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第十話*②*


 Three years later...

 細かい傷跡が残る古い銀製のオイルライターを擦過させ、点った火を紙巻煙草の先端に近づける。単に濃く苦い味ばかりが特徴の紫煙を肺腑へ流し込み、片手に持った電話子機の受話口に耳を当てながらノウラはワーキングチェアに腰を深く預けた。
「頃合いだと思っていたぞ、──シェルブ」
『その言草だと、既にコトは伝わっているらしいな。変らず、其方は業務熱心のようだ』
 通信媒体を介しているとはいえ約二年振りに直接言葉を交わす、レイヴンズアーク時代からの古い知己の物言いに、軽くではあるが口許を歪めて見せる。とはいえ、特段互いの再会を懐かしむ間柄でもない為、一度紫煙を肺腑に含んでから吐き出した後、ノウラはそれに相応しい言葉を省略する事にした。
「其れは私達の要諦だ。この後に及んで気を害するモノでもあるまい」
『確かにな。だが、分水嶺には気をつけろよ。児戯の類でないとはいえ、私もお前も11年前に野に下った身だ。御上の庇護は受けられんのだから』
 本人こそよく理解しているだろうその蛇足に相違ない忠告を適当に聞き受け、紙巻煙草を挟んだ指で眼鏡の位置を直す。
「知己の言葉、覚えておこう。支配企業とは言え、此方にとって大事な顧客だからな……」
 社会的には【ターミナル・スフィア】の名称で通している独立企業体──遺失技術文化社団は創設時期こそ浅いもの、その業務内容と方針により支配企業グループを含む隷下企業とは堅密な利潤関係にある。
 今から約11時間前、統一連邦領土付近の武装地帯でミラージュ社の差し向けた非公式戦力が何処ぞの独立系傭兵部隊を襲撃した。その始終を自社が秘匿保有している軍事衛星から、珈琲を片手に啜りながら丸々傍観していたなどという事が当事者達に知れれば、少なくない利益損失を招くのは想像に難くない話だ。
 電話を介して話している当事者の一人のみは、例外だが……。
【ターミナル・スフィア】が非公式に一基保有している軍事監視衛星【エストラーダ】は、同組織が発足するより以前──今より11年前、レイヴンズアークに在籍していた当時に、ノウラが個人的に管轄権を引き継いだものである。故あって本人の管轄権から離れていた其れを、現役時代にレイヴンズアーク・アリーナのトップランカーを勤めていた電話相手と数人の有志達と共に、ある作戦の最中に奪取した。
 その時の作戦を脳裏に思い出し、ノウラは軽く眼を細めた。レイヴンズアークが行ったそのアンオフィシャル・オペレーションを境に、古い知己──シェルブ・ハートネットはアリーナトップの称号とレイヴンズアークの社籍を返上し、組織から去った。
 ──私は一線を退き、組織の暗部に留まった。
「……さて、和気藹藹と談笑に洒落込む間柄でもない。そろそろ、話を訊こうか……。こちらも気になる事柄が幾つかある」
『このホットライン、枝付きという事はないだろうな?』
 その慎重な言葉にノウラは紫煙を強く吐き出し、はは、と短く笑った。豪胆の権化であったあの男が、そんな事を気にするようになったものだと、胸中で軽く驚嘆した。
「秘匿業務もウチの売りだ。統一政府の特別公安調査室にだって手は出させんさ」
 半端に短くなった煙草を一気に吸い切って灰皿に押し付け、新しい紙巻煙草をデスク脇の専用ケースから一本抜き出す。ワーキングチェアから腰を上げ、執務室内の重層幹線道路に面した硝子貼りに歩み寄り、愛用オイルライターで紙巻煙草の先端に紅点を点す。
 閉鎖型機械化都市【エデンⅣ】は商業区画の上空に、大規模なホログラム処理によって出力された未明の曇天が東の方角から、天外付随の日照設備の準備稼働によって俄かに明るくなりつつあった。幹線道路を早朝出勤の企業関係者を乗せた自動車が疎らに走り、周囲に密集して林立する摩天楼の群にも同様に灯が浮かび始めている。
