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第九話/ /第十話*


 第十話  執筆者:柊南天

 Three years ago...

 肺が爛れたように熱く、息は浅く短くでしか続かない。両脚も鋼鉄の足枷を嵌められたように重い。だが、それに対して焦燥を迫る必要性はない。無視できる。年月の経過に伴って老衰を経てきた身体を酷使し、残骸の散らばる連結通路を疾っていく。
 戦場の一線を退いてから8年が経過して尚、あらゆる身体機能を現役時代のそれと同等に扱えるよう、研鑽を重ねてきた。しかしそれを鑑みてすら、今回の一連の騒乱を生き抜いた暁には、心肺機能の一部くらいは人工臓器に置換すべきだろうと、そう考えた。一線を退いたとはいえ、老衰を騙し続けている生身の人間のままでは、戦場に身を置き続けるには非常な困難を迫られるだろう。
 ──北棟兵器格納庫に直接繋がる連結通路に漂う臭気を鼻腔が捉え、床上に散らばる瓦礫の残骸に交じって倒れている警邏部隊の兵士達の亡骸を一瞥した。
 一時間前に始まったミラージュ社陸軍空挺強襲部隊による最初期の制圧攻撃によって、本研究施設の機能維持に当たっていたナーヴス・コンコード社の派遣人材と兵力はその大半が損失している。
 前方の床に染み渡る赤黒い血溜まりを一投足で軽く飛び越え、ひたすらに先を急ぐ。
 連結通路の外部──航空施設の滑走路一帯で火線が交えられ、耳に取り付けたインカムから混線状態の無線が垂れ流しで聞こえてくる。
「エスタブリッシュメント共も翌々、無茶が好きなようだな……」
 財団創設に噛んだあの頃から、既に明白になっていた可能性の一類に過ぎない。今更にも別段驚く事ではないだろうと、しかし、余りに誰もが描いた筋書き通りに事実が展開している現実に、図らずもわずかに嘆息してしまった。
 財団解体は最早免れ得ぬ要諦だ。それを持って、是まで培われてきた叡智が支配企業どもへ流出する結果に、その是非を問う真似などはしない。しかし──、
「私には、私の成すべき夢想がある──」
 外部から聞こえてくる砲声の応酬とは別の銃声と煌きが連結通路の終着である角の先から溢れ、両手に提げていたブルバップ式突撃小銃の銃口を跳ね上げた。甲高い音を上げていたパンプスの足音を速やかに断ち、連結通路の壁に背中を預ける。壁から染み出した極寒の外気が背中に触れ、じっとりと浮かんでいた汗を急速に冷やしていく。
 壁際から顔をのぞかせる。連結通路先の兵器格納庫に繋がる自動扉の前に立っていたシルエットが、足元で瀕死状態になって倒れているコンコード兵士の頭部に向け、手に握っていた自動拳銃の引き金を引いた。その残響音が連結通路に反響すると同時に身を飛び出し、構えた得物の銃口をシルエットの胴体部へ突き付ける。
「よくも此処まで逃げ延びたものだな、──ハスラーワン」
 足元に転がるコンコード社の亡骸を見下していた大柄な黒い影──自身がハスラーワンと呼んだ壮年の男は、特別な反応をする訳でもなく、むしろ緩慢とした挙動でゆるりと振り返る。一旦夜闇の中に溶け込んでしまえば、忽ちの内にその姿を消してしまうような相手の姿が、瞬く蛍光灯の下に浮かび上がる。垂らしたアッシュブロンドの総髪の隙間、妖しい光を放つ毒々しい蘇芳色の眸が厭に映えて見えた。
 危険な意志を孕んだ眸だ。これまで幾度となく、そんな意図を宿した人間を見てきた。此処に及んで、彼がその意志を宿すとは、中々に皮肉なものだと胸中で苦笑いした。彼自身がこの数十年間で駆逐してきた意思と同様のものを、彼が宿しているのだ。
 右手にだらんと下げた自動拳銃を持ち上げる予備動作を見せる気配はなく、代わりに彼の左腕に抱きかかえられた幼い"少女"の眠たげな相貌が、こちらをどこという訳でもなく見つめている。
 時間にして僅か数秒程度の静寂が微弱な震動を繰り返す連結通路を包み込み、それから、それまで微動だにしていなかったハスラーワンがその口を開いた
「──やはり生き残っていたか、技術文化特別顧問?」
「この混乱で、何所へなりと失せるつもりか。貴様の死体がなければ、企業共はすぐに勘付くだろう?」
 ブルバップ式小銃の引き金にかけた人差し指に力を込め、ハスラーワンと共に視界に収まっている少女と視線を重ねた。この騒乱の状況の全容と結末を既に把握しているかのように、彼女の眼は諦観にも似た穏やかさを湛え、眠たげな視線を維持している。
 そんな彼女を抱きかかえた巨躯の男は、形容し難い笑みを口許に浮かべ、
「戦場より去ぬつもりなどはない。私達烏が下りる時は、戦場でその死を持ってのみ実現される。……尤も、特別顧問──お前は少し異なるかもしれんがな……」
 練達した口調を持って彼は言い、明らかな殺意を持って向けた銃口など自分に向けられているものではないとでもいうような足取りで、兵器格納庫に繋がる自動扉の方へ踵を返そうとする。
「動くな──!」

