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第十一話*②*


コーテックスの社有ガレージは本社施設の地下に備え付けられている。
地下に張り巡らせられたリニアなどの交通機関を利用しやすくするためだ。
もっとも、これは一般的な貸ガレージにも言えることである。
スワローはガレージの入口に取り付けてあるセキュリティーにIDカードを滑らせ、十六桁にも及ぶ暗証コードを空で打ち込む。最後に指紋と虹彩認証をパスすると、やっとドアロックが解除された。
ガレージに足を踏み入れると、赤外線センサーで人の入室を感知した照明が、自動でガレージ内を照らし出した。

只広いガレージ内には三機のACが立ち並んでいる。
一つは【ARROWS】――コーテックスの試作ネクストだ。
近日中に行われる換装作業のためか擬装装甲が外されており、専用の武器もこの間のクレスト新型戦で破壊されたため、ハードポイントには何も取り付けられていない。
ディタは使用禁止と言ったが、これで出撃は実際問題不可能だ。

もう一つは擬装装甲が施された【ARROWS】と全く同じ外見のAC。
スワローはこれを指して【アロウズ】と呼ぶ。
フレームに内部パーツや武装に至るまで全て企業の既製品で構成された、正真正銘紛れもない普通の機体だ。
本来、何らかの理由により【ARROWS】が使えない場合はこの機体を使う。
だが現在は、熱暴走を起こしかけていた【ARROWS】のコンデンサー改修のため、ジェネレーターが外され動力源が無い状態だった。
すぐに体を悪くするじゃじゃ馬な妹のために、身を粉にして働く姉のようだ。

そしてもう一つ、ブルーシートが掛けられた機体がガレージの最奥にあった。
コーテックス社がスワローに貸し与えたカスタムメイドAC――コーテックス強襲型type-A、機体コード【ベルフェゴル】――かつてスワローが使い、数え切れない戦果をもたらした機体だ。
シートを固定していたワイヤーを外すと、その全貌が曝し出される。
墨地に紅の迷彩が特徴的な中量二脚。
武装も封印した当時のままだった。
「お前をまた使うのは御免だったがな、そうも言っていられなくなった」
スワローは鋼鉄の巨人を見上げながら一人ごちた。

広大とも言えるガレージには、簡単な医療器機が置かれたメディカルルームと、機体の詳細表示やアセンブリが一括して行えるコントロールルームが併設されている。
スワローが【ベルフェゴル】を起動させるためコントロールルームに向かうと、ポケットの携帯用通信端末が鳴った。おそらくライラからだろう。
折り畳み式の端末を開けディスプレイを見ると、案の定ライラからだった。
「やあライラ、どうしたんだい」
『おはようございます。そろそろ作戦時間ですので、そのご連絡を』
コントロールルームのスツールに腰掛け、コンソールを操作し機体の詳細を表示させる。片手は端末を耳に宛てがったままだ。
『二時間後にレイヴン試験担当官として出撃です。機体チェックは宜しいですか?』
「ああ、今している所だよ」
先日の依頼(報酬は何故かきっちり振り込まれていたのであれでも依頼となる)から、ライラのスワローに対する呼び方が〈レイヴン〉から《スワロー》に変わっていた。
彼女もそれなりにスワローの力量を認めたようである。
「チェックと装備の換装に一時間程掛かりそうだ。終わり次第こちらから連絡するよ」
『もう……。余り時間に余裕はありませんからね?時間厳守でお願いしますよ』
やはり釘を刺された。確実に自業自得だったが。
コンソールパネルを操作し、外部から【ベルフェゴル】のOSを起動させる。
ラフと名付けられた機体AIが自己診断プログラムを走らせ、スワローの手元に己のスペックを事細かに表示させていく。
「分かってる、時間には必ず間に合わせる」
『しっかりお願いしますよ、貴方は試験官なのですから。それでは失礼します』
そう言って通信は切れた。最後まで念を押されっぱなしだ。
端末をポケットに戻しながら苦笑した。
やれやれ、と呟きながら自分の仕事に向かう。
確かに時間が押していた。

