奇眼藩国

その友誼の重さに

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その友誼の重さに

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 彼が壇に登る日は、兎角視聴率が取れる。
 それが予算に関する議会の答弁だったとしても(※非常に暇である)、ゆうに三割は超えてしまう。
 何と言うか、その。
 水瀬悠は国を支える摂政にして、奇眼藩国の女性の心を掴んで離さないアイドルでもあるのだった。

 さて、そんな彼であるが、今日は少し様子が違う。
 彼をはじめとする奇眼の首脳陣は、戦争準備の報にもいつもどおりの応対をしていたが。
 先ほど入った情報に、皆の顔色が変わった。
 古い友人の戦死であった。
 今は遠く、冬の京に籍を置く友が。
 ああ。
 胸の中で、黒いものが渦巻く。
 ともすれば呪詛に心をもっていかれそうになる。
 いけない、それは違う。
 自分はそっち側ではない。
 信念を貫くにあたって、負の感情で戦うことは許されない。
 言い聞かせて、ひとつ大きく息を吸って、吐いた。
 人はきっと綺麗事とそれを評するが、彼はその綺麗事を、指先の細胞ひとつにまで徹底させられる人間であった。
 ゆえに、表情と言葉は真摯であり。

「起て、国民よッ!!! 今こそ我らが怨敵を粛清する時だッ!!!」

 普段の気品と物静かさとそして笑顔は、そこには無かったが。
 あまりにも必死な姿勢が、国民の心を揺り動かした。

 後に、人は語る。
 その絶叫は、いっそ歌のようであった、と――。

 尚、その際に急増した志願兵の多くが女性であったことは、また別の話だ。

/*/

「――もしもし、ああ、あたしだ。少し頼みたいことが――ああ、もう? そうか、済まない、ありがとう。では」
 受話器を片手に、背にするのは書類の山、山、山。
 但し、判は既に全て押してある。
 終わった仕事だ。
 木曽池春海は華族である。
 宮廷服を纏って出仕する姿はまるで七五三のようだと、ごく一部の(特殊な類の)国民の間で人気である。
 要は幼女である。
 すぐこける、すぐ泣く、すぐ惚れると問題点を挙げればきりがなかったが、仕事をさせればまぁ、使えなくもなかった。

 その彼女が、宮廷服として支給されたスーツを、脱ぎ捨てた。
 職務放棄である。
 公務中にそのシンボルをかなぐり捨てるという行為は、それだけでも重罪であった。
 だが、きっと誰も彼女を咎めることは出来ない。
 死を悼むことを止められる権利など、一体誰が持つだろう。

 扉を引き千切るつもりで、ロッカーを開ける。
 真っ白いコートの裏に隠された、もう一着のユニフォームを引っ張り出す。
 軍服である。
 胸に縫い付けられた犬の旗印は、義に誓った忠誠の証。
 袖を通し、犬耳型センサーの組み込まれたカチューシャをつけた彼女は、既に一介の戦士だった。
 右の瞳は色を変えて、奇眼の猟犬が眼を覚ます。

「友の仇――討ち損じはありえないよ。国を追われた屈辱とともに――ぜんぶ、ぜんぶ、たたっかえしてやる」

 幼女は幼女なりに、怒っていた。

/*/

「ふふ、く、くくく、あぁーっはっはっはぁ!!!」

 雷鳴が鳴り響いた――ような気分である。
 ブリジット山脈、山麓。
 鼠色の巨大な建造物が聳え立つ。
 表札には『プロフェッサーGの秘密基地』とボールドイタリックで書かれている。
 ちなみにどう見ても秘密ではない。
 むしろとっても目立つ。
 さて、奇眼藩国の制服の何もかもを我が物にせんと日夜活動している彼――人は彼を(いろんな感情を込めて)『教授』と呼ぶ――は、狂喜乱舞していた。
 理由はふたつ。

 ・遂に念願の女性用宮廷服をゲットした
 ・公式に新型I=D設計が発布された

 前者はついさっき怒り心頭で軍服に着替えて銃の整備に出て行った春海のものである。
 どんまい春海。
 まぁそれはいい。
 兵器開発だ。
 悪のマッドサイエンティストとして、これ以上に魅力的な言葉が他にあろうか。
 時は満ちたり。
 機は熟した。
 我輩の時代だ。
「くく…く、ふふ、ははは、あぁーっはっはっはっはっはぁッ!!!」
 とりあえずもう一度悪役笑いをしておく。
 美学であった。
「さて…確か猫神君が新型機の試作を始めていたな。少々手を出させてもらうかな…」
 この男、何気に表の顔は吏族である。
 首脳陣にも現場にも、顔は効いた。
「あー、もしもし、猫神君? ………留守電か」

 尚、猫神や舞花といった歩兵師団の主力は、同じく歩兵の春海に連れ出されており、これからしばらく連絡が取れなかったりする。
 教授、制服に笑い制服に泣く。

/*/

「繰り返す、起て、国民よッ! 今こそ正義に誓った忠節を見せるときだッ! 我が友は、友の友を助けたりッ!!!」

 奇眼の空に、少年の絶叫<うたごえ>が響く。
 硝煙の臭いが近付いていた。



(本文・挿絵:木曽池春海)

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