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Kumicitのコンテンツ>インテリジェントデザイン概説>シミュレーション・アーギュメントとインテリジェントデザイン

シミュレーション・アーギュメントと遭遇したDiscovery Institute



シミュレーション・アーギュメント 順列都市 インテリジェントデザイン で触れたように、インテリジェントデザインは「ここがシミュレーションであることを証明する」方法を対象にしているという意味で、シミュレーション・アーギュメントの特殊ケースと考えることができる。

だが、インテリジェントデザイン運動な人々は、哲学・論理学やSFなどに疎いようで、このシミュレーション・アーギュメントの存在に気付いたのは2007年のことだった。きっかけはNew York Timesの報道:


インテリジェントデザインの本山たるDiscovery InstituteのRobert Crowtherは次のように公式ブログに書いている:
Compare this to the serious scientific ideas advanced by intelligent design theorists. How does Bostrom’s simulation theory look when lined up next to an idea propsed by Michael Behe such as irreducible complexity? Or, next to theorems proposed by William Dembski, such as those in The Design Inference or No Free Lunch?

これを、インテリジェントデザイン理論家たちによって発展した真剣に科学的な理論と比べてみよう。還元不可能な複雑さのようなMichael Beheが提起した考えと、Bostromのシミュレーション・アーギュメントを並べてみよう。あるいは、William Dembskiの提起した定理と並べてみよう。

Yet it is ID proponents like Behe and Dembski that are denied serious consideration and coverage by The New York Times (or, if they are covered, they're attacked and mocked), while the same media which ignores a scholarly proposition from an ID theorist will fuel serious discussion of ideas such as Bostrom’s. One scientist commented after reading this article that it is "fascinating what explanations for reality are acceptable in quarters which despise ID."

New York Timesは、BeheやDembskiのようなインテリジェントデザイン理論家の真剣な考慮を否定し、インテリジェントデザイン理論家の学究的な提唱を無視する。一方で、Bostromのような考えについて、重大な議論をあおる。これを読んだ科学者のひとりは「インテリジェントデザインをこけにするという点で、この現実についての説明を許容可能」とコメントした。


Robert Crowtherはインテリジェントデザインとシミュレーション・アーギュメントは近いという点で正しいが、それが化学だという点で間違っている。

「『ここはシミュレーションだよーん』というポップアップが目の前に出現」といった"科学的にありえないこと"を探索するというインテリジェントデザイン"理論"のあり方は、シミュレーション・アーギュメントの特殊例だと見なせる。この点で、Robert Crowtherはそこそこ正しい。

一方、シミュレーション・アーギュメントはコペルニクス原理に基づく論理学ネタであって、自然科学ではなく、お友達には次のようなものがいる:

したがって、インテリジェントデザインは論理学になりうるかもしれないが、科学になれるわけではない。

で、論理学として面白いネタを供給できるかというと、 Dr. Brian Whitworth ほどではない。というのは、インテリジェントデザインの主張が「鞭毛は進化では説明できないからデザインだ」という形式であるため、シミュレーション・アーギュメントの論に到達していないから。「デザインだ」で止まってしまうと、シミュレーションのリソース節減や再現性などの論点にまったく絡んでこない。