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11月12日10:35 コンドラテンコ

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11月12日10:35 コンドラテンコ




祖父のアルバムから 4

日露戦争の時のロシアの将軍なのですが、ウチにこの「露国コンドラテンコ少将戦死の所」の写真があるせいか、「あ、戦死した人ね」と言う印象しかありません。
実際、旅順攻略戦の時に東鶏冠山で乃木軍の28サンチ砲の砲弾を受けて戦死した人としか知られていないみたいで、なんとも不運な方ですね。

なお、今日、この碑は放置状態で碑面が相当に傷つけられていると言うことです。
http://www.asahi-net.or.jp/~MZ3M-YMN/kaiho.html

日本軍の建てた碑であると言うことで傷つけられたのか、あるいは「露国」と書いてあることでロシアの建てた碑であると思われて傷つけられたのか、謎です。



コメント

2006年11月12日
12:37 熊猫

ja2047さんの家系って凄いな、我が家は先祖代々由緒正しき水飲み百姓です。私の祖父は文盲だったそうです。五木寛之の小説に『青春の門』というのがあって、主人公の伊吹信介が通った学校のPTAの会長をしていました。叔父の話だと卒業式に学校から渡された原稿を朗読する際に、胸に手を当て「済みません、眼鏡を忘れました。」といって、原稿を無視して適当にしゃべりはじめたそうです。文盲を誤魔化すと同時に、得意の話術で周囲を感動させてしまったそうで、一部始終を見ていた叔父は文盲の祖父(父親)を尊敬したそうです。

他にその一部始終を見ていた卒業生の中に、官房長官をしていた田中六助氏もいました。

この祖父、春介系のおっさんで近所で揉め事があると腹巻にダイナマイトを入れ、日本刀を持って直ぐに殴りこみに行く、出来ることなら関わりたくないタイプの危険人物でした。

炭鉱が栄えた時代は、企業がそのような人物を利用したのでしょうね。文字も読めない貧しい農夫が、自分の息子達を東京の大学にやったのですから、三井鉱山からそれなりの金銭を受け取っていたのではないかと思います。


2006年11月12日
21:37 ja2047

ja2047さんの家系って凄いな

祖父はなかなかの傑物だったようですが、私はうだつの上がらないただのサラリーマンです。
我が家は優秀な養子を迎えたときに栄えるようで、優秀でない長男はこんなモノです (^^

この祖父、春介系のおっさんで近所で揉め事があると腹巻にダイナマイトを入れ、日本刀を持って直ぐに殴りこみに行く

他地方の人間からすると、これこそが「筑豊」のイメージなんですね。
何でそういうイメージになったんだろ、「緋牡丹博徒」あたりの影響かなあ。 


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