機体のデータチェック――完了。
機体各部――オールグリーン。
弾薬――不備無し。
問題は無い。完璧だ。
次に装備の変更に取り掛かった。
今回の仕事は直接スワローが戦闘するわけではない。あくまでも新人の力量を見定めるのが目的だ。
主兵装である右手の重マシンガンに変更は無し。
左肩部のマルチミサイルとエクステンションを外し、高性能レーダーを積む。
更に左手のバーストハンドガンをショットガンに変えて重量の安定を図る。
最後に右肩部のレーザーキャノンを軽量型グレネードキャノンに変えれば完了だ。
この作業は全てオートメーションで行われる。そのため、この大幅な装備変更も十五分程度で完了した。
ACの最大の長所である優れた互換性と汎用性は、こういった所にも支えられている。

時計を確認すると、作戦開始までは一時間半もある。
身支度する時間も充分にあった。

スワローはコントロールルームを出ると、メディカルルームに向かった。
メディカルルームには簡単なロッカーが置いてあり、彼はいつもそこでパイロットスーツに着替えていた。
メディカルルームを足早に横断し、ロッカーに辿り着く。
ロッカーを開け、上着のコートを几帳面にハンガーに掛け仕舞う。
ブラウンのウールセーターと白いコットンのシャツ、さらにベージュのスラックスも同様に仕舞い、インナーだけの姿になった。
齢五十を過ぎているとは思えない程に若々しく張りのある肌――。
これも二十年前に受けた強化手術の副産物だった。
人体の老いを司るテロメアに異常を来し、通常減るだけのテロメアを体内で合成供給するようになったのである。
しかし、投薬手術の副作用によりホルモンバランスが崩れ、朝目が覚めてみれば乳房が出ていることもあった。
それら全てが彼の背負った業であり、超人となった代償なのだ。

スワローは医療器機のキャリーからハイジェッター(無針注射器)を取り出して具合を確かめる。――問題無い。
次に薬棚を見渡し、NSAID系鎮痛剤とベンゾジアゼピン系トランキライザーの薬瓶を取り出した。
どちらも出撃前には必ず服用しなければならない、彼の身体に対する枷だ。
慣れた手付きでハイジェッターに薬液を充填し、左肘の裏側辺りの皮膚へ注射口を押し付け一息に注入する。
圧縮空気の軽い音が響き、注入された薬液が浸透していくのを実感する。
「ふぅ――」
完治したとは言え、まだ若干感じていた肌の引きつりや掻痒感などが引いていく。
コンディションもこれで万全。後は出撃するだけである。
薬棚に瓶を片付けると、ロッカーからパイロットスーツを取り出し袖を通す。
空色のスーツを身に纏うと、意識に一筋の線が通るのを感じる。それは弓に張った弦と良く似ていた。
「さて、行くか――」
弓に張る弦の如く、意識を極限まで研ぎ澄ます。
己を唯一の猛禽とするために――。

【ベルフェゴル】のタラップを上り、身体をコックピットに滑り込ませる。
開閉レバーを閉め、シートに身を沈ませると、体がその身に馴染んだ行動を無意識の内にトレースする。
計器類のスイッチを全て入れ、半分眠っていた機体AIを叩き起こす。
外部操作によりスリープモードで待機していた【ベルフェゴル】が、本格的に眼を醒ました。
【メインシステム――通常モード、起動】
無機質な男性の機械音声がコックピット内に響く。
その声を聞いた瞬間に、心の奥底に沈んでいた過去が、死霊の如く襲って来た。

かつては手足の様に駆使し、幾度となく死線を潜り抜けてきたこの機体。
栄光と羨望に彩られた記憶の中に深く食い込んだ、大切な人を失った悲愴の痛み。
助けられなかった自分の無力感。
その全てを噛み締め、咀嚼し、顔を上げた。
「フラーネ――ボクはもう一度飛ぶ。そして君との約束を守ってみせる」
過去から目を背けるのは終わり。
過去に捕らわれるのも終わり。
過去を受け止め、未来を見据えた燕は決意を新たに飛翔する。

