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竹内薫氏の「架空のインテリジェントデザイン理論」


竹内薫氏が「99.9%は仮説(2006)」に書いたインテリジェントデザインは以下のようなものだった。

  • 「自然選択と突然変異による進化」を否定するインテリジェントデザインを、「生命の起源の話だ」と書く竹内薫氏。
  • 米国ではゆるぎなく、創造論が半数近くの国民から支持されているが、世論調査1つだけを参照して、「進化論支持がゆらいでいる」と書く竹内薫氏。
  • 「Negative Argument形式で定義される」インテリジェントデザインを疑似科学ではなく、科学の「大仮説」として扱う竹内薫氏。
  • 創造科学違憲判決対策としての"Of Pandas and People"(1989)でも、Dr. Michaerl Beheの"Darwin's Black Box"出版(1996)でもなく、UC SanDiegoに学生サークル団体"IDEA Club"ができたことを以って、インテリジェントデザイン仮説が創られたと言う竹内薫氏。

以上を見ると、竹内薫氏は「現実に存在するインテリジェントデザイン運動」からキーワードやエピソードを拾って、改変して、「架空のインテリジェントデザイン理論」を語っているように見える。

この「架空のインテリジェントデザイン理論」は、「 現実に存在するインテリジェントデザイン運動 」と違って、福音主義キリスト教や"若い地球の創造論"を背景に持っていない。竹内薫氏は直接的にそう記述はしていないが、次のように書くことで、「架空のインテリジェントデザイン理論」が宗教と無関係であると印象付けている。:

ところがおもしろいことに、宗教界のほうがこれをどう判断しているかというと、たとえばカトリック教会は、あまり知的設計説を歓迎していないんですよ。神様による創造説に似ているわけだから、歓迎しそうなものですが。

その理由は簡単で、神の意図はそんなに簡単にわかりやすく証拠として顕れはしない、という神学的考え方があるからなんです。

[竹内薫: 99.9%は仮説(2006), p.163]

カトリックにだけ言及しているが、全宗教にあてはまりそうな印象を受ける。うまい書き方だ。

もちろん、記述内容は架空であって、現実とは異なっている。たとえば、カトリックは"若い地球の創造論"を教義とはしていない。むしろ、否定的だ。


また、カトリックがインテリジェントデザインを受け入れないのは、科学界メインストリームにしたがい、インテリジェントデザインを科学とみなしていないから。また、さらに、インテリジェントデザインのGod of the gaps論法(科学の隙間に神を置く=科学で解明できないことは神様のせいなのさ)を神学的に容認しないことも理由である。



竹内薫氏の「架空のインテリジェントデザイン理論」の用途



まとめると、竹内薫氏の「架空のインテリジェントデザイン理論」とは:

生命の起源についての、宗教とは関係がない、科学の大仮説

である。

そして、この「架空のインテリジェントデザイン理論」が実在すると思わせるために、「カリフォルニア大学サンディエゴ校」や「カトリック」などの実在の名称を持ち出しているようだ。

そんな架空の存在をつくりだしたのは、おそらく「現在の常識から考えると、ちょっと疑わしい仮説」である「大仮説」について、印象的に語るためだろう。一般人向けに手頃な「大仮説」がそうそうあるわけでもなく、あっても、適当なページ数で語りきれるかどうかはわからない。だとするなら、わかりやすい架空の大仮説を作ったほうがいい。ただし、「架空」だと読者に告げると説得力がなくなるので、「実在」の大仮説を装ったというところかな。

で、さらに、ストーリーを印象的にするには「大仮説は科学界メインストリームの抵抗にあう」というエピソードがほしいところ。そこで、竹内薫氏は次のようなネタを書いている:

さて、この論争のそもそもの発端は、バージニア州フェアファックスにあるジョージメイソン大学のキャロライン・くロッカー教授が。生物学の授業で知的設計説を教えて謹慎処分を受けとことになります。

クロッカー教授は、べつに知的設計説が正しいと教えようとしたわけではなく、「こういう説もあるんだよ」ということを、進化論を教えるときに一緒に教えようとしただけなんです。

[竹内薫: 99.9%は仮説(2006), p.163]

これは実際にあったエピソードを改変したもの。実際は Mark Isaac 創造論者の主張 にリストアップされたような内容を講義で話し、学生からの抗議を受けている:

==> PZ Myers: "Heck yeah―Caroline Crocker should have been fired" (2006/02/05) on Pharyngula
==> Caroline Crocker on "Expelled Eposed" by National Center for Science Education


そして、さらに次のように書いている:

