リワマヒ国ver0.8@wiki

頂き物SS  玲音さん作

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リワマヒ国食の万国博覧会SS:炊き出しと摂政とネコミミメード


 リワマヒ国の炊き出し会場を歩く、奇妙な影があった。
 男である。それだけでは別に問題ではなかったが、なぜかメード服を着ていた。頭にはネコミミがついていた。
「猫か?」
「いや、犬の国の人だろう」
「いずれにしても……なんというか」
「変態、ですね」
「変態だ」
「うん」
 奇異なものを見る視線とひそひそ交わされる声を浴びながら、玲音はくるりと後ろを振り返ると、
「どうですセレナちゃん、いいところじゃないですか!」
「……そーだね。キミがいなかったらもっとよかったね」
 諦めたような口調で、後ろを歩くショートカットの女の子が頷いた。げんなりと息を吐く。Arebの家名を継ぎ、になし藩国の摂政を務める彼女だったが、今この時ばかりはその立場を忘れていたかった。というより、今前を歩く男と同国の出身であることすら全力で否定したいところである。
「キミさ、恥ずかしいとか思わないの?」
「何を今さら。恥ずかしいに決まってるじゃないですか」
 セレナ、ちょっと意外という顔をする。
「そうなの?」
「ええもちろん。そして慣れました」
 はっはっは、と笑う玲音。釣られて笑うセレナ。笑顔のままに、玲音の顔を蹴り飛ばした。よい感じのベクトルが働き、マンガみたいにぶっ飛んでいくメード服の男。そのまま人ごみに突っ込んで騒ぎになる。
 セレナ、そのまま他人の振りをしようかどうかを本気で迷った挙句、諦めて手助けに向かう。ぴくりとも動かないネコミミ男はひとまず置いて、彼が背負っていたリュックサックの無事を確かめる。それからようやく玲音の脚を持って、歩き始めた。
 背負う二人分のリュックサックの中には、藩国特産品のになし大根がこれでもかと詰め込まれている。

       *

 そもそも玲音がこの炊き出しに参加しようと思ったのは、務める参謀本部がこのイベントの支援を決定したからである。
 それ以外の理由は、ない。
 逆に言えば、命令されれば全力を尽くす程度には、ボランティアを面倒がるこの男も正しいことがしたかったのだ、と言える。

「――というわけで玲音さん、リワマヒ国まで行ってくるって言ってましたよ」
「ちょっと待て」
 雑談を終えて仕事に向かおうとした月空の肩を、セレナの手が掴んで止めた。
 になし藩国王城執務室での光景である。いつもと同じ平凡な、庭を駆ける王犬ちよこ様の姿もそれを追い回す藩王の姿も、執務室の机に積まれた書類の高さも変わらない、そんな日のことだった。
「な、なんでしょうセレナちゃん」
 月空の声がこわばる。いたって温厚な性格で、いつもほのぼのとしているこの男にも、本当のピンチというものはわかった。
「どこへ行くって?」
 問うセレナ。表情は笑顔のまま、掴む手がぶるぶると震えている。
「あの、ですからリワマヒ国です。炊き出し大会を開かれるのだそうで、そこに行って来るそうです。ええと、正義と勇気と希望を守るため、もういてもたってもいられないのだとかなんとか……」
「普段、正義も勇気も希望も信じてなさそうなのが言うととことん説得力はないけれど……まあそれはいいよ。うん。言ってることは正しいし。でもね」
 笑顔が引きつり始め、頬がぴくぴくと痙攣を始める。
「アレが行くことは許さない……」
「顔が怖いです、セレナちゃん。それに、いくらなんでもアレ呼ばわりは」
「アレがどんな格好しているか、わかってるでしょ月空くん!」
 月空はちょっと考えてから、
「メード服とネコミミでしたね。いつも通りでしたよ」
「あたしたちが慣らされてるんだ、目を覚ませ!」
 がっくんがっくん月空の身体を揺するセレナ。
「アレが一人で行って、うちの国がみんなあんな格好をしていると思われたらどーするんだよ! 止めろ! 止めるんだ!」
「あのでも、さっき走って行っちゃいましたし」
「どこへ向かったどこへ!」
「ええと、『うなれ! 俺のゴールデン。猫の国までひとっ飛びだ』とか歌ってましたから、多分飛行場かと」
「誰が俺のだ! 国の装備をなんだと思ってる!」
「ええと、私に言われても……」
 まったくもってその通りではあった。責めるべきはあのバカだ。
 セレナは日頃の激務で鍛え抜かれた平常心を総動員して、どうにかいつもの自分を取り戻した。月空にいつもの表情を見せて、
「ちょっと行ってくる」
「目が怖いですセレナちゃん。それに、止めに行っても無駄だと思いますよ。こういう時の玲音さん、自分の都合を通すためだけに理屈こねますから」
「違う」
 セレナは大きく息をついて、それから強いまなざしで前だけを見た。
「あたしも一緒に行って来る。あの恥を一人晒してなるものか。仕事よろしく」
 そう言って月空の返事も待たずに駆け出した。その速度たるや、さすが毎日のように誰かを蹴り倒しているだけのことはある。
 廊下を踏み抜くようなすさまじい足音が聞こえなくなって、月空はゆっくりと執務室を見渡した。
 この日はいつもと同じ平凡な日。机に積まれた書類の高さも変わらない。
「……これ、私がやるんですか?」
 問い質しても誰も答えてくれないので、結局は椅子に座って書類を片付け始めるのが彼の美徳である。

