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Kumicitのコンテンツ>創造論ネタ>6日間の創造

創造論者による創造順序についての創世記解釈


創世記には「植物-->動物-->人間(男女)」(創世記1章1-23節)と「男-->植物-->動物-->女」(創世記2章4b-22a節)と創造順序が違う話が並べられている。それを、無理やり、矛盾なく"字義通りに"解釈するのが"若い地球の創造論"者たちである。

Creation Ministries Internationalの Don Batten は、「創世記第2章の記述順序を引っくり返して、第1章と一致させる」方法をとる。

"聖書ヘブライ語の時制"を使って順序を引っくり返す


「ヘブライ語の時制はコンテキストから見ないとわからない」という理由で、創世記第1章の順序にあわせて、創世記第2章を時制解釈するらしい:
Between the creation of Adam and the creation of Eve, the KJV/AV Bible says (Genesis 2:19) 'out of the ground the LORD God formed every beast of the field, and every fowl of the air'. On the surface, this seems to say that the land beasts and birds were created between Adam and Eve. However, Jewish scholars apparently did not recognize any such conflict with the account in chapter 1, where Adam and Eve were both created after the beasts and birds (Genesis 1:23–25). Why is this? Because in Hebrew the precise tense of a verb is determined by the context. It is clear from chapter 1 that the beasts and birds were created before Adam, so Jewish scholars would have understood the verb 'formed' in Genesis 2:19 to mean 'had formed' or 'having formed'. If we translate verse 19 as follows (as one widely used translation does), 'Now the LORD God had formed out of the ground all the beasts of the field ...', the apparent disagreement with Genesis 1 disappears completely.

アダムの創造とイブの創造の間で、KJV(King James Version)/AV(欽定英訳聖書)聖書は創世記第2章19節で「主なる神は、野のあらゆる獣、空のあらゆる鳥を土で形づくり」と言う。表面的には、これは獣と鳥をアダムの創造とイブの創造の間で、創造したと言っているように見える。しかしながら、ユダヤの学者たちは、獣と鳥の後にアダムとイブを創造した(創世記第1章23-25節)という第1章の記述と第2章に、いかなる矛盾を認めていない。これは何故か? それは、ヘブライ語で動詞の正確な時制は、コンテキストから判断されるから。獣と鳥がアダムの前につくられたことは第1章から明白なので、ユダヤの学者たちは創世記第2章19節の創造された("formed")は、"had formed"(過去完了)あるいは"having formed"と理解した。19節を次のように訳せば、表面上の第1章との矛盾はまったくなくなる。「主なる神は、野のあらゆる獣、空のあらゆる鳥を土で既に作っていて」
まずは、どう順序を引っくり返しても構わないという論。第1章と合うように時制(過去形と過去完了)を付け替えればいいらしい。この手を使えば、時間の順序問題はすべて都合のよいように解釈できる。

そして、実際に、都合の良い解釈を2000年以上にわたって続けているのかも。

参考までに該当部分のKJVと日本聖書協会新共同訳は:
創世記第1章23-25節
And the evening and the morning were the fifth day. And God said, Let the earth bring forth the living creature after his kind, cattle, and creeping thing, and beast of the earth after his kind: and it was so. And God made the beast of the earth after his kind, and cattle after their kind, and every thing that creepeth upon the earth after his kind: and God saw that it was good.

夕べがあり、朝があった。第五の日である。神は言われた。「地は、それぞれの生き物を産み出せ。家畜、這うもの、地の獣をそれぞれに産み出せ。」そのようになった。神はそれぞれの地の獣、それぞれの家畜、それぞれの土を這うものを造られた。神はこれを見て、良しとされた。

創世記第2章19節
And out of the ground the LORD God formed every beast of the field, and every fowl of the air; and brought them unto Adam to see what he would call them: and whatsoever Adam called every living creature, that was the name thereof.