『先日、ミラージュ社が実行した旧ナルバエス地方での古代遺跡制圧を知っているか?』
「……ああ」
 ノウラはそれとなく言葉を濁し、その作戦に自らも半ば関与していた事実を伏せ置いた。知己のシェルブならば都合よく解釈してくれるだろうと、分かっていたからである。
 先日、と言っても直接作戦にAC戦力を派遣したサンドゲイルにとっては、まだ消化不良の作戦であるだろう。旧ナルバエス地方で行われたその古代遺跡制圧作戦には、【ターミナル・スフィア】もミラージュ社からの直接の依頼で、二機のAC戦力を派遣していた。尤も、第一種制圧戦闘が依頼内容だった大多数のレイヴンとは異なる依頼に基づいて、だったが。
──旧ナルバエス地方・施設識別コード:アスセナの施設調査及び不測事態における支援戦闘。
【ターミナル・スフィア】がミラージュ社から依頼された内容は第一種制圧戦闘ではなく、ミラージュ社が施設識別コード:アスセナと呼称する古代遺跡の内部調査であった。依頼内容(どこからそんな情報を仕入れてきたのかその詳細については訊かず──訊く気もなかったが)は、アスセナの最深度施設に保存されているとされる旧世代の重要凍結資材の確保とそれに伴う支援戦闘、及び公式作戦終了後の解析業務依頼の三本仕立てとなっていた。支援戦闘とはオマケのようなもので、実際の依頼は【ターミナル・スフィア】の主業務に則った非公式の依頼のみであった。
 加えて第一種制圧戦闘についてはこの手の作戦に付き物のものという事で、フリーランスの同業者が一機、愉快な保険を兼ねた口封じ役として投入されたらしい。作戦の経過報告と事後処理から推測するに、そちらの依頼は作戦前か途中半ばで頓挫したようだが。依頼が達成できなかったという点については、戦力を派遣した此方も変わらなかったので、ノウラは胸中で密かに嘆息した。
 元トップランカーが統率しているせいで密かに粛清対象となっていたサンドゲイルの事情については、その本人には黙っておくことにした。独立勢力となった時点で自らの経歴と含め、そのようなリスクを背負った上に、シェルブは独立系傭兵部隊を率いている。蛇足を言った所で何ら変わりはしないだろう。
【ターミナル・スフィア】としても結果的に緊急で舞い込んだ依頼に手間を取られ、アスセナ制圧作戦には関与できなかった。作戦終了後、ミラージュ社から送信されてきた事後報告には、施設識別コード:アスセナの最深度施設では、重要凍結資材に相当するものは発見されなかった──と、記載されていた。
 本来なら【ターミナル・スフィア】への依頼はそれで終わりのはずだった。
 それを能天気な面を下げて額面通りに信用してやれば、の話だが。
「有機体戦略支援機構──十一年前、お前は確かそう呼んでいたな」
『古い話だな。忘れているものとばかり思っていたが……。それがどうかしたか?』
 燃え差しの紙巻煙草を口許で転がしながら、シェルブが今しがた口にした言葉を胸中で反芻する。返答に関しては、ただの振りに過ぎない。ノウラのその意図を何となく察知したらしく、電話向こうのシェルブは軽くため息をつき、
「始終を追跡したのなら、もう知っているのかもしれんが……。──"ソレ"の事だ」
 ノウラは相手に気取られないよう、紙巻煙草を咥えた口許を大きく歪めて笑んだ。
「成程……、其方の置かれている事情は把握した。シェルブ、小僧にはよくよく言って聞かさんとな?」
『其れが出来るなら、こうはなっとらん。変らず厭な女じゃないか、ノウラ』
 先日のアスセナ制圧作戦に置いてサンドゲイルが派遣したAC戦力──シェルブが手塩にかけて育て上げつつある新鋭の若年レイヴン。その少年が作戦行動を破棄し、途中で戦域離脱した事は既に本事務所の方で【エストラーダ】を扱い独自に把握していた。そのおかげで、ミラージュ社がサンドゲイルを強襲する場面に出くわすことができた訳だが。……とどのつまりは、そういう訳である。