思い耽るのを止め、ライラに連絡を入れるために通信回線を開く。
試験開始の時間まで一時間十五分ほどだ。
二回のコール音の後、オンラインを示す緑色のサインランプがメインモニターの左下に点り、【voice only】の表示が出る。
「ボクだ。こちらの準備は完了した。いつでも出撃出来る」
『了解しました。作戦の詳細確認を開始します』
ライラの返答と共に、メインモニターに一人の青年の顔写真が映し出される。
『受験者の名前はグレイ・ジェファーソン。試験依頼の内容はポイントN66-183―鉱山都市パースに居座る不法占拠者の排除。依頼者のミラージュ社からは【投降を認めず、殲滅を以て達成とする】との通達です』
ポイントN66-183を含む北方の領域では、資源採掘のためにパースのような鉱山都市が数多く存在するが、パースは採掘状況が思わしくなく、既に廃棄が決定されている都市である。
しかし、労働者にとって採掘業は生活を支える大事な収入源であり、生きるためには枯れた鉱山だとしても掘り続けなければならない。
恐らくは解雇されたことに対する抗議なのであろう。
抗議行動を続けることで、もう一度働き口をせしめようといった魂胆か。
だがミラージュは冷静で、労働者達が思うより冷酷だった。
『不法占拠者の戦力ですが、工作用機械を改造した程度のものです。はっきり言ってAC戦力を投入する程の相手ではありません』
それも当然である。
新人試験用に特別に回して貰った依頼だ。
本来ならばMTで妥当なレベルであり、歩兵でも十分達成可能な依頼だった。
「それでボクは何をしていればいいのかな」
詳細を聞けば聞くほど簡単な内容だ。
自分がすべきことなど何も無いように思えた。
『特に何も――と、言いたい所ですが、万が一にも受験者が逃亡しないように監視していて下さい』
「りょーかいりょーかい」
流石に軽すぎるスワローの態度が気になったのか、ライラが念を押してきた。
『……本当に理解していますか?グレイ・ジェファーソンが逃亡したならば、その始末まで請け負うのが貴方の今回の仕事です』
「分かっているさ、勿論ね」
『それなら結構です』
人を殺すことに慣れていない者は、往々にしてその状況下に置かれた場合、恐慌状態に陥る。
コーテックスにも敵前逃亡の前例が無い訳ではなかった。
明確な弱者は必要ない。それが世界の選択である。
『以上で作戦の詳細確認を終了します。移動は戦術輸送ヘリで行いますので、地下リニアモールからエアポートに向かって下さい』
運搬用地下通路とガレージを隔てる隔壁が開く。
「了解した。こちらスワロー、――【ベルフェゴル】、出撃する」
二、三回フットペダルの感触を確かめると、一気に踏み込み、加速した。
大推力のブースターが機体を華麗に弾き出す。筈だったが、
「…ぅおっと!?」
勢い勇んで飛び出したはいいものの、バランスを崩して壁に激突しそうになった。
なった、というよりは、右肩部装甲が壁を擦り、盛大に火花を散らしている。
慌ててブレーキを掛け減速しようとすると、逆にブレーキが掛かり過ぎてつんのめりそうになった。
「おぅぁ!?」
危うく転倒しそうになったが、ブースターのベクトルを上に向け、ショートジャンプすることで回避した。
だが、低い天井の通用路内だったため、頭部パーツが天井に激突してしまう。
狭い通用路内に鈍い音が響き渡った。
【AP99%に低下】
すかさず機体AIが絶妙なタイミングで要らない報告を入れてくる。
スワローは、このAIに対して殺意が湧くのを確かに感じた。
『どうかしましたか?まさか敵?』
「き、キサラギの生体兵器が潜り込んでいたんだよッ。もうだいじょうぶ、大丈夫だ」
ライラが怪訝に聞いてくるが、まさか素直に『コケそうになって頭をぶつけた』とは口が裂けても言えない。顔を真っ赤にしながら咄嗟に嘘をついた。
濡れ衣を着せられたキサラギにとってはいい迷惑である。
『〈エデンⅣ〉が襲撃された事といい、最近はコロニー都市と言えど油断出来ませんね……。警備局に警戒レベルを上げるように打診しておきましょう』
「そ、そうだね…。あ、あははは……」
自分の操作ミスにより、これからまた一段と仕事が増える警備局に心の中で頭を下げながら、スワローは機体の操縦に修正を加えていた。
(すっかり忘れてたな…。コイツ、馬鹿みたいにじゃじゃ馬だったっけ)
【ベルフェゴル】の操作性は、安定性など度外視のピーキーさである。
初めて乗った時など、設計したアーキテクトをぶん殴ってやろうかと思った程だ。
胸中で悪態をつきながら、エアポートに繋がる運搬用貨物リフトに機体を乗せる。
上に到着すれば、そこはもうエアポートだ。
(やれやれ…。通信が音声のみで助かったな)
今の無様な醜態をライラに見咎められたのならば、どんな説教が飛んでくるか分かったものではない。
スワローは胸を撫で下ろすと、リフトの昇降キーを押し込んだ。

