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鍋の民設定文

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鍋の民設定文(仮)



それまでの鍋の民と、これからの鍋の民



にゃんにゃん共和国の一、鍋の国。 鍋の国民は、その国の名が表すとおり、鍋をこよなく愛する人々である。何故鍋か? それは南国という気候から食べ物の保存が難しく、生もの等の食べ物を食べる際にはよく火を通して食べる必要があり、それが習慣となっていた。そのため、火を用いた料理として鍋を使用していたという歴史があり、その名残として現在でも鍋料理を食し、愛され続けている。
現代においては食材の冷蔵冷凍技術が確立されている事もあり、保存方法という点で見ると鍋でないといけないという問題は解決されている。それ故に鍋で煮る以外の料理も浸透している。しかし、鍋はみんなで囲んで食べる、みんなで食べる鍋は美味しい、楽しいという事から今でも鍋料理を好む傾向にある。


鍋料理は鍋の国の文化である。 そして、鍋の民にとって「食べる:という事に対してはただ、日々のエネルギーを取るという認識ではなく「大好き」な事なのである。

食べる。
他国ではあまり食べないようなものも、胃で消化できるものなら食べたりもしていた。 食べる事に対する執着と言えるかもしれない。ただし、踊り食いや、命のある状態のものは食べなかった。 鍋の民は、命、生きるということを大切に思っており、そして普段の食事でも食べ物への感謝を忘れなかったのである。



そして、彼らにはもう1つ独特な文化があった。


亡くなった人を弔うために食べるのである。
勿論、食べる為に人を殺すことは無い。

これは、食を繋がりとした考え方であり、命あるものは死んで食べられてつながり、人も死んで食べられて繋がる、
食べることで繋がり、食べることで受け継ぐという、少しばかり独特な文化を持っていた。

一見、ただの宗教や思想のように思えるが、 鍋の民には、実際に食べて弔った人の記憶など、生前の記憶や能力をほんの少しだけ受け継ぐ力を持っていたのだ。
この能力もあって「食べて繋がる」という考え方が浸透していたのである。


しかし、鍋の民は食で繋がるという意識のほかに、食自体への興味も強かった。

人が胃で消化できるものなら何でも食べた。
食べたことのないモノはとりあえず食べた。
普通の人が食べないようなモノも食べだした。
人に限らず、人でない者まで弔いとして食べだした。
森国の砂を食べて以降は、なんとそれまで胃で消化できなかったものまで食べれるようになった。
そしていつしか食べたモノが自身の身体に取り込まれるようになり、また、人から外れだした人を弔いとして食べた人は、同様に人から外れていった。

そう、あまりにも何でも食べてきたことにより、鍋の民の持つ継承能力に、人の形質が失われるほどの異常が出始めたのだ。
鍋の民は、人の形質問題に直面したのである。



人の形質問題と、問題解消への取り組み


これまで大切にしてきた「受け継ぐ」ことが、あまりにも多くのものを受け継ぎすぎて継承能力が異常に活性化・あるいは暴走し、少しずつだが人から外れていくものまで継承していってしまったのである。

人ならざる力。人ならざる形。

これまで変化を自然に受け入れていた人々であったが、その結果、あらゆるものを受け継ぎすぎ、人としての鍋の民は失われつつあった。 このまま行けば、昔からの鍋の民、つまり人としての鍋の民が存続できなくなる段階まできていたのである。
人の形質を外れると災いを呼ぶという話はよく知られている説だったが、このまま完全に人から外れてしまえば、受け継ぎたかった人も、想いも、何も繋げられず、何も残らない。
危ないところまでやってきて、気付いたのだ。 人として生き、鍋の国を守っていくことが必要だということに……。



鍋の国は「受け継ぐ」ことをとても大切にしているが、今までと同じ様ではいけない。

さてどうやって、この問題を解決するか?
わからない問題を解決するためには、研究するしかない。

そこで国を挙げて鍋の民の身体や能力、そして他国と大きく違う食文化について大規模科学研究を行うこととなった。 この研究の成果により、一般的な視点において行き過ぎた食生活が主な原因であることが判明した。

