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世界一の岩中豚カツサンド  2008年10月1日 (水)

SH903i 2008/10/01 19:40:18

今晩行った近所のイタリアンレストランの新メニューになぜか「カツサンド」がありまして、物珍しさから注文をしてみました。

世界一の美味しさと書かれてあったので、カツサンドの世界一ってどんなものでしょう……と興味本位で待っておりましたが、確かに豚肉の素材の美味しさ、火の通し方、ソースの味、パンのふんわり感も良かったけれど。
パンがもう少し厚い方がバランスが良いかなぁと思ったり、良い豚肉が手に入れば、この火入れはわたくしにもできる!と感じたり。

最近、肉の火入れにこだわって研究中でして、自分でも自宅でかなり美味しいお肉料理が作れるようになってしまい、よほどでなければ、お肉の美味しさに感動することはなくなってしまったように思います。

きっと自分で作れなければ、このカツサンドも、世界一!と感じたかもしれない美味しさでした。

これはいつも感じることなのですが、良い物を知ってしまうと、それ以下のものをつまらなく感じてしまう。
その良い物を知る前は、それ以下の物が最高だと思っていたのに。

コンビニのサンドウィッチが最高に美味しいと思っている人は、どういう気持ちなのかしらと疑問に思ったりします。
そういう人は、もっと美味しいサンドウィッチを探したりはしないのかしら。そういうことに興味がないのか、くだらないことだと思っているのか、味に大差はないと思っているのか。

美味しさの基準や価値って人それぞれでしょうしね。

このままどんどん食の追及をしていくと、美味しいと思えるものが少なくなっていくのではと懸念します。

すっごく美味しいのよ、と言って出されたものが、え?これがそんなに言うほど美味しいかしら!?と思ったり。

それは高級レストランや料亭のお料理の話だけではありません。
良い食材を知る機会が多く、やはり知ってしまうと、近所のスーパーで売られている食材では物足りなく感じてしまうのです。

よく行く福島・裏磐梯の村の人が作っている収穫したての高原野菜を生で食べた時の感動の美味しさは、近所のスーパーの売り場に並んでいるお野菜とは比較になりません。

こういう風に食に対してのこだわりがエスカレートしていくと、考えが窮屈になってしまうのかしらとか思ったり。

贅沢な悩みなのかもしれませんけれど。
たまに、すごぉ~く美味しい!と評判の物を口にして、そんなに感動を受けない時に、そういうことを考えてしまいます。

自分が美味しいと思うものを、好きな人と一緒に食べる時間が一番幸せだということは、いつになっても変わりありませんね。



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