 ミラージュ社も施設識別コード:アスセナの周囲一帯に軍事衛星による広域警戒網を張り巡らせ、その最中でサンドゲイルが派遣したAC戦力の戦線離脱を捕捉したのだろう。前後状況と照会した結果、その戦力がアスセナ最深度施設で隔離保存されていた重要凍結資材を持ち去ったと推測、ミラージュ社は急遽非公式戦力をサンドゲイルの繋留するコロニーへ送り込んだ……。
 旧グレイヴメイカーの一派が非公式戦力として派遣されていたあたり、別の要因がサンドゲイルにはあったようだが、それについては今思案すべき事案でもない。
 支配企業の求める重要凍結資材に関してはそれが何なのか、そんなモノはノウラにとっては改めて調査するに及ばないモノであった。
 兵器災害発生後、支配企業群が共同出資を行って運営していた、かの財団創設に関与していたノウラにとって、それは驚くべき種の話ではない。
「把握はしたが、それでどうする? 知己のよしみで気遣い程度はするがその先からはシェルブ、お前の判断次第だ……」
『ここから先は応交渉、独立勢力同士の商売という訳か』
「そう捉えてもらえると、コトが運びやすい。小僧には納得がいかんかもしれんが」
『……マイは俺が宥めよう。部隊解体の憂き目なんぞには変えられんからな』
 アークを去った後間もなくして、シェルブがサンドゲイルを発足させた頃を薄く思い出す。マイという名前には聞き覚えがあった。確か、シェルブがその頃に孤児院から引き取った少年の名前だ。
「支配企業の一翼に啖呵を切ったんだ、穏やかな交渉の余地はないと思った方がいいだろう。──こちらに引き渡すか?」
『……それで安全の確度は?』
「此方が引き取った所で、せいぜいがとこ半々という所か。穏便に事を済ませるのなら、もう一つ手管が必要になってくる」
 そう提言した時、電話の向こう側からシェルブの緊張を孕んだ無言の気配が流れ込んできた。商売相手──サンドゲイルにとってその進退がかかった交渉である。
「──是非に一度、調べてみたいモノだ」
『それだけか……?』
「焦るな。サンドゲイルの提供資材から得られた解析情報については、我社の業務方針に則り、それらが有価情報であると判断できた場合にのみ、相応の顧客へ売買する……」
【ターミナル・スフィア】は旧世代に関する史実や技術に関する情報収集・分析、加えて合法非合法を問わない依頼に基づく遺跡発掘、それらの長期保護などを主業務としている。創設経緯の特異性から、支配企業を含む隷下の系列組織などとは多く提携関係にあり、それはミラージュ社も例外ではない。
「色を付けた売却情報を判断材料に、此方から口利をして独立系傭兵部隊・サンドゲイルへの武力行使を無期限停止……こんな所でどうだ?」
『ふうむ……。少しばかり大きい貸しになりそうだが、仕方はあるまい……』
「いずれ何処かで返してもらう事とするさ」
 本筋を辿れば、施設識別コード:アスセナの最深度施設で保管されていた重要凍結資材はミラージュ社の遺跡調査部隊によって発見、確保される予定だった。それが不測の事態によって回り巡りながら、結果的に【ターミナル・スフィア】の手に渡る。ミラージュ社にとっては保有権を放棄したうえに後塵を拝した形となる訳であり、サンドゲイルと【ターミナル・スフィア】の間に何らかの協定が繕われたと考えるのはおそらく当然の成り行きだろう。つまり、【ターミナル・スフィア】に対する顧客の点数も、ひとつ下がることになる。
 まあ、それについてはサンドゲイルに追々貸しを返してもらう事にすれば済む話だとノウラは結論付けた。
(企業共も今すぐにでもという真似はすまい……)
 ──今回の件を含め、有機体戦略支援機構の確認は"四例目"。支配企業群にその所在が割れているのは、サンドゲイルの保有する一体のみ。【ターミナル・スフィア】にそれが渡ったと知れば、ミラージュ社を始めとする支配企業共がこぞってコンタクトを取りに来るだろう。
 だが、単純な利潤関係と今後を考えるのなら、支配企業も喜び勇んで実力部隊を送り込むような愚行は犯さないはずである。有機体戦略支援機構の資材価値は、支配企業が考えているものと同様に【ターミナル・スフィア】にとっても業務遂行の要諦である。