それは食生活の改善である。
つまり普通の食材を食べ続けることで人の形質から外れるという問題は解決することが判明したのだ。


人の形質崩壊問題への対策を確立させ、政府は研究結果と問題への対策を国民へ公布。 鍋の民は研究結果を真摯に受け止め、食生活を見直し始めた。人の形質が変わってしまったことについては受け入れてはいたものの、元々本意ではなく、また形質が変わったことでこれまで通り生活を送るには困る点も出始めていたからである。
人の形質ではなくなっていた国民も研究結果を元に食生活を変えたところ、次第に人に戻り始めた。 そして、わかりやすく目に見える結果が出たことによって、食生活の見直し意識は国全土に急速に浸透したのである。
これ以降、鍋の民は普通の食材での食生活を意識して心がけるようになり、この食生活が当たり前となった今、鍋の民は人として暮らしている。





継承能力の衰退と、それに伴う継承文化の変化


火急の問題が落ち着きをみせたところで、次は大切な文化の問題がある。 鍋の国の特色でもある「継承文化」だ。 こちらも少しだけ見直す必要があった。
今までは継承といえば文字通り相手を「食べて受け継ぐ」という儀式であった。 しかし「食べる」の部分が大規模研究によって改善されたことにより、徐々に鍋の民のもつ継承能力は薄れてゆき、特に若い世代では実際に食べた人の記憶や能力、形質等を継承するということはみられなくなった。 (これは大規模研究の結果、食育の強化や、人の形質を脅かす可能性のあるものを食べることについて各種制限が設けられた結果であることがわかっている。)
長く生きたお年寄りの中にはたまに継承ができる者もいるが、彼らも普段から食生活は改善していることから、継承が起きる人はごくごく稀であり、継承内容も記憶の片鱗など微々たるものであり、自身の形質が変わるような強い受け継ぎ方はみられなくなった。
元々の継承能力自体、自身で継承内容をコントロールできるような技術というモノでも無かったため、 多くの民は継承能力が薄れていく・継承が起きなくなるという変化を自然なものとして受け入れたが、中にはこの変化を悲しむ者もいた。


変化を悲しむ国民が「もう食べても受け継いでいけないのか」と悲しんでいる様を見た王猫様は、すっくと立ちあがり、「にゃーん」とお鳴きになられた。

それは怒りや悲しみ、拒絶の声ではなく、鍋の国の根源とでもいえる「鍋を皆で食べる」時のあたたかさを、そして、その鍋の味を思い出させるやさしい声音であった。

鍋の味はまさしく受け継がれてきた味であったが、その味を受け継いできた方法は、鍋を仕切っていた父や母や誰かを食べたから作れるようになったわけではなかった。日々鍋を共にし、味を作る極意を聞いたり、一緒につくったり。そうした日々の生活のうちに受け継いだものであった。


受け継ぐにしても、受け継ぎたいのなら、他にも方法はあるじゃないか。

王猫様はもう一度、今度は「にゃんにゃーん」とお鳴きになられた。ぼくは猫で、みんなは人だよ、それはとっても大切なことだよ、と。きっとそういう意味だったに違いない。



鍋の民は決意した。王猫様のお言葉を胸に刻んで。

食べるということは、みんなで食事をするということ。

安心な食材で食事をしていけば、みんながそれぞれの形質を失わずに絆を深めていける。継承するということは、自身の経験として受け継ぐということ。


もちろん受け継いでいくのは鍋の味だけではない。



アイドレス工場の稼働を止めた事によりI=D開発技術力が落ちたその時、鍋の国のおばちゃんの手先の技術、親方の長年の勘を伴ったその技を、記憶し継承する者がおらず、低迷した時期がある。
アイドレス工場の稼働を再開し、学ぶ環境作りの一環として他国との交流会を実地。共和国宇宙軍計画によるニャンキーズ級宇宙戦艦の開発によりその危機からは脱することができた。それ以後、技術の交流、特に熟練者から若者への技術や心意気の伝達。ベテランの経験や思いを伝え、若者が学ぶ場所を用意し、技術力を継承するという事の重要さ、大切さは強く認識されている。