コーテックス社のエアポートはそれ程規模の大きなものではない。
辺りを見渡すと、目当ての輸送機はすぐに見つかった。
機体ハンガーにACを繋留したクランウェルが一機、発進を今か今かと待ち望んでいた。
スワローは輸送機下に機体を移動させ、ハーネスでしっかりと機体を固定する。
輸送機のパイロットにはライラからゴーサインが出だのだろう。
【ベルフェゴル】の搭載を確認すると、クランウェルは鉱山都市パースに向け飛び立った。

二機のACを載せたクランウェルが、雲海の上を滑るように飛ぶ。
地表の様子は雲に遮られ良く見えない。
気象情報によれば、パース一帯は雨模様らしい。
『パース到着まで四十五分程です』
「そうか、分かった」
スワローが一眠りでもするかと、シートをリクライニングしようとした時、通信が入った。
発信者は同乗のAC――つまりグレイ・ジェファーソンからだった。
パネルを操作し、回線を繋ぐと、先程ブリーフィングで見た青年の顔がメインモニターに映し出される。
『はじめまして、グレイ・ジェファーソンと申します。スワローさんですよね?お会いできて光栄です!』
こうして声を聞くと、利発で明るい性格なのだと分かる。
人懐っこい外見と相まって、自然と良い印象を受けた。
「こちらこそグレイ・ジェファーソン。君の試験を担当するスワローだ。ボクのことを知っている口振りだけど?」
ここ数年は表立って動いた事は無い。
グレイがスワローを知り得る様な事は無いはずなのだが。
『はい!兵器災害の被害が広がり始めた時、俺が家族と一緒に住んでいた街が特攻兵器に襲われたんです。でも、たまたま近くを哨戒中だったACが特攻兵器から街を守ってくれて……。それでその時街の近くに来ているレイヴンを調べて、貴方の名前を知ったんです』
そんな事もあったかな、と記憶を辿る。
だが当時は似たような依頼や任務が多すぎて特定は出来なかった。
グレイが言う街を救ったレイヴンは自分なのかも知れないが、スワローにとっては取るに足らない事物だった。
『それで俺、貴方に憧れてレイヴンになろうと思ったんです!』
モニターに映る青年は、英雄に会えて興奮冷めやらぬといった面持ちである。
だが正直な所、自分が英雄視されるような人物でないことは、スワロー自身が一番良く分かっている。
若者特有の幻想を否定するのも面倒なので、特に何も言わずにいた。
それに試験が始まれば、この無知で無垢な青年も嫌でも思い知ることになる。
"レイヴン"というものの本質を――。

『パース上空に到着しました』
ライラから報告が入り、「いつでも行ける」と合図がでる。
スワローはグレイに試験内容を告げるため、再び回線を開いた。
「さて、グレイ・ジェファーソン。君に課せられた依頼を確認しよう」
『――はい』
スピーカーからは、若干緊張したグレイの声が聞こえてくる。
機体は既に戦闘モードに移行している。
メインモニターには人懐っこい青年の顔ではなく、これから戦場となる鉱山都市パースの全景が映し出されていた。
「内容は鉱山都市パースを不法占拠する集団の排除。坑道に立て籠もっているようだ。投降は認められない。必ず殲滅しろ」
『はい』
「敵の戦力レベルは低い。君が使うその第一世代の古臭い機体でも十分だろう」
『はい』
「ボクは近くで監督するが、君が危険に陥ろうとも、手助けは一切しない」
『分かっています』
「結構。……この依頼を達成したならば、君はコーテックスアリーナの予備ランカーとして登録され、晴れて《レイヴン》となる」
『――はい!』
「よし、では作戦を開始する」
その言葉と共に、輸送機とACを繋いでいたハーネスが外れ、雨に煙るパースへと、二機のACが解き放たれた。

→Next…

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