまりにも圧倒的な攻撃に誰もが息をのみ、静まり返っていた。
 その静寂を打ち破る様に、重厚な駆動音が鳴り響く。それは、シルバーアローのコクピットハッチが展開する音だった。瞬時に観客の視線はシルバーアローへと移る。そこはちょうどセシリアがコクピットから身を乗り出し、頭部の左横に立ったところだった。
 突然の出来事に観客はおろか、アリーナのスタッフさえも呆気にとられ、その視線はセシリアに釘付けになる。彼女はその視線を真っ向から受けつつ、不敵な笑みを浮かべ、颯爽とヘルメットを脱いだ。
 束縛を解かれ、その存在を誇示するかのようにふわりと広がる美しいブロンド。アリーナの陽光のごとき照明と、白銀の装甲の眩い光沢に照らされた彼女の髪は金糸のように光り輝いていた。
 その艶やかな姿に会場のほぼ全ての人間が目を奪われた。カメラスタッフもすぐさまセシリアのその姿を画面に収め、アリーナの大型ディスプレイに転送する。
 固唾を呑んで何が起こるのかと見守る観衆を、セシリアはぐるりと一瞥する。そしてシルバーアローの外部マイクの音量を最大にし、優雅に一礼した後、高らかに声を上げた。
「皆さまいかがだったかしら? これが私の真の実力ですわ。楽しんでいただけまして?」
 セシリアは誇らしげに胸を張り、その美しいブロンドを右手でさらりと払った。女帝としてのプライドと存在を臆することなく誇示する。
 セシリアの声がアリーナに響き渡り、一拍の後、大歓声と共に割れんばかりの拍手が彼女を称賛した。それは彼女が女帝たるに相応しいという何よりの証拠であった。
「拍手喝采、痛み入りますわ。それでは皆さま、ごきげんよう」
 もう一度優雅に一礼をすると、セシリアはコクピットに滑り込み、アリーナから退場していった。
 シルバーアローがゲートの奥に消えるまで、拍手は鳴りやむ事は無かった。
 圧倒的優勢での完全勝利、人々を惹きつける魅力と美貌。セシリア・フィリックスという女性がレイヴンの歴史の一ページに名を刻んだ瞬間であった。

 貴賓席から一部始終を見届けたハインリッヒの表情は険しかった。
 ――やはり彼女は侮れない。それに確実に力をつけてきている。お嬢様が本物の女帝になるまで、そう時間はかからないか……。
 ハインリッヒは表情をふっと緩めると、席を立った。
「さあ帰ろうかアンネ。久々にいい試合を見られて、僕は満足だよ」
 踵を返し、出口へ向かうハインリッヒの一歩後ろにつき従うアンネは、その背中に静かに声をかける。
「やはりシュナウファー様にとって、最大の障害はフィリックス様ですか」
 ハインリッヒは振り返り、横目でちらりとアンネの端正だが無表情な顔を一瞥する。
「やっぱり君は、僕のパートナーに相応しいね。さあ、これから忙しいけど面白くなるよ」
 不敵に笑うハインリッヒ。その瞳には野望という名の炎が灯っていた。


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