技術、記憶、思い。
継承、伝達、伝える、学ぶ。 それを継承能力で受け継ぐのではなく、自力で受け継ぐ。それが新たな方法。



技術、記憶、思い。

技術……鍋の国はもともと手先の器用な国民性を持っている。数々の工芸品や手作り機械部品を支える職人技はまさに鍋の国の宝である。

記憶……技術を伴うまでには歴史がある。成功した時、つまり成功した結果だけではいけない。失敗した経験も必要である。それぞれ試行錯誤したその結果だけを伝えるのではない。一つの成功の前にはいくつもの失敗が重なっている。その記憶こそが次の文化の担い手となる。

思い……人の生活は技術だけではない。技術と共に歩んできたその時その時の感情、その技術を開発した想い。何故その技術が必要だったのか? 何故その技術が使われており、そして伝わっているのか? 技術とそれを使いこなす力だけではいけない。心も伝える、これ即ち「心技体」なり。




継承、従来の継承能力は自身で継承内容をコントロールできるようなものではなかった。しかし、新たな継承は自力で行わなければならないが、自ら動き、自ら伝える必要がある。

それは必要な事を継承できるという事である。先人の知識、想いを受け継ぎ、新たな道を開くその糧になる。鍋の民一人一人が選択し、学び伝え、伝達する必要があるが、それは新たな鍋の民としての道標となるものであり、とても大事な事である。


伝達……熟練者の技術、知識、経験を伝える。それには前提として伝達方法が重要である。伝える前の事前準備(事前学習)とも言える。伝えるにも前段階としてある程度の知識が必要である。それを自分のモノとした上で熟練者から教わることにより、自ら学ぶ力を得るのである。マニュアル、教科書、レジメ、言い方はそれぞれではあるが、学ぶ環境作りの一環として、伝達する手段は用意される。


伝える……熟練者になったとしても、年を経てば人の寿命には限りがある。何もしなければそこで終わり……しかし、若者に自分の技術を伝えればそれを糧とし若者が新たな技術のステップを踏む。そして鍋の国は新たな技術を得る。それは先人達からのプレゼント。今度は若者にそのプレゼントを伝えるのである。以前の継承能力とは違い、自ら動く必要はあるが、そのおかげで熟練者自信の得意分野を伝える事ができる。

学ぶ……継承能力はただ継承される。それと比べると学ぶことは能動的である。受動から能動への変化。それはやる気。やる気は学ぶ事により育まれ、そして新たな技術の発見へと繋がる。また、熟練者の技術への想いも合わせて学ぶ事ができる。親方、師匠、兄弟子、先輩。尊敬できる相手に信頼され、時には熟練者からの後悔、失敗したその体験をも受け継ぐ。そんな学ぶ嬉しさ悲しさ、喜怒哀楽も学ぶ事になる。しかし、人なのだ。何も学ばなかった場合、同じ失敗をしてもおかしくない。失敗すら学び、受け継ぐ。そしてよりよい高みへと登る事ができる。



技術や知識だけでなく、それに伴う記憶や想いも合わせ、熟練者から若者へと伝える。
若者も今よりさらに成長できる、成長できたという喜びを知り、さらに学ぶ。

もちろん何でも伝えれば良いわけではない。
人に過ぎた能力、技術もあれば、人の形質からはずれる可能性のある技術や力だってある。 そんな危険性を持った技術や能力は安易に伝えない、安易に継承させない。
もし、伝えたモノで若者やまだ生まれていない子や孫達が危険にさらされる事になれば、きっと後悔する。 何でも食べれば良いというわけではないという事は、大規模科学研究で証明されたのである。
この教訓を活かし、食べ物以外の分野においても、伝えるべき事、伝えてはいけない事においてもしっかりと考え、 伝えるのを禁止するべきモノについてはしっかりと禁止し、
自分達の技術や想いをしっかりと伝え、継承していく事こそが誇りなのだ。