これが原因で、はたして高校や大学の授業でこの説を教えるべきかという論争にまで発展したんです。

[竹内薫: 99.9%は仮説(2006), p.165]

確かに、このCaroline Crockerの件があった2004年暮れから2005年にかけて論争は起きていた。ただしそれは、ペンシルバニア州Dover学区で行われていた Kitzmiller et al v. Dover Area School District et al(2005) 裁判である。

1987 年の Edwards v. Aguillard裁判により公立学校の理科の授業に侵入できなくなった創造論者たち。対策として、聖書への直接言及を除去したインテリジェントデザインで再侵入をはかった。 2004年末にペンシルバニア州の小さな町Doverの学区教育委員会はインテリジェントデザインを理科のカリキュラムに入れた。これに対して、 ACLU(アメリカ自由人権協会)とAU(政教分離のための米国人同盟)の支援のもとで、保護者11名がDover学区を訴えた。そして、原告勝利の判決が2005年12月20日に出た。

もちろん、竹内薫氏の「架空のインテリジェントデザイン理論」は宗教とは関係ないので、政教分離原則違反とみなされることもない。したがって、Dover裁判も存在しない(判決は2005年12月20日で、「99.9%は仮説」は2006年2月発売なので判決に言及することは日程上無理かもしれないが、論争の場である裁判の進行は見えていたはず)。


「架空のインテリジェントデザイン理論」を意図的に語る竹内薫氏


Kumicitは竹内薫氏が意図的に実在のインテリジェントデザイン運動とは別物である「架空のインテリジェントデザイン理論」を語ったと考えている。

理由の一つは、「インテリジェントデザインは生命の起源の話だ」と言っていること。インテリジェントデザイン文献を見れば、「自然選択と突然変異による進化」を敵視していることは明らかであり、「生命の起源だけの話」ではないことは、いやでもわかる。


いかに不注意でも、気がつかないというのは考えにくい。

そしてもうひとつの理由は「カリフォルニア大学サンディエゴ校で1999年に作られた仮説」


Dembski のThe Design Inference(1998)、BeheのDarwin's Black Box(1996), Phillip JohnsonのDarwin on Trial(1991)など、明らかに1999年よりも前にインテリジェントデザイン文献が存在する。そのどれにも気がつかないというのは、かなり奇妙だ。

さらに、奇妙なことは、「1999, University of Calfornia, San Diego」というキーワードは以下の文脈でしか見つからないこと:

The Intelligent Design and Evolution Awareness (IDEA) Club birthed in May of 1999 after UC Berkeley law professor Phillip Johnson came and lectured at UCSD. Known for his books critiquing Darwinian evolution, naturalistic thought, and his leadership in the "Intelligent Design movement," Johnson was brought to UCSD by UCSD Intervarsity Christian Fellowship and Campus Crusade for Christ to speak on issues related to creation and evolution.

IDEAクラブは、UC Berkeleyの法学教授Phillip JohnsonがUCSDで講演をしたあと、1999年5月に生まれた。ダーウィン進化論と自然主義思考に対する批判と、インテリジェントデザイン運動のリーダーシップで有名なPhillip Johnsonは、創造論と進化論に関連する話題を講演するために、"UCSD Intervarsity Christian Fellowship and Campus Crusade for Christ"の招きでUCSDにやってきた。

[ About the IDEA Club (WebArchive)]

どう読んでも、既にインテリジェントデザイン運動が存在し、その指導者がUCBの法学者Phillip Johnsonであることは明らか。インテリジェントデザインが1999年以前から存在し、その出所はUCSDではないことがわかる。

にもかかわらず「カリフォルニア大学サンディエゴ校で1999年に作られた仮説」だと書く。これは竹内薫氏が意図的に提唱者たちの姿を消していると考えるしかない。提唱者を消すのは、もちろん、提唱者たちを登場させると、インテリジェントデザイン"理論"が「進化経路上の隙間に神を置く」論であることに触れるか、提唱者たちの主張を偽造して「生命の起源の話に限定」するか、いずれかが必要になるからだ。

そのようにして、「架空のインテリジェントデザイン理論」を語る目的は、昨日も書いたように、「99.9%は仮説」の「大仮説」の部分を書きあげることと思われる。実際、「架空のインテリジェントデザイン理論」を登場させることで、きれいなストーリーに仕上がっている。一定期間内に、わかりやすく、読む気にさせる本を書く必要があるプロの著作家としては、ありうる動機だ。

以上により、Kumicitとしては、竹内薫氏は意図的に「架空のインテリジェントデザイン理論」を語ったと考えている。







最終更新:2011年01月19日 00:35