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歴史修正主義を支えるもの3(「歴史修正主義」論 2)

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問答有用掲示板より転載

15169 「歴史修正主義」論 2
(Re: あすかさんへ) ベルナール 2002/09/05 12:24

「無知」というものは、最大の罪だと考えています。
(注・****さんが「無知」と言っているわけではありません。念のため)
すなわち、「よしりん」を「くだらないマンガ家」と認識して論壇において無視することは必要だと思いますが、彼がどのようなマンガを書いているか、どのような問題を抱えた者なのか、は、きちんと認識しておかねばならないわけです。
でなければ、何ら無警戒な者に対し、その思想が受け入れられてしまう危険も出てくるわけですから。実際、その風潮が起こったのは事実です。

「歴史修正主義」というのは、世界がいよいよ狭くなり、地球の裏側の出来事がわれわれの日常生活にまで及ぶという、手に負えない混乱に対する一種のパニック症状とでも言うべきもので、その担い手は、必ずしも「無知」ではありませんし、悪意に満ちていたり、政治的底意があるとも限りません (cf. テッサ=モーリス・スズキ「グローバルな記憶・ナショナルな記述」、平凡社刊『批判的想像力のために グローバル化時代の日本』所収)。

「内部の混乱や抗争性を外部の実体として仮構する」というは、人種差別や民族偏見の基本的なレトリックです。例えば、ユダヤ人と中国人に対する誹謗に満ちた和辻哲郎の『風土』は、「シナ」の項目が戦後書き換えられています (文庫版では削除されていますが、岩波の全集版では、書き換えられる前の原稿を読むことができます)。そして、元々の原稿では、中国における労働争議などについて言及され、削除理由を、和辻は最初の原稿には「左翼批判」の意味合いがあったと明言しています。

つまり、資本家と労働者の間の利害とゼネラル・ストライキについて議論されているわけですが、非常に奇妙なことに、和辻はその個所で「ギリシア人/ユダヤ人」と「日本人/中国人」の平行性を言いたてるのです。抗争性が中国の「内部」にあったことに明確に言及しているにもかかわらず、それが「外部」の実体として、万古不易の固有性を持った < 中国人 > として仮構されるわけです。元原稿のなかで、和辻は、ユダヤ人と中国人商人、すなわち「華僑」の活動について縷説し、後者については、日本の軍勢力の拡大にともないその活動が徐々に衰微して行っていると述べています。ここでは、国境をやすやすと越境し、周囲を変貌させて行く流動する資本の比喩が問題になっているわけです。

混乱や無限定や増殖に直面した場合、人間が「抵抗」を生み出しやすいということに関しては、カントから、スラヴォイ・ジジェク、酒井直樹、ジョナサン・カラーに至る多くの論者が敷衍しています。この「抵抗」によって、一対一にも似た対立対象が仮構され、不安と恐怖が減ずるというわけです。この消息が理解されない限り、歴史修正主義をめぐる錯誤の問題は、永遠に解決しません。

例えば、先日の『朝日』の田原総一郎氏の「自虐ではなく正しい歴史認識を」という発想は、究極のダメダメ記事で、「自虐」の「自」がまったく疑われないと言う点で、田原氏の主観的意図とは関係なく、歴史修正主義の延命の無意識の加担者になってしまっているわけです。

もし、あすかさんが「無知」という言葉を、知性や教養の欠如、あるいは社会経験の乏しさというような意味で用いられているとしたら、歴史修正主義者は、必ずしも「無知」ではありません。この掲示板でも、時に議論が激化し「売り言葉に買い言葉」のようなことも現出することがありますが、そうした装飾的縁飾りの部分には、問題の本質はありません。

「右翼/左翼」「親日/反日」等々、二項対立的差異を捏造している「内部の差異」を吟味できない限り、われわれは、田原氏のうかつな発言同様、悪しき敵として糾弾している歴史修正主義の共犯者になってしまいます。「連中はこう言っているが、実は …」式の資料検討にもとづく実証研究は必要です。実証批判には、一定の効果があり、時にクリティカル・ヒットに見える際もあります。しかし、これはモグラ叩きのようなもので、歴史修正主義者は、ほとぼりがさめると、またそれが「誤りであると証明されている」主張を繰り返します。

最近読んだ、マーティン・マックィランの『ポール・ド・マンの思想』(新曜社) には、如上の二項対立的思考の誤りについて、詳細な解説が加えられています。しかし、この内的差異に関する精妙な論者であるド・マンは、ベルギーがドイツに占領されていた時期に、親ナチ新聞『ル・ソワール』紙に反ユダヤ的記事を書いていました。同一性のなかにうごめく差異を論じたハイデッガーがナチス党員であったことは有名です。この錯誤と迷妄の由来は何か。これは、現代思想の最大のトピックの一つです。マックィランの好著、機会があれば是非お読み下さい。
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