それは今までの継承を断つのではなく、やり方を変えたその結果であった。


 そしてそのやり方でも、今までの継承能力でも大事なコトがある。


想い……継承で大切なのは技術や腕だけではない。技術は人と人の繋がりの術である。人が人と接するからこそ生まれる絆。親愛、友情、愛情、その形には様々な形がある。共通する事は人と人の繋がりの形。人を想いやる心。人が人を信頼し、慈しみ、共に歩むその言語。守りたい、一緒にいたい、大事にしたいそんな気持ち……想いは繋がり、想いは届く。

継承文化は様子が変わってしまったが、鍋の民の信念は変わらない。


みんなで楽しい鍋を囲んで、人として生きていく。 これが新しい私達、鍋の民の生き方なのである。






鍋の民の特性




 鍋の民はものづくりを好む民である。特にお手製、自らの手で作業する事を好む。その例として一番有名なのは鍋の国のアイドレス工場である。鍋の国のアイドレス工場は他国と比べると手作業で行う工程が多い。もちろん、全て手作業というわけではない。必要な所では機械での作業もある。しかし、一つ一つ丁寧に仕上げるという極め細やかな作業等においてはおばちゃん達の腕(技術)が鍋の国のI=Dの生産をささえているといって過言はない。
大量生産するだけならば、機械には任せておけばよい。しかし、細かい部分、重要な部分においては人の勘や今までの経験、技術力が重要になるのである。技術の大切さを知る故に、手作業を好んでいる。


 一般国民においても手作業を好む者も多い。例えば自宅の家庭菜園で作物を育て、季節の花を飾り愛でる者がいる。また、自作のお守りを愛しき人に贈る者などといったように自分で作る、育てるという事を好む。人の手によるものづくりそこに込められた想い、人のもつ温かみ、気持ちを込めて作るという事を大事にしているのだ。


#自宅の家庭菜園……藤村 早紀乃所有アイドレス・庭で育てた季節の花を飾る(イベント)、作物栽培(技術)
#自作のお守り……翼のストラップ(アイテム)、トンボのお守り(アイテム)、ロンのお守り(アイテム)



 鍋の民の嗜好、性格としては他国にも知られている事として鍋料理がある。しかし、鍋と同じく愛する物がある。それは眼鏡である。


 鍋の国には眼鏡愛好家が多い。視力の低い者が眼鏡をかけるだけでなく、ファッションとして眼鏡を着用する者も多い。普通の眼鏡だけでなく、サングラスや鼻眼鏡を愛好している者もいる。 複数所持している者も多く、鍋の国の藩王矢上ミサは眼鏡を五つ所持していると言う。

 彼女曰く「持ってる人は10個ぐらいもってますからねー」

 ファッションとして持つ者、予備のメガネ、風呂用メガネ、水中ゴーグル(メガネレンズ)。コレクターではない者でも厳選してマイメガネを複数所持している場合もある。

また、鍋の国の観光名所には眼鏡をモチーフとした場所も多い、島がそのまま眼鏡の形の眼鏡島、上から見たら眼鏡の眼鏡古墳。鍋の国の代表たる二つの灯台「メガネ灯台」と「めがにゃんこ灯台」。観光名所という意味では鍋をモチーフにした場所はなく、眼鏡をモチーフとした観光場所が多い。(もっとも鍋の国の料理といえば鍋料理なのでそこで鍋を堪能する事ができる)
国民も購入する事があるお土産としてメガネストラップ(虫眼鏡機能付き)、メガネ浮き輪(カップル、友達で一緒に)などの眼鏡関連グッズも数多く存在している。