       *

「……思えば、月空くんには悪いことをしちゃったなあ」
「まったくですセレナちゃん。いい加減、自分で仕事を片付けることを覚えていただいた方が一国の摂政としてストップストップ! 包丁はさすがにデフォルメとか効かないです」
 セレナ、ため息をついて振り上げていた包丁を垂直にすとんと落とした。名産になし大根が半分にすっぱりと斬れ、さらにまな板に刃先が食い込んでいるのを見てさらにため息をつく。
「だいたいさー、大根だけこんなに持ってきてどうするつもり?」
「ご安心を。ここにリワマヒ国で用意していただいたおろし金がありますゆえ、これにてがすがすと」
「キミがその口調の時って、大体ロクなこと言わないんだけどね。で、その後どうするの?」
「他国の料理の脇にこっそりと置けば、もうこれは見事な付け合せとなって痛い! セレナちゃんおろし金は痛い!」
 セレナ、つまらなさそうにおろし金を戻す。
「まあ、ここでキミの血を見たって仕方ないけどねー。本当にどうしよう。まさか本気でうちだけ大根そのままってわけにもいかないでしょ?」
「飢えていればなんでもおいしいものです」
「そーだね。でもそれって、なんか一番飢えてる国の考えって気もするよね」
「見栄を張っても仕方ないと思いますけど。外見だけで物事を決めるものじゃありませんし」
「……キミに言われるとなぜだかとてもムカついてくるんだけど」
「気のせいです」
 頭を抱えるセレナ。横で大根を切る玲音の姿はそのメード服も手伝ってさまになってはいたが、さまになっているだけで料理が出来るわけではないという、そんな見本のようにも見えた。
「まあ、他の皆さんも後から来るとおっしゃってましたし。我々は我々のできることをするのが一番ですよ」
「キミ、いますっごくミもフタもないこと言ったね」
 地の底を這うような嘆息を再度。セレナはどうにか顔を上げて、うず高く積まれたになし大根の白を見る。
「ほんと、どうしよっか……」

 その日、炊き出し会場では奇妙な出来事が起こったという。
 ふと気付くと、食材の中に持ってきた覚えのない大根が一二本増えているというのだ。
 出所不明のこの大根は、その不気味さに反して質もよく、各国の炊き出し所で評判を呼ぶことになった。
 そしてこの出来事は、になし藩国の応援が到着するまで続いたという。


炊き出しと摂政とネコミミメード――了

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