『破壊された繋留コロニーの防衛ラインの復興支援をしなきゃならん。それに人目に付くような真似は避けたい。最低限の人員でエデンⅣまで送り届けるが、どうだ?』
「良いプランだと言いたい所だが、此方でも先日都市内部で問題があってな。ウチから人を送ろう。迅速且つ大胆に──引き渡しは20時間後、合流地点その他の詳細は追って送信する」
『いいだろう。最近奴さんの方じゃきな臭い噂をよく聞く。世の中もこんな情勢だ、何かが起き始めているのかもしれんな。11年前のように……』
 過去を懐かしむようなシェルブのその言葉にノウラは一瞬だけ目を細め、咥えていた紙巻煙草を指にはさみ込んだ。肺腑に貯めこんだ紫煙を吐き出し、
「留意しろよ、シェルブ。お前達が思っている以上に、過去は私達を先回る……」
『ああ。ではまたな……』
 短い別れの言葉を最後に、秘匿回線での古い知己との商談はあっさりと終わった。
 スラックスのポケットから携帯灰皿を取り出して、短くなった吸殻を押し付ける。ソフトパックを縦に揺すって新しい紙巻煙草を抜き出す傍ら、ふと硝子貼りに映り込んだ自身の姿をノウラは見つめた。
「その通りだ、シェルブ。たったの五年で、この薄汚れた地上世界は大きく変容しつつある。……尤も、淘汰されてきた歴史から見れば、取るに足らん事物なのかもしれんがな……」
 巨視的に見れば、前時代の【大戦】が終結して一世紀──そこから形式上統一政府を頂点に始まった人類再興より、何かしらの歪みは生まれ始めていたのかもしれない。半世紀近くを過ごした自身などは、その歪んだ波の一括りにすぎないのだ。
 手首に嵌めていたゴムを手に取り、肩辺りまで伸びた墨色の髪を襟足から結え上げる。
 生まれてから四十八年。兵器災害が人類を蹂躙してから、たったの五年だ──
 硝子貼りに映り込む自身の双眸を強く捉える。切れ長の赤銅色の双眸は、鋭く研いできたノウラの意思を反映している。亡き父の跡を継ぐ考古学者として、またかつて一線の傭兵として戦場に在った者として、壮年期も暮れに入ろうとしているその肢体は、未だ衰えを見せぬ非常な頑健さを湛えている。
「囚われては逃れられん。ならば、その闇から闇へと渡っていくしかない、か……」
 新たな技術概念の確立と共に現代に蘇ろうとしている、旧世代の人類から計画凍結を経て紡がれてきた次世代兵器開発要綱──【ARMORED CORE : NEXT】。
 兵器災害以降、かつて特別顧問として在籍していた旧世代技術解析財団【ジシス財団】が組織的解体を経てから、ネクスト開発計画は各支配企業へ分散した。支配企業達が血眼になって捜し求めている有機体戦略支援機構も──所謂生体CPUも、既に制御技術の根幹として深く関与している。
 たったの五年だ。たったの五年で現代の人類は、旧世代が成し得なかった一つの兵器の極点に達しようとしている……。
(そろそろ時間か……)
 ノウラは窓硝子に映り込んだ自分の姿から視線を反らし、事務所内のオペレーターに当てて電話子機の内通ボタンを押し込んだ。接続中を知らせる軽い電子音楽のリズムが受話口から流れ、しばらくして不意に回線が開く。
「──聞いていたな、メイヴィス?」
『ええ、滞りなく。人員選定及び、ミラージュ社への書類作成は既に完了しました。派遣人員については指示に合わせて、随時動発可能です』
「重畳だ」
 その言葉に対してメイヴィスは、過分な言葉です、と控目な言葉を返す。【ターミナル・スフィア】の通信技術部統括であり同時に独りの専属通信技官でもある彼女は、ノウラとは兵器災害以前から続く知己である。社団創設期にもノウラと共に常に動き、ノウラの知る限りでは、相当に優秀な通信技官の一人であった。
「作戦推移については?」
『【バラハ01】【バラハ02】【バラハ03】は、【エリアFr-06】にて第一種準備待機態勢を完結。準未確定勢力への通信傍受は0550時よりこれを継続、0630時より作戦態勢を第一種準備待機態勢から第三種戦闘態勢へ移行します』