 鍋の国と鍋を冠しているからこそあまり目立たないかもしれないが、眼鏡にも目がないのが鍋の民である。


 鍋の国は個人ACEが多い国である。また比較的女性が多い国でもある。恋をしたり、恋人もいる女性が多い……ともなればコイバナはかかせない。そして国民の間でも恋の話となれば大好きという人や猫士も多い。ラブアンドピース……特にそういう意識はないが、自身や人の恋の話で盛り上がり、喜んで楽しむ者も多い。もちろんちゃんと空気は読むので状況によっては自重する。友人が試練……いわゆる恋の障害に当たるときは、友人の恋が実りますようにと祈り、実った暁には祝うなど、恋の応援を楽しむのである。

 そして鍋の民が愛してやまない存在が王猫様である矢鍋猫一郎様である。
王猫様に国民はメロキュン。もちろん王猫様だけでなく猫士の皆さんにも国民はメロキュン状態である。
 しかし、猫士の皆さんには感謝と敬意。王猫様には敬意と我らの王猫様という認識がある。


 我らの王猫様。

王猫様は身近な存在にして国の代表。
王猫様あっての鍋の国。
王猫様は我らがアイドルにしてラブリー……という意味である。


 王猫様は国を代表する猫であり、また象徴である。国民が困った時には王猫様がさりげなく助け、国民が苦しんでいる時はにゃーんと悲しい声が響き渡る。
 鍋の国が平穏な時は王猫様がのんびりお昼寝、健やかに過ごせる時。ごろんちょしたり、おさんぽしたり、お日様を浴びてのんびり暮らすその姿に数多くの国民が癒される。


鍋の国は猫とともに長い時を暮らしてきた。鍋の民には、人と暮らす猫がのんびり暮らせない国は平和ではない・猫一匹のんびり昼寝できなくてどうする、という考え方がある。その象徴として王猫様がいて、国民は王猫様を愛している。もちろん王猫様がかわいいからという影響も大きい。その姿に癒され、かわいさラブリー状態になった国民も多い。

 そんな鍋の民が謳うのは、“王猫様の平穏を、鍋の国の平穏を”。
これは、鍋の民が鍋の国がどうあるべきかを指したものであり、働く人の間、そして行政の場でもよく掲げられる信念でもあった。

ただし全て王猫様中心の行政ではない。行政等は人のためのものであり、この表現はあくまで目標イメージである。ただ、人と猫が平和に暮らせる国を目指す、という目標は、漠然としていながらも、誰もが理解しやすい目標・意識なのである。

そんな望ましい姿を目指し、行政は国民とともに望むべき形を目標とし、国の平穏を維持すべく日々を歩んでいる。


猫が、人が、穏やかに平和に暮らせる国作りを目指して。






鍋の大規模科学研究発表後の鍋の民の生活の変化


 鍋の大規模科学研究により、食事の改善が行われた。その発表は驚きとともに迎えられた。科学研究という根拠のある発表であるという事、そして改善策としてのカテゴリーブックによる食材の区分け。カテゴリーに分けられたレシピの販売により、未来ある子供達へ継承できるようになった事もあり比較的反発も少なく、国民は受けいれることができた。そして、鍋の民にとっての最重要項目である「食事」についてある変化が生まれたのである。



 食育。
健全な食事をする事ができるようになるその為の知識や教育。特に小学校などの低年齢の段階からカテゴリーブックや食べ物についての授業が行われるようになった。食品の表示内容の説明や調理実習などの授業である。以前にも家庭科といった授業で料理実習を行う事はあった。しかし鍋の科学研究と新しいカテゴリーブックを使った食材の区分けを重要視する国民達へ伝えるのは最重要課題であった。説明会はもちろんであるが、低年齢段階においての教育も重視された結果。以前よりも食事、特に料理に対する国民の認識が変わってきたのである。


 そしてカテゴリーブックによるカテゴリーで食材が区分けされた事により、「縛り」が生まれた。安全な食材だけで作る料理といったカテゴリーを重視した料理である。また食育により今までよりも安全なだけでなく、身体と健康を考えた栄養バランスを考慮した料理を食べるという選択肢もある。
前記では「縛り」と例えたが、これは鍋の民にとっては料理への「挑戦」である。新しいカテゴリーを受け入れても美味しい、安全、栄養バランスの良い料理が食べたい。それは鍋の民の情熱であり、趣味であり、生きがいである。