 一瞬の間断も逡巡もなく引き金を絞った。銃声が連結通路の高い天井に反響し、小口径の弾丸がハスラーワンの足元の床を削って壁に別の弾痕を穿つ。
「聞け、ハスラーワン。──私は過去を追う。その為なら、此処でお前を殺す事も厭わん。その娘も同様だ……」
 先程の挙動と同じく、一抹の逡巡すらない意思を相貌に湛えて彼を睨み据える。彼の首に細い腕を回す少女の華奢な身体が僅かに震えているのが、未だ衰えを見せない肉眼で目視できた。
「暗部から生まれたモノが最期に還るのは、同じ暗部でなければならんだろう。……四十年間続いた螺旋に私がピリオドを打たねばならないのなら、それもまた道理なのかもしれん……。父の望みに反するとしても、私はそれを許容する事は到底できん」
「……微かに記憶に残っている。あの時の娘──ノウラ、お前だったか。では、尚更私は此処を離れねばならんな……」
「まだ五つかそこらだったろうに。よく覚えていたものだな……」
 三十四年前の古い記憶──私自身、十を数えたか其処らで記憶自体も曖昧なものでしかない。だがこの男が──生まれたばかり"この子"が、私の家に迎え入れらた日の事はよく覚えている。
 ──コード:ヴェイロン・アプローチ。
 三十四年前、数百例以上にも及ぶ失敗作の犠牲の上に人為的に生み出された彼と共に、数年間という短い年月だったが、支配企業の意向によって父が謀殺するまでを生きた。
 少女を抱え爪先を自動扉に向けたハスラーワンは、肩を軽くすくめてみせる。そして、右手に携えていた自動拳銃を持ち上げた。銃口をくい、と動かして、
「……別々の生涯を生きた。私は企業の駒として。お前は過去を追う烏として。他人と言って差し支えはあるまい。しかし、極点の始まりで交わった事は、或いはお前の言う道理だったのかもしれん」
「ならば、その道理に従え……。──私に、お前を殺させるな」
「ならば、道理に従え……。──私に、お前を殺させるな」
 それは果断による意思とは関係ない、別な本意から吐露された苦渋の言葉。私自身、驚きはしなかった。代わりにハスラーワンが多少の驚きを交えた眼差しを作り、口許にまた例の形容しがたい笑みを浮かべてみせる。
「さらばだ、私の唯一の家族……。私は彼女と共に往く。お前であろうと誰であろうと、止めさせはしない。──企業共の眼を覚まさせてやろう。淘汰されて来た歴史の切情を、思い知らせてやろう」
 激情と呼べるほどの強い意志を鋭い眼差しから湛え、迷いなく彼は踵を返す。私は無意識のうちに提げていた銃口を再度跳ね上げ、引き金を──
 聴覚と視覚を一瞬聾する砲火と砲声が吹き荒び、ハスラーワンとの間に空いていた前方通路が右手の外壁から吹き飛んだ。火線交じりの瓦礫片が巻き上がる噴煙の中で暴れ回り、やがて噴煙の銀幕を破るように一機の鋼鉄の巨体が崩れ落ちた連絡通路の縁から姿を現した。
 砂嵐のようなノイズ音が周囲一帯に満ち、機体搭載のスピーカーから僅かに聞き覚えのある声が漏れる。
『彼の邪魔はさせない……』
「──ファントムヘイズ。貴様も総意を翻すか……」
 真冬の寒風が噴煙を急速に攫い、連絡通路に介入してきたプロトタイプ・ネクスト──ファントムヘイズ──の姿を見上げ、さらにその後背上空を飛行していた群列が視界に映った。複数の警護用ガンシップと輸送ヘリから構成されたその空輸部隊は牽引ロープに一機の機体を吊るして、今まさに本研究施設から離脱しようとしていた。
 三年前に開始された計画の中で、無数に製造されてきたプロトタイプネクストの始祖──