「順調だな。現場は状況を維持。未確定勢力に変動ありの場合、現場判断により速やかにこれを排除しろ」
『了解。間もなく中継が始まりますが、あの子に──【レジェス57】に何か言われますか?』
 銀製のオイルライターを片手で器用に擦過させ、種火を新しく咥えた紙巻煙草の先端に移す。
「……いや。あの娘には全て伝えてある。此処に及んで、私のような老兵が教える事は何もない。後は……、あの娘が自分で駆け上がるだけだ」
『相変わらずですね、ノウラ。──現場に現状維持を伝達、状況を更新します』
 そこでメイヴィスとの通信が終了するかと思っていたが、回線の向こう側で何やら彼女がコンソールを操作する音が聞こえてきた。
『グローバル・コーテックス社の専用回線から通信です。発信主は──、前社所属レイヴン【スワロー】です』
「……スワローだと? ふん、珍しい顔が来たものだな」
 ノウラは紙巻煙草を転がしながら口許を小さく釣り上げ、デスクに戻って備えつけのワーキングチェアに腰を下した。電話子機を台座に下ろし、外声音スイッチを押しこむ。
『回線番号:Ex-99821-Ad01に接続、ホログラム通信で出迎える。奴さんの事だ。下手を打つような真似はしないだろうが、一応記録しておいてくれ』
『了解しました。回線を接続します』
 その言葉の直後、天井に敷設された出力装置から疑似映像が放射され、ノウラの座るワーキングチェアとデスクを残して執務室内は恣意的に作出されたデジタル空間の闇に呑まれた。
『回線接続完了。映像、出力します……』
 突如闇に呑まれた室内、デスクから若干離れた場所に砂嵐のようなノイズが走り、発信主の佇まいが天井の出力装置から立体映像として構築されていく。軽い電子音が出力完了を知らせる。
『──久しぶりだね、ゼノビア?』
「開口一番にそう呼ぶとは、軽口は変わっとらんな」
 情報映像として出力された"二十代の青年姿"の発信主は、ホワイトスーツに身を包み片手に嗜好品としては上物らしき葉巻を挟んでいた。しかし、反対側の左腕は包帯で首元から吊下げられ、適度に切り揃えられた濃紺色の前髪の間からのぞく額には、それでも随分と治癒したのだろう青あざが浮かんでいる。
 まあ、形容するには一言で十分であり、つまり、レイヴンとしては珍しくない光景であるが、何とも痛ましい姿であった。
「中々様になってるじゃあないか、ええ?」
『変わらずキツイお言葉、嬉しいねえ。これでも大分マシになった方なんだ、明日には完治してるだろうさ』
「強化施術体の身体というのはつくづく便利なものだな。全身粉砕骨折を免れた上に、数日足らずで重傷を完治しきるか……」
『……やっぱり、あの戦域で二機のクレスト社陸軍所属ACを相手にしていたのは、君達だったのか』
 演技じみた挙動で青年姿のスワローは、軽く肩をすくめて見せる。
 今しがたスワローが指摘した通り、ノウラはつい先日にあったミラージュ社からの一連の依頼──外部依頼番号:061-3428──の際、近隣戦域においてグローバル・コーテックス社とクレスト社勢力が交戦していた事実について、【エストラーダ】の管理体制の一貫として既に作戦後の事後処理の段階で知り得ていた。
 尤も、ミラージュ社からの緊急依頼がなければ、その光景を目にすることもなかっただろうが……
「それで、七年振りのコンタクトの理由を訊こうか?」
『はあ、仕事熱心な所も変わらないね。ある意味で感嘆ものだよ……まあ、此方としても手間が省けて、有り難いけどさ……』
 葉巻の濃い紫煙を周囲一帯に燻らせ、充分な時間の空きを取ってから言葉を紡いだ。
『他でもない。──【NEXT】についてだ。君なら、驚くほどのものでもないだろ。最初期の試験機開発要綱に携わっていた君なら……』
「何を知りたいのか知らんが、昨日の今日でソレを我々の方へ求めるか普通?」
『君が三十年来の、少ない知己だからだよ。それじゃあダメかい』