 幸いな事に、鍋の大規模科学研究のカテゴリーブック等の発表に合わせ、政府はカテゴリー準拠のレシピ本の出版や料理番組への情報提供を行った事により、スムーズに普通の食材で作る食事の生活に国民は慣れた。そして挑戦が始まったのである。


 鍋の民がレシピ本や料理番組の料理を作るだけで満足するのか? 否。自分独自の料理、それぞれの家庭の味を作り出してこそが鍋の民である。そしてオリジナルレシピを披露する時、美味しく頂きながらやはり、料理の話が出る。

「この料理、醤油ベースで煮こんでも美味そうだ」

「御飯の上にのせて、丼風もいいんじゃね?」

料理を食べながら料理の話をする。こんな楽しい事はない。食事の間の話題は尽きることなく続くのであった。なぜなら、食事の話題以外にもファッションの話(3割は眼鏡の話題)、王猫様や猫士のかわいさメロキュン談義、だれそれが恋をした、今日の出来事から流行の話題などのちょっとした話題から別の話題へと話が変わる。
親しくなれば話す事は尽きない。鍋の食事は交流の場でもあるのだ。

そんな鍋の民の料理への情熱は学校で料理実習を行った子供達にも別の形としてあらわれた。調理実習の結果を家庭に持ち込むのだ。今日学校であった事として話す者もいれば、美味しかったと母親にリクエストする者もいるだろう。意欲のある子供は今晩の食事当番に立候補する事になる。そんな子供が作った料理を食べながら一家団欒を過ごす。そしてその食事で伝わった新しい知識、レシピが別の団欒の機会にお披露目される。





 そんな新たな食生活を送っていると、ある変化が生まれた。
それは食事の量である。

以前までは比較的よく食べる、あればあるだけ食べると言われていた鍋の国民だったが、少しだけ食事量が減少傾向になったのである。
(ただし、他国の一般国民規準からしてみればまだ標準以上の量である)


これには、以下の要因が考えられている。


食育の普及により、適量の良さの知識も広まったこと。同時に、よく噛んで食べることが浸透したこと。

食卓での話題が以前より広がりをみせたこと。特に食べ物に関する話題は内容に変化があった。
食卓にある料理に使われている食べ物が身体にもたらす栄養などの話題が、勉強にもなり楽しいこと。
普通の食材で作る新しい料理レシピの話で盛り上がったり、子供がいる家庭では子供の調理実習や学校の話題がそれに加わること。

加えて、普段から交わされていた眼鏡語り、王猫様メロキュン、コイバナ、自分や相手がその日1日感じたことなど、挙げきれないほど話題は尽きない。
そんなゆったりした長時間の食事の団欒。


いくつかの要因が重なり、こうして尽きることのない話をすることにより、話して食べて、 ゆっくり食事をするという食事環境になってきたことで、実際に食べる量が少しだけ減ったのである。


これは鍋料理だけでなく料理を愛する国民性とカテゴリーブックにより新しい料理を生み出す必要性。そして、以前より口にできるものは減ったものの、安全な食材を駆使し健康的に、いかに美味しい料理をもっと食べたい・作りたいという情熱。
そして、新しいレシピの話題を食事の場で行う機会が増え、他の話題もその場で行うことも増えたという事から生まれた新しい食事環境である。
国民達はソレと意識はしてないが、皆で食事をとる場は普段から「誰かに記憶や想いを伝える絶好の場」として機能し、新たに鍋の民のいわゆる継承場としても機能したのだ。


一度に食べる量が減った……という意味では、この傾向を残念がる者もいるかもしれない、 しかし、だからこそ、日々の食事を大切にし、今夜や明日のご飯は何を食べようかと思案する事を楽しむ事ができる。
鍋の大規模科学研究により生まれた食材のカテゴリー分け、そして伝え方の変化は、こうして鍋の国の新たな食文化を生み出したのである。



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