主なる神は、野のあらゆる獣、空のあらゆる鳥を土で形づくり、人のところへ持って来て、人がそれぞれをどう呼ぶか見ておられた。人が呼ぶと、それはすべて、生き物の名となった。


創世記第2章は、時間順ではなく、関心順である


とはいえ、第1章と整合させる都合で、順序を任意に並べ替えてしまうというのでは、あまりに説得力がなさすぎる。ということで、次に繰り出される言い訳は「第2章の記述は関心順だ」というもの:
Genesis was written like many historical accounts with an overview or summary of events leading up to the events of most interest first, followed by a detailed account which often recaps relevant events in the overview in greater detail. Genesis 1, the 'big picture' is clearly concerned with the sequence of events. The events are in chronological sequence, with day 1, day 2, evening and morning, etc. The order of events is not the major concern of Genesis 2. In recapping events they are not necessarily mentioned in chronological order, but in the order which makes most sense to the focus of the account. For example, the animals are mentioned in verse 19, after Adam was created, because it was after Adam was created that he was shown the animals, not that they were created after Adam.

創世記は多く歴史書と同じく、最も関心のある事件について、まず事件の概要を書き、次に、概要で書かれたことに関して、より詳細な説明を書く。創世記1章は"大局"であり、明らかに事件の順序性に関心がある。事件は、第1日、第2日、夕べと朝といった時間順である。創世記第2章では、事件の順序性は重視されない。事件を要約する際には、必ずしも時間順である必要はなく、説明の焦点に意味があるような順で語られる。たとえば、アダムが創造された後で、第19節で獣に言及するのは、アダムが創造されたから獣を見せられたのであって、アダムの後に獣が創造されたわけではない。
あまりうまい言い訳ではないが、第2章は時間順に文が並んでいないという主張をしている。これを言ったら、順序を幾らでも引っくり返せてしまう。

第2章は6日目の詳述である


そして、お定まりの:
Genesis chapters 1 and 2 are not therefore separate contradictory accounts of creation. Chapter 1 is the 'big picture' and Chapter 2 is a more detailed account of the creation of Adam and Eve and day six of creation.

創世記第1章と第2章は、したがって、創造についての別々の矛盾した報告ではない。第1章は"大局"であり、第2章はアダムとイブの創造および創造第6日の詳細な報告である。


イエスが両方を引用している


まだ言い訳が弱いと思ったのか、さらにもう一つ繰り出している:
The final word on this matter, however, should really be given to the Lord Jesus Christ Himself. In Matthew chapter 19, verses 4 and 5, the Lord is addressing the subject of marriage, and says: 'Have ye not read, that he which made them at the beginning made them male and female, And said, For this cause shall a man leave father and mother, and shall cleave to his wife: and they twain shall be one flesh?'

この問題に関する最終的な解答は、主なるイエスキリスト自身にある。マタイによる福音書19章4節と5節で、主は結婚について「『あなたたちは読んだことがないのか。創造主は初めから人を男と女とにお造りになった。』そして、こうも言われた。『それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる。』」

Notice how in the very same statement, Jesus refers to both Genesis 1 (verse 27b: 'male and female created he them') and Genesis 2 (verse 24: ‘Therefore shall a man leave his father and his mother, and shall cleave unto his wife: and they shall be one flesh’). Obviously, by combining both in this way, He in no way regarded them as separate, contradictory accounts.

まさに同じ声明において、イエスは創世記1章(27b節 「創造主は初めから人を男と女とにお造りになった」)と創世記2章(24節「それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる。」)の両方に言及している。明らかに、この2つの章をつなげてることで、主はこれらを別々の矛盾した説明であるとは決して考えていない。
歴史上のナザレのイエスが本当にこう発言したかどうかはわからないが、聖書無謬説に基づけば、イエスはこう言ったことになる。
しかし、離婚禁止について語るイエスを書いたマタイによる福音書19章3~12節で、創世記第1章と第2章に矛盾がないことの傍証にするのも牽強付会なところ。

というより、小難しい話はどうでもいい読者に対して、「イエスによる無矛盾である保証」で安心させるという手法だろう。