「つくづく男と言うのは、古い話を持ち出したがるのか? 呆れたものだ……」
 スワローとの腐れ縁のような付き合いは、確かに長い。一線のレイヴンとしてノウラが戦場に在り始めたその頃から、スワローや彼の言う当時の少ない知己──シェルブ・ハートネットは既に共にいた。
 結果的に、ノウラとシェルブはレイヴンズアークに、スワローは異なる大手企業へ渡っていったが。
 ノウラはデスク内蔵のコンソールを叩き、投射型ディスプレイを起動させる。淡い灰青色の光源を放つ多分割ディスプレイが次々と浮かび上がり、ノウラの顔を青白く染める。
「有価情報なら商談に基づいて応提供しよう。だが、顧客情報については当然だが、売買できん」
『君の判断に任せる、僕はそれに従おう。──最近、裏の世論を騒がせてる【赤いAC】についてだ』
 何を言い出すのかと思えば、スワローのその言葉はノウラが大よそ予測していたものとはかけ離れていたものだった。事実としてスワローは、口許に20代の好青年という風貌には不相応過ぎる奇怪な笑みを浮かべている。
『近頃、南方ミラージュ社領アンディオン地域を中心に、周辺の武装地帯で幾度か目撃されている。当該地帯は旧兵器遺跡の発見が相次ぎ、ミラージュ社軍事勢力による武力進行が著しい。近隣には統一連邦の軍事境界線が敷かれているが、当の本人らは静観を決め込んでいる模様だ。──【赤いAC】とされるシルエットは、その現場に積極的に武力介入を繰り返しているらしい。この事実関係に関する君の見解と、考古学者としての意見を是非とも聞かせてほしい?』
 立体映像のスワローが向けている鋭い視線を受けながら、視界の隅でコンソールを操作し、【赤いAC】に関係するといわれる情報をディスプレイにいくつかピックアップしていく。
 ──赤いAC。
 いわくつきの所属不明機として世論では度々扱われているが、ノウラやスワローをはじめとするその手の業界に深く関わってきたものとしては、皮肉な言い方をすれば馴染みの深いものである。
「ナインボールか……。あんな怪奇話に興味を示すとは、コーテックスもよくよく暇を持て余しているようだな?」
『今回は至極個人的なモノだが、コーテックスにとっても近頃の事実関係は静観というものを超過している』
「個人的、ね……」
『其処を疑わないでほしいよ。僕や君にとってアレが、他人事でないのは過去が最もよく示している。コーテックスがのんびりとしているだけかもしれないが、何れ支配企業から正規の調査依頼が来てもおかしくないんじゃないのか? ナインボールに関与していた君相手に……』
 首から吊るした右腕に持った葉巻をノウラの方へ差し向け、スワローは神妙な表情をつくってみせる。
 スワローの察しは当たらずしも遠からずであった。
 ノウラはかつて、兵器災害後の財団招聘時代に例の赤いACとやらに関与していた経歴がある。正確に言及すれば、財団が支配企群同士の内紛によって組織的解体に追い込まれた後に、再度。
「一学者である私が、容易に言及すべき物ではないな。だが……」
 紙巻煙草を灰皿に押し付け、新しいものを咥えなおす。
「損得を抜きに"奴"を殺したい奴は、大勢いる。……お前を含めてな。どうだ?」
「……その返答次第かい?」
『私とてレイヴンだ。愚物が死地に自ら飛び込んで、敵味方の区別なく命を散らすのは何度も見てきた。昔のお前はどうだったか知らんが、今回は慎重に事を運ぶべきだ。奴を殺したいというのなら、尚更だろう』
 ノウラのその言葉を聞き受け、スワローは普段の飄々とした態度をその身体の奥底に仕舞い込んだ。代わって彼の顔には、凄惨とも言える、いわば最古参のレイヴンのみが持つ鋭いまなざしが宿っている。
 彼は慎重に言葉を選ぶように口を何度か動かし、それから、
『──ああ。僕も奴を殺したい。同業者として、一人のレイヴンとして。けれど、今の僕には昔以上の立場がある。奴を……ハスラーワンを殺したいのと、それとはまた別の話だ』
 ──二十年前から青年の姿を維持する彼はその風貌とは裏腹に、研ぎ澄まされた老獪をのぞかせる言動をよこした。青年には表向きに与えられたレイヴンの地位以上に、グローバル・コーテックスから必要とされている才能がある。
 ノウラは一時も彼の双眸から視線をずらさず、しばらくしてからコンソールを操作した。例の赤いACに関連した最も新しい情報を引き出す。
「──最近で確認されたのは、一週間前のミラージュ社領対統一連邦軍事境界線付近、ケレト大断崖の地下核部だ。ケレト地域は旧世代技術の発掘調査が一時は隆盛した場所でな。現在でも時折、凍結資材が発見される事がある。……一週間前も丁度そんな時期だった」
『そこへ、例の赤いACが?』
「今週行われた機構調整会議では、ミラージュ社はその事実関係を否定しているがな。だがウチの得た情報によると、ミラージュ社はその一連の武力衝突が行われた前後に、ケレト大断崖の地下核部資源地層で凍結資材を発見、確保している。……何だと思う?」
 コンソールをたたん、と軽く叩き、その関連情報群をディスプレイに出力する。スワローと視線を交えつつ、ノウラの視界の隅に映っているのは、青白い肌を宿した一人の少女と思しきコールドスリープ設備に収められた凍結個体。ノウラは口許を歪めてみせ、スワローに自身の意図が伝わるよう表現する。
『──まさか、発見されたというのか』
 ノウラは小さく首肯した。
『そうか……。赤いACの目的は、ソレだったと?』
「憶測の域を出んがな。これに踏まえいくつかの複合要素を吟味した所、現場に現れた"赤いAC"とやらは、オリジナルである可能性が濃厚だ……」
 オリジナル──自らそう表現してみて、ノウラは改めて口許に自嘲のような笑みが浮かぶのを自覚した。
「その詳細については?」
『経営法規に則り、そこに関しては言及できん。悪いがな?』
 そこばかりは仕方あるまいか、と彼は諦めの表情を作る。
 経営法規に触れているかどうかは不鮮明だが、前後状況から考察したノウラ個人の推察では、ミラージュ社が先日、独立系傭兵部隊【サンドゲイル】に対して行った武力行使との関連性が疑われていた。ミラージュ社が先週に続いて凍結資材の確保を急務としていたのならその動機については不明だが、例の赤いACがケレトを強襲した動機としては筋道が立つ。そして、直前の客分とのやりとりより発する自社利益のためには、スワローに対してそれらを話すことは、現段階では経営法規に関わるのだ。
「巷の【赤いAC】に関して、今の私から言える事は以上だ」
『成程……』
 互いに暫く無言を通し、それぞれ愛用の煙草に意識を傾ける。緊張感が張り詰めている訳でもない、ただただ静かに双方の意図を確かめあうような温い空気が仮想空間を満たす。
 やがてノウラは短くなった紙巻煙草を指に挟み込み、
「──死を求めているように見えるのは、杞憂を抱いた老兵のソレか?」
 片眉をつり上げ、スワローは心外だとでもいうような表情をつくってみせる。
『珍しいもんだね。君みたいな人間が、そんな事を言うなんて……』
 ノウラは続ける。
「老いを過去に置き忘れて来た者の境地に、ちょっとした興味があるだけだ。貴様が心外だというのなら、それで構わん」
『まあ……。本来なら僕のような人間は、今のような表の地位でぶらぶらしているべきじゃないというのは、確かだろうね。でも、さっきの自分の言葉を正当化する訳じゃないけど、僕には僕の成すべき夢想がある。それを成さずして、表舞台から去る訳にはいかないんだ』
「それが、ナインボールか……?」
『それは、どうだろうね……』
 例の年不相応な、含みを持たせた笑みを青年は浮かべる。
「兵器災害以降、この業界も随分と慌ただしい。新しい潮流が、そこまで来ているのかもしれん」
『ウチも最近、色々と新人の育成に力を入れてるみたいだしね。コーテックス・アリーナも押しつ押されつの状況さ』
「そういえば、Aランクにはまだ若手のレイヴンが二人も名を連ねているな。ソリテュードとやらも、確かその類だったはずだが……」