「ナインボール・セラフ……。統一政府め、第一種凍結資材まで持ち去るつもりか……!」
 視界の隅から去ろうとするその光景に意識を捕られ、次に視線を崩れた連結通路の先へ向けた時には、少女を抱えた"弟"の姿はなかった。両腕に抱えた得物の銃口を頭上へ持ち上げ、ファントムヘイズへ突き付ける。
「支配企業に敵意を向けて、お前達は何をする。世の絶対律に挑む気か?」
 ファントムヘイズのコクピット内で、過度のAMS接続負荷により既に意識継続の際まで追い込まれているのだろう彼は、しかし、毅然たる態度を保って言う。
『兵器災害の発生は、淘汰された過去からの天祐だ……。私達はそれに従う。あの人なら、世界を覆せる……。──俺は、そう信じている』
 その言葉を最後にスピーカー音が途切れ、代わりに北棟兵器格納庫の正面ゲートが内部から放たれた重火力の砲火によって撃ち破られる。続けてコジマ・ジェネレータ特有の稼働音が周囲に響き、圧倒的な加速度を持ってハスラーワンの駆るプロトタイプネクスト・"ナインボール"が格納庫内から発進した。
 白緑色の噴射炎を後方ノズルから吐き出し、上空に浮上したナインボールは戦火によって照らし出された夜半の曇天の中へ瞬く間埋もれていった。それを見送ったファントムヘイズもまた、眼前の連結通路の縁から離れ、彼の軌跡を追うようにオーバード・ブーストを起動して戦域を速やかに離脱していった。
 連結通路の縁に立ち、薄汚れたジャケットのポケットからソフトパックを取り、紙巻煙草を抜き出して咥える。使い込んだ銀製のオイルライターで先端に紅点を灯し、濃い味ばかりが目立つ紫煙を肺腑へ深く沁み渡らせた。ゆるゆると流れ続ける冷風に乗せて紫煙を吐き出すと、それらは風に絡め取られてすぐに掻き消えていった。
「総意に牙を剥くか……。私は決して降りんぞ。淘汰の螺旋の中で、必ず【過去の根源】を捉えてみせる」
 ──"弟"を作った父もかつてそう言っていた。我々を常に先回る過去、それをいつか待ち受けて受け止める義務が我々にはあるのだと。
 インカムに無線が入り、短くなった煙草を連絡通路の縁から真下の地上へ投げ捨てた。
『間もなくミラージュ社陸軍の制圧部隊が投入される。第四兵器格納庫に機体を移送しておいた。既に動発準備は完結済みだ。急げ、ノウラ……
「了解。現時刻を持って作戦行動を完結、現戦域からの機動離脱へ移行する。……ファントムヘイズも往ったよ、ガロ……」
『そうか……』
「なあ、ガロ……?」
「……どうした」
 ターミナル・スフィア隷下の所属レイヴンとして共に実務をこなす同僚に言葉を投げかける。新しい煙草を抜きだしつつ、踵を返して元来た道を走りだす。
「──何でもない。すまなかった」

 この夜を境に、支配企業群により共同出資運営されていた旧世代技術解析財団【ジシス財団】は、技術占有を狙った支配企業群同士の撹乱工作によって苛烈な内紛を幾度となく繰り返し、結果として組織的解体を迎える。
 財団内で培われた【ARMORED CORE : NEXT】に関連する多くの叡智は各企業に分散し、以降、ネクスト兵器の開発競争が激化していく事となった。
 内紛勃発の混乱に紛れ、プロトタイプネクスト・ナインボールと一人の少女を強奪したプロジェクト参画体・ハスラーワは財団離反後、執拗に送り込まれた企業の追撃部隊を振り切り、公的にその消息を暗ました。

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