 何か思いついたように、スワローはぱっと表情を上げた。表の地位の上での話だが、グローバル・コーテックスに在籍し、かつノウラが活動拠点としているこのエデン4に同じく居を構えているのが、コーテックス・アリーナでAランクという地位に君臨するレイヴン「ソリテュード」である。
『彼か。彼は若年だが、レイヴンとしては古参の域に入っているね』
 そのスワローの言葉から、ノウラが隠した意図に彼が気づいている様子は見受けられなかった。
(奴さん、どうやら上手く隠しているようだな……)
『彼は本物の天才だよ』
 興味の範疇から派生した記憶と照らし合わせ、ノウラはコンソールを操作してさらにソリテュードに関連した情報をピックアップする。彼のレイヴンとしての輝かしい戦歴から、パートナーの存在やコーテックス社内でのポスト、私生活に至るまでを。その中に、『ALICE』と銘打たれた西洋人形にでもありそうな整った造形をした少女の姿を見つけ、再度それとなくスワローの双眸を注視する。
「データベースによると、その男は兵器災害発生時に、旧兵器遺跡のひとつを沈黙させているようだな」
『兵士としての、僕にはない才覚を常に示し続けている』
「かもしれん。だが、死線の一つや二つを越えた程度で一流の先へ行けるかどうかは、また別の話だ。レイヴンが戦場で生き残るには、一流の先へ行くか、別の道を歩まねばならない。──私やお前、それにハスラーワンがそうであったように、な?」
 それぞれの道を生きた。それが異なれど、そういった者達が迎える末路は、同じく歩んでいく線路のようなものなのかもしれない。
 ノウラは腕時計に視線を落とし込んだ。アナログ時計の時刻は午前の0650時を指している。デスク脇に置いていたリモコンを手に取り、電源をONにする。正面に立つスワローの後方、恣意的に空間情景を削除されていたデジタル空間に、投射型TVの画面が出力された。チャンネルは事前に合わせていた通り、エデン4の統一政府運営下にある国営ニュース番組の始まりを告げていた。
「丁度頃合いだ。観ていくか?」
 スワローの首肯に合わせて天井の出力装置が指向性を持って回転し、投射型TVの方向へ向く。
『お早うございます。GIN、午前7時、朝のニュースです』
 テレビ向けに受けのいい顔立ちの整ったキャスターが原稿通りの挨拶を述べ、早速早朝のニュースがクローズアップされる。
『レイヴンズアーク社主催のアーク・アリーナにおいて0600時からトップクラス・マッチが開始され、新1stランカーが誕生しました。アーク・アリーナの最高峰、エクストリーム・アリーナにおける最高の地位を獲得したのは、同社所属の新鋭レイヴン・ロジオン──』
 時を同じくしてレイヴンズアークで開催されていたアリーナの結果情報が速報で放送される様子をしばらく無言で見送る。2、3分ほど経ってようやく、キャスターの女性が次のトピックに目を向ける。原稿にちら、と視線を落として台詞を整える。
『続いてはエデンⅣ、グローバル・コーテックス社主催のアリーナ情報です。中央興行区コーテックス・アリーナで間もなく、0700時からアリーナ本戦出場予備大会、決勝が開始されます』
 キャスターのその報道にスワローが目を瞠った。
『どういうことだい。国営とは言え、たかが予備大会の決勝がニュースに?』
 ニュース番組を視界にとらえつつ、鳴り響いた内線通話の受話器を取る。
 メイヴィスの落ち着いた声が届いた。
『作戦起動三分前です。現場、所定を完結。【エリアFr-06】にて、第三種戦闘態勢から第二種戦闘態勢へ移行します』
「わかった。予定通り、状況を開始しろ」
『了解しました』
 内通電話を切り、スワローの問いに答える。
「新しい潮流という奴だよ。時間はあるんだろう? 観てみようじゃないか、その渦中を」
 ノウラはニュース画面に映し出された二機のAC機体を、紙巻煙草を挟み込んだ